立川直樹の内省日記

2010年4月21日(水)

4月16日(金)寒い。本当に寒い。朝の気温は5℃くらいしかない。そして、深刻な情況がテレビに映し出されるアイスランドの火山噴火による空の便のマヒと中国大地震。午後1時から観た近未来SF「ザ・ウォーカー」につながっていったのがどこか無気味な感じさえした。「マトリックス」シリーズのジョエル・シルバーが新たに見出したヒューズ兄弟が広大なランドスケープと独特の色使いで描き出した壮絶な物語。大規模な戦争により、文明が崩壊した世界の情景とテレビの映像がねじれながらシンクロしていった。デンゼル・ワシントンとゲイリー・オールドマンの対決は中々の見もの。それが余りに濃かったので、IRc2でのHOTEI“ロック・シンフォニア”(我ながらいいタイトルだ)の打合せをはさんで夜の青山劇場で見た大和悠河主演の「戯伝写楽」はなごやかな学芸会のようだった。ただ、音楽も構成も決して悪くはない。きちんと音を出しているミュージシャンを眺めながら、朝のニュースで報じられていた上海万博のPRソングの盗作騒動を思い出した。何人かの中国人がいろいろコメントしていたが、あれは100%盗作だ。やれやれ…


4月17日(土)眼がさめると外は雪。東京では41年ぶりの雪ということだ。8時になっても気温は2℃。寒さがエスカレートしている。そして、値引き競争もエスカレート。家電量販で最大手のヤマダ電機が新宿に進出し、ヨドバシカメラやビックカメラとの戦いが始まるわけだが、これはどう見ても消耗戦だし、他の業界も含めて、日本全国でこんな現象が起きてしまっている。一体どんなことになってしまうんだろう。グランド・ファンクの75年のライヴ盤を聴きながら、70年代の勢いというものを、スクリーミング・トゥリーズの「スィート・オブリビオン」を聴きながら、90年代初頭もまだ勢いはあったことを思い出しながら、CDやレコードが時空を超える力を持っている最高のものだということも思う。僕は死ぬまでする気はないが、ダウンロードで音楽を聴いても、セットした後にもたらされるトリップ感は絶対に味わえないだろう。横浜赤レンガ倉庫1号館ホールで開催されたイベント“BELLOWS LOVERS NIGHT”を終えて、夜の高速道路を飛ばしながら聴いたエリック・バードン&アニマルズの1966年から68年までの代表的ヒット曲を収録したベスト・アルバムも最高だった。グランド・ファンクもカバーした名曲「孤独の叫び」、67年のモンタレー・ポップ・フェスティバルのことを歌った「モンタレー」……。長い間奏の間にエリック・バードンとブート・マネーが乱闘ノリのパフォーマンスを新宿のディスコで繰り広げた「スカイ・パイロット」も60年代の熱い記憶をフラッシュバックさせてくれた。横浜に向かう車の中で聴いていたのはジョー・ヘンリーの96年のアルバム「トランポリン」。今月の初めに見たライヴでジョー・ヘンリーの魅力を再認識して、昔のCDをひっぱり出して聴き始めたのだが、これが凄い。ジョー・ヘンリーとエリック・バードンの超強力タッグによって僕の現実逃避の気分は一気に加速してしまった。


4月18日(日)赤坂BLITZで、アーメイのライヴを見る。日本人ミュージシャン5人と4人のコーラスを従えて歌う台湾のスーパースター。中国本土だと3万人から4万人のスタジアムをソールドアウトにしてしまう人気というが、大きく胸元が開いた服を着てロングヘアーのギタリストと絡みながら熱唱する姿を見て、本当に時代の移り変わりを感じた。天安門事件の前の中国を知る僕にとっては、もうそれは近未来SFの一場面だった。帰宅後は久々にシャンパン。名残りの桜を見ながら、コルトレーンのバラードに酔う。


4月19日(月)午前中は大学の授業、午後は2つのミーティングと、淡々とスケジュールをこなしている。夜はザムザ阿佐谷で劇団☆A・P・B・Tokyoの「邪宗門」。寺山修司の作品をJ・A・シーザーの音楽を使って上演したことで、寺山ワールドに遊ぶことができた。阿佐谷の駅前のたたずまいも含めて時計が思いっきり逆回りしてしまったせいもあり、帰宅してテレビのニュース番組をチェックした後は、コルトレーンの日本でのライヴ盤を聴きながらワインやブランデーを飲む。時間の流れとともに自分がいつの時代に生きているのかわからなくなり、というか考え込んでしまい、それとクロスして酔いが回る。明日午前中に観ようと思っていた試写はあきらめざるを得ないだろう。その映画は「ハングオーバー」。笑える巡り合わせだ。


4月20日(火)昨日付の朝日新聞夕刊に載っていた84歳のピアニスト、アルド・チッコリーニの記事に胸を打たれた。「この世での喜びも悲しみも、すべては芸術という巨大な世界にのみこまれてゆく…」「芸術家の人生は、ただ自己批判の連続」といった言葉の連なりがトリフォニーホールで聞いたピアノの音色と語なりあう。若手が次から次へとコンクールを渡り歩く光景についても「かつてはせいぜい5つぐらいしかなかったコンクールが、いまは数百と増え、インパクトを失った。それどころか、スポーツと芸術が同等のような感覚を作り出す装置になってしまった。時代は変わった。…」という名言。チッコリーニの話をまとめて1冊の本が作れたら素晴しいだろうと思った。そして、きょうは「タイタンの戦い」と「ザ・コーヴ」という“戦い”を撮った映画2本の試写。「アバター」に主演していたサム・ワーシントン主演の「タイタンの戦い」は古代ギリシャ世界を舞台にした神と人間の戦いを3Dで楽しむというものだが、完全に体感型のエンタテインメントで、「ザ・コーヴ」はうまく文章では形容できないような、MADなドキュメンタリーだった。主役ともいえるリック・オバリー自体がもうMADな領域に入り込んでいるし、構成も音楽の使い方もいわゆるドキュメンタリーの域を超えている。エンディングに流れるのは何とデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」だ。その毒気は夜まで続き、“ビーヴィー”での会食でも、4人でプロセッコ2本とヴェルヴェット・デヴィル2本を軽くあけ、さらにはグラス・ワインまで…。ヨーロッパの空は回復傾向に向かったが、上海万博のPRソングの盗作騒動は何とも見えすいた決着。やっぱり、中国って変だ。


4月21日(水)リチャード・ブローティガンの「エドナ・ウェブスターへの贈り物」を読み終える。“故郷に残されていた未発表作品”で50年以上前の著作だが、そのみずみずしい感性に心を打たれた。そして、CDを整理している中で聴いたEPOの89年の作品「スーパーナチュラル」と「バラード」も、EPOってこんなに素晴しいアーティストだったのかと改めて思ったほど魅力的だった。詩とメロディーの良さとプロフェッショナルなアレンジと演奏は、“いい音楽”はかくあるべきと思えるものだし、伸びやかなヴォーカルは80年代の様々な記憶を甦えらせてくれた。パリのサンジェルマン通りでEPOと大貫妙子とMIDIレコードの宮田さんとばったりと出会い、レストランでブイヤベースを食べた夜も実に懐かしい。いつも出会いがあり、物を作っていたいい時代だった。夜、原宿での食事会を終えた後、久々に“PB”に寄ったら、ニール・ヤングの歌が本当にほどよい音量で流れていた。

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