往復書簡

往復書簡 5 三島太郎

<往復書簡 5 三島太郎>

立川さんの新著「音楽の聴き方」を頂いて読んだ。
彼が26歳の時に選んだ「キミを熱くさせるレコード100枚」と、72歳で選んだ「2021年の100枚」の、半世紀に近い時間の経過を感じさせながらも根っこの部分では全然変わっていない感じがまず面白い。
「音楽の選び方」の項は、1998年に講談社から出版され私も大変影響を受けた「何気ないことを大切にする仕事術」の一部を連想する内容で、私たちが生活していく上での音楽の実利的な効用を説いてユニーク。「料理店の一番のBGMとは?」「バーの音楽に求められること」も勉強になる。
音楽の知識が凄まじい上に常人とは思えない咀嚼力・消化力で自らが吸収してきた音楽の魅力を、ことさら大上段に振りかぶるわけでもなく 「だってこうだろ?」 という感じですっと私たちに差し出してくる。立川さんという人は偉大な「音楽人」であるとともに、ちょっと変わった人だなぁと改めて思った。
「音楽の聴き方」はさまざまな人たちがいろんな楽しみ方をできる、(好きな言葉ではないが)「とてもコスパの良い」本であり、立川さんというちょっと変わった人の濃厚なエッセンスが全編に漂う奇書でもある。

CDを昔のようには買わなくなった。ヘニング・シュミート、シガー・ロスの新譜が出たら買うとか、気が向いたときにサンタナやウェイン・ショーターの過去作を時々買うぐらい。この辺の音は「音楽の聴き方」にもあるように、やはりCDでスピーカーから聴きたいと思う。谷崎潤一郎や山本周五郎、神吉拓郎の本は紙の書籍で読むのに似ている。
アデル、ビリー・アイリッシュ、ルドヴィコ・エイナウディ、エニグマあたりも聴くが、こちらはヘッドホンでもストリーミングでも良くて、スティーブン・キングや昨今の刑事小説をタブレットで読むのと同じ感覚。どっちが上ということはないと思うけど。
最近では日本のバンド、DOOMのDVD付きベストを買った。メタルともジャズともプログレとも決めきれない無国籍な感じが気持ち良い。「2021年の100枚」の中からも何枚か買った。特にオムニバス、「ボレロ・愛の詩」に入っていた1940年生まれだというディアンゴの歌声は気持ちを高揚させてくれ、今、とても気に入っている。

「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオン監督で昨年のヴェネツィアで銀獅子賞をとった「パワー・オブ・ザ・ドッグ」がとても良かった。ほかにはDVDで観たデヴィッド・クローネンバーグの「エム・バタフライ」、ニール・ジョーダンの「モナリザ」。両方ともかなり癖のあるねじくれた大人の恋愛映画で、こういうの、好きだなぁ。

若い人たちの元気の無さ、漂う閉塞感が気になる。コロナ禍でいろんな制約がある中で、社会でのデビュー戦を闘うのはさぞ大変なことだろうと思う。
経験は常に生きる上での切り札になるわけではないけど、直面する精神的な苦痛や不安を和らげてくれることはある。実体験はもちろん、本、映画、音楽、演劇、アート…といった表現物も、時に身体の中で経験に変容して私たちを支えてくれる。
30代前半ぐらいに通勤電車の中で繰り返し読んだ立川さんと森永博志さんの「シャングリラの予言」は、悩み多く暗い性格の自分もこんなふうに楽しく生きていけるかもしれないという希望を与えてくれたし、もっと前にブロードウェイで見たミュージカルは、自分もダラけていちゃいけないなぁという戒めになった。映画から受けた影響は数え切れない。
現実から目を背けたら生きていけないのは当然のことだが、いつ終わるか分からないコロナの世界にいると、過剰に現実に囚われ過ぎるのも良くないのかなと思う。
ザ・ビートルズの「トゥモロー・ネバー・ノウズ」でジョン・レノンが歌った、「しばし心の動きを止めて流れの中を漂うことは死ぬこととは違う」「存在というゲームを始まりの終わりが来るまで遊んでみればいい」というフレーズが妙にしっくり来る今日この頃だ。

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