立川直樹の内省日記

2010年1月5日(火)

12月28日(月)明日から冬休み。事務所と自宅を往復しながら1日中かたづけものを続ける。箱の中から全く忘れていたテープが出てきたり、ほとんど記憶にない企画書が出てきたり、発掘調査をしているような気分になり、それが妙に楽しい。保存しておく価値基準が今年の入って少し変わったので、1年をふり返ってみると、大分かたづいた気もする。夜は“ビーヴィー”で食事。前回発見した“ヴェルヴェット・デビル”は改めて飲んでみても抜群のおいしさで、白トリュフソースで味をつけたきのこ類の焼物との相性は最高だった。始まりにはプロセッコを飲み、定番のトリュフ枝豆に、黒板で気になったイカのカルパッチョ~カラスミとイカ黒ソースなどをつまんでいたので、“PB”に着いた時にはかなり酔っていることに気がついた。“PB”ではシャンパン。街に今年の別れを告げながら帰宅し、夕刊を読むと、2000年から始まった00年代をどう呼ぶかがアメリカで議論になっているという記事が出ていた。“シックスティーズ”に“ナインティーズ”…今までこんな呼び方を普通にしてきたが、さて結末はどうなるのだろう。イリノイ大の言語学者デニス・バロン教授は“00年代”を命名する賞金つきのコンテストを実施してはどうかと提案しているというが、2000年代も残すところあと3日だ。でも、スケジュールは30日の“ヴァージン・キャバレー”ひとつを残すのみ。その次の日からは待ちに待った“楽しいひきこもり”を開始できる。

12月30日(水)朝刊にジミー竹内氏の死亡記事。戦後の日本ジャズ界を代表するドラマーで、数日前にジミーさんがメンバーだったこともある原信夫とシャープス&フラッツのファイナル・コンサートをTVで観ていたのは何かの予兆だったのかと思ってしまったが、“戦後ジャズ刻む”という小見出しが、昨日の新聞に出ていた“東京タワー大食堂、51年の営業に幕”という記事とともにひとつの時代の終わりを確実に告げている感じがする。エミネムの最新作「リラプス:リフィル」との距離感は言葉では形容できないくらいだ。そして5時に新宿FACEで幕が開いた“ヴァージン・キャバレー”ではcobaの達人技とポカスカジャンの芸人ぶりを楽しませてもらった。東京キャ☆バニーもエロかわいい。終演後は歌舞伎町に来た時は、ここに寄らねばという感じで“上海小吃”へ。玲子ママの甲高い歓待の声に迎えられ、「上海で流行ってておいしいよ。1800円!」というすすめで出してもらった紹興酒を飲みながら、麻婆ガツ炒めから石持ちの唐揚げ、田鰻の炒め…まで日本化していない料理を堪能した。帰宅後はTVでマイケル・ジャクソンのデビュー30周年記念ライヴとモントルー・ジャズ・フェスティバルでのジョー・ジャクソンのライヴを途中からだったが観る。魅力的なパフォーマンスのせいか酔いも眠気もすっと飛んでいき、録画しておいた“昭和歌謡黄金時代~フランク永井と松尾和子”にまで手がのびる。“ムード歌謡”の大御所の夢の競演。どの歌も素晴しく魅力的だったが、川内康範の松尾和子についてのコメントもまた思わず唸ってしまうくらい淒味すらあるものだった。「歌に影がある。どんなに高音の部分でも…。男運が悪くて苦労してるから女の悲しさが節回しの部分に、自然に音声の中に入っている。愛の喜びよりも苦しみを歌う方が影がある。それを引っ張り出せばいい」。見事な分析、そして名言だ。「東京ナイトクラブ」や「誰よりも君を愛す」…といった名曲がいつまでも耳について離れなかった。そして、“昭和は遠くなりにけり”という言葉がスーッと頭に浮かんできた。“ひきこもり”前夜としてはほぼ完璧なシチュエーションだったと言えるかも知れない。

12月31日(木)朝11時からWOWOWで放映されたアダム・クーパー&ウィル・ケンプの「兵士の物語」が最高!“ひきこもり”の最初の前菜としては申し分なしで、舞台芸術の素晴しさに酔わされる。カメラ17台を駆使したという録り方も文句のつけようがなかったし、何より出演者の技量、演出家のセンス、美術に唸らされた。午後は若木信吾さんが送ってくれた映画「TOTEM」をDVDで、森繁喜劇の最高傑作と言われる「サラリーマン忠臣蔵」をTVで観て、6時からの“Dynamite!!~勇気のチカラ2009”に備える。5時間半の体力勝負だったが、石井慧と吉田秀彦の試合も完全燃焼とはいかなかったし、途中に過去の試合の映像をはさみすぎて、ライヴ感がないことはなはだしい。これも相も変わらずという感じの紅白歌合戦のフィナーレの後に始まった“ゆく年くる年”のシンプルでナチュラルな雰囲気が年を越すにあたって、気持をしっかりと整えてくれた。テレビとシンクロしてみた、増上寺から上がった3千個の風船は夢の景色のようだった。

1月1日(金)朝一番でトム・ハンクス主演「チャーリー・ウイルソンズ・ウォー」。よくまとまったいい映画だなと思ったら、監督がマイク・ニコルズ。共演のジュリア・ロバーツもフィリップ・シーモア・ホフマンも素晴しくいい。ホフマンの脇役としてのうまさは当代随一といってもいいだろう。朝は暮れに頂いた青森の大吟醸“稲村屋文四朗”と金沢の“金茶寮”のおせち。酒の方は昨年の新酒鑑評会で金賞を受賞したのも納得の素晴しさだったが、おせちはどうしたんだろうと思うくらいのレベルの下がり方。こんなところにも不況の影響が出ているのだろうか。あとはレナード・コーエンの「TEN NEW SONGS」とサン・ハウスの60年代のレコーディングを聴いて“いい音楽”を血のように注入する。そして昼は“ラ・ブランシュ”のおせちにドン・ペリニオンVINTAGE1999。午後1番に始まった“生放送・初笑い!オールスター昭和なつかし亭”とのミスマッチもおかしいが、昭和の芸人たちのキャラクターと名人芸にはしっかり笑わされ、しっかりと酔った。80を過ぎて現役のあした順子・ひろしのおもしろさと、夢路いとし・喜味こいしのうまさは特筆もの。結局7時間近く見てしまったが、毒を盛られたように、眠くなり身体の芯がヘニャヘニャになってしまったのは、何によるものだったんだろう。

1月2日(土)鞍馬の火祭りのドキュメンタリーと、歌舞伎座からの3時間生放送がTVの収穫。“シネマ歌舞伎”の効果といえるかも知れないが、舞台中継がとてもよくなっていて、TVで見ていても退屈しない。勘三郎・団十郎の「京鹿子娘道成寺」に、芝翫・富十郎・幸四郎・吉右衝門の「菅原伝授手習鑑~車引」、染五郎・福助・弥十郎ほかの「与話情浮名横櫛」の3本を楽しく見たが、最高の演目の与三郎とお富だけは何年も前に見た仁左衝門と玉三郎のコンビの名演を思い出して、歌舞伎の奥深さを実感させられた。ただ体調は絶不調。睡眠不足と酒の量の多さがこたえているのだろうか。決して歳のせいだとは思いたくないが……

1月3日(日)録画しておいた「サイドマン~ビートルズに愛された男~」と「4分間のピアニスト」を観る。改めて書くほどのことではないかも知れないが、ビデオによって時間がコントロールできるようになったのは本当に画期的なことだと思う。原題を“A JOURNEY INTO THE LIFE OF KLAUS VOORMAN”という2009年ドイツのKICK FILM製作の「サイドマン」は10代の頃からの憧れの存在だったクラウス・フォアマンが70歳になってバースデイ記念アルバムを作るために各地を回り、また回想もし、珍しいフィルムも挿入された素晴しいドキュメンタリー。最高に楽しめたが、「当時はみんなで音楽を共有しようとしていた」というカーリー・サイモンのコメントをはじめ、全ての登場人物、場面が印象に残った。「4分間のピアニスト」は2006年のドイツ映画。クラウスのアメリカ人にもイギリス人にもない、思索的な一面が妙にクロスして、正月早々、国民性の違いというものを考えさせられたのだった。体調はかなり回復。眠気もなく、午後からは再びBSドキュメンタリーの「世界を変えたイマジン」に手をつける。名曲「イマジン」をベースにして作られたドキュメンタリー。日本語吹替えがうっとうしいが、アプローチの仕方とまとめ方は実におもしろかった。観終えてからは、クラウス・フォアマンが「よく聴いていたのはチェット・ベイカーにレイ・チャールズ、マイルス・デイヴィス」という言葉に、同じ種族なんだなと改めて感じ、マイルスをアナログ・レコードで聴く。何とも魅力的な音のふくらみ。数ヶ月ぶりで聴いたアナログ・レコードがフラッシュバックさせてくれるさまざまな思い出。こうなると、“ひきこもり”で時間がたっぷりあることもあり、ますますエスカレート、ヴァネッサ・パラディの「ライヴ・イン・パリ」やエルヴィスの「68カムバック・スペシャル」のDVDを楽しむ。セルジュの名曲「唇からよだれ」を歌うヴァネッサに、革ジャン姿で「ハートブレイク・ホテル」を歌う33歳のエルヴィスがレアで素晴しく、そのせいか録画しておいた国立劇場での歌舞伎公演「旭輝黄金鯱」は全く気分にフィットしなかった。前日の歌舞伎に較べて、主役の尾上菊五郎以外の俳優に華もオーラも感じられなかったのも一因だろう。目と耳の疲れと、酒のせいだとは決して思いたくない。

1月4日(月)世の中は始まったようだ。でも“ひきこもり”の僕は朝の7時15分からWOWOWでショーン・ペン監督の「イントゥ・ザ・ワイルド」を観る。未見だったが、“いい映画”だった。エミール・ハーシュ演じるアレックスが口にした「キャリアは20世紀の遺物」という言葉が印象に残り、キャンド・ヒートの「ゴーイング・アップ・ザ・カントリー」やロジャー・ミラーの「キング・オブ・ザ・ロード」が妙に耳に残った。主題曲を歌っていたのはエディ・ヴェーダー。ショーン・ペンはいい人脈を持っている。昼にはまたシャンパン。暮れに頂いたローラン・ペリエのロゼ。ブランシュのおせちがあてにぴったりだと、一人うなづきながら、1時から始まった「マーロン・ブランドのすべて」につながっていく。2時間40分という長いドキュメンタリーだったが、たくさんの作品の映画や証言があって、ちょっと授業を受けているような楽しみがあった。クインシー・ジョーンズの「ジャズ界で同じ存在がマイルス。ピカソと同じで常識を破壊したんだ」という言葉は言い得て妙。「ラスト・タンゴ・イン・パリ」と「地獄の黙示録」がまた観たくなった。その後はBBCが制作した「クオリーメン」と「クレムリンを揺るがせたビートルズ 」という2本のドキュメンタリーで映像ものは仕上げ。今年はテレビにとられた時間が多かったので、明日は読書で少しチューンナップした方がいいかも知れない。

1月5日(火)ジョン・アーヴィングの「第四の手」を読み始める。やはり、おもしろさは別格だ。トゥーサン同様、趣味が合うというか、物語の設定や人物像、情景描写など全てがスーッと入ってくる。このまま夕方までという感じだったが、1時から放映された「欲望という名の電車」に捕まって狙いは崩れ去る。昨日のマーロン・ブランドのドキュメンタリーとピタッとつながり、ブランドの演技に唸らされる。ヴィヴィアン・リーも素晴しいし、原作・脚本のテネシー・ウイリアムス、監督のエリア・カザン、音楽のアレックス・ノースの仕事はこれこそがプロフェッショナルといえるものだ。製作は1951年。驚きだし、映画史に残る名作といわれるのにも納得だ。“デフレの象徴ユニクロ~先行き見えぬ日本経済”“ネットは世界を縛る”…といった新聞記事とはおよそかけ離れた世界。この1週間、僕はその長い距離の中を自由に走り回っていたが、「国全体が100円ショップのようになり、焦土と化す」という安売り競争についてのコメントは的を得ていると思う。夜の9時過ぎから始まったドキュメンタリー「SOUL DEEP」で、サム・クックの歌にクロスして映し出される50年代のアメリカを目にした時に、この10年の間の変化の大きさは形容し難いものだということを僕は改めて思った。情感というものが急速に失われていった時代……

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