立川直樹の内省日記

2010年6月27日(日)

6月19日(土)午前中は旅行中にたまった新聞や郵便物の整理。“文化変調~ネットの荒波”の記事が興味深く、そんな時代にジョン・レノンの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の歌詞を手書きした紙片が1億円を超える値で落札されたという報道があるのも何だかシュールな感じがする。相撲界の野球賭博事件はまるで映画みたいな様相を呈してきているのが野次馬根性をいやがおうにもそそる。そして昼過ぎには諏訪に向けて出発。昨日の午前中、同じような景色の中を小浜から今津まで向かって走っていたことを考えると、不思議な感覚にとらわれる。いよいよ明日に迫った諏訪大社・春宮での喜多郎のパフォーマンスの仕込みはすこぶる順調。夜の食事の後、照明チェックをすませ、“桃源郷”でストーンズやグレイトフル・デッドをかけて、中継の音声を消してのサッカー観戦は妙なミクスチャー感があって実におもしろかった。


6月20日(日)“喜多郎meets御柱祭”special performance本番の日。開演前に秋宮でメンバーと一緒に公式参拝をすませ、会場の春宮に向かう間に降っていた雨は、オープニングの御諏訪太鼓の音出しの数分前に嘘のようにやんだ。名盤「GAIA ONBASHIRA」にもフィーチャーされていた木遺りの西さんと御諏訪太鼓も加わっての喜多郎のパフォーマンスは実に見事なもの、終了後、諏訪大社の平村宮司もコメントしていたように、文字通り神と交感している瞬間が幾度もあった忘れ難いもので、数ヶ月間の準備もあって達成感があった。終了後は関係者を交えての打ち上げパーティーと“桃源郷”での身内の打上げ。4時間ぐらいの間に、ビールは注がれるし、乾杯はあるわでかなりの量を飲んだが、頭も身体も最後までピシッとしていた。これも神様のおかげか……


6月21日(月)5時間に満たない睡眠時間なのに東京までのドライヴはしごく快調。飛ばしている車が多かったので、「みんなで走れば怖くない」のノリで、フェイセズなどをBGMにして飛ばし、諏訪から六本木まで2時間と少しで到着する。そして午後は“ROCK AROUND THE CLOCK”できょうからスタートするBAR“Julie”の仕込みと江戸東京博物館の<大昆虫博~日本人と虫たちの深く長い歴史>の内覧会。ジュリー・ロンドンのオリジナル紙ジャケ・コレクションの発表を記念してのBARはとてもいい感じに仕上がったし、蝶やクワガタなどの標本が数えきれないほど展示された<大昆虫博>は、まるで“Another World”への旅という感じで、レセプション会場でザザ虫を食べていた女性も含めて完全にトリップさせられてしまった。最後は“Julie”で3種類のオリジナル・カクテルを試飲。帰りしなにシャンパンを頂き、帰宅後は白ワインと、酒の旅も終わらない。


6月22日(火)青山劇場でマシュー・ボーンの「白鳥の湖」を見る。5年ぶりの来日公演だが、キャストもよく、演出・振付も進化しているので思っていた以上に楽しめ、刺激を受けた。こういう正しいエンタテインメントは本当にいい薬になる。昼間、こなした3つのミーティングも夜のこの良薬のおかげでアイデアがいつもより早くわき始めている。


6月23日(水)午前中の大学に始まり、“オステリア”でランチ・ミーティング、TOKYO FMに移動して、次には“CLOVER”でミーティングと何だか妙にあわただしいスケジュール。朝刊に載っていた元スパイダーズの井上堯之さんがきょう行われるコンサートを最後に隠遁生活に入るという記事を羨しいなあと感じる。ここしばらくで何か気分に変化が起きている。季節のせいか、それとも社会情況のせいか……。“CLOVER”の後は三菱一号館美術館で「マネとモダン・パリ」を見るが、これもちょっと期待外れ。復元された建物の方が作品や展示に勝ってしまっている感じがする。でもマネの<死せる闘牛士>は思わず息がとまるくらいの大傑作。これだけでも価値ありだが、その後“クロコダイル”で見たichiroのライヴも中々のものだった。僕がこの素晴しい才能と魅力を持ったギタリストのデビュー・アルバムをプロデュースしたのは20年前。彼が考えている“20周年記念イベント”で、こんなことをやったらいい、というアイデアがステージを見ていて急に頭に浮かんだ。遅めの夕食は“開化亭”。一升瓶の紹興酒を目の前にしての支那料理は実にいい感じだった。


6月24日(木)日帰りで金沢。工大で“貴重書籍”をテーマにした展覧会のミーティングをして、昼は“めくみ”で絶品の寿司。15分ほど軽くしめたという白海老の寿司は忘れ難い味だった。そして、夜は9時からシネマート六本木で11月に公開予定の「NOWHERE BOY」の関係者試写。ジョン・レノンがビートルズとして世に出る前の青春時代にスポットをあてた映画で、何の予備知識もなかったこともあって、“痛み”がうまく描かれているのに軽い衝撃を受けた。音楽の使い方や撮影もいいし、ジョン役のアーロン・ジョンソンも魅力的な俳優だった。メイルもファックスも、勿論i-phoneもi-padもない、全ては人と人との生のつながりと出会いで物事が動いていた時代。見ている間にいろいろな情景もフラッシュバックしてきた。


6月25日(金)昼間はレコードや古い雑誌の整理。夜は彩の国さいたま芸術劇場でホフェッシュ・シェクターの「ポリティカル・マザー」を見る。ダンサーにして振付家、ドラマーにして作曲家というシェクターの作品はきわめて今日的でありながら生バンドの奏でる音も含めて非常に60年代から70年代の香りがした。それとリンクする昼間の作業。さいたま芸術劇場に向かう間に2CVの中で聞いていたボブ・ディランは“終わらない旅”を続けている。


6月26日(土)“nadja”のレイコさんや田中クンが音頭をとって計画してくれたもののインフルエンザ騒ぎで延期になっていた“還暦祝いの食事会”のために大阪に向かう。新幹線の中にある雑誌“ひととき”に会場である“KAHARA”の記事が載っていたのは、何だか呼ばれている感じ。夜の9時少し前に生ワインを最初にいただき、クリスタルのシャンパンで乾杯して始まった食事会は8席のカウンターに坐ったメンバーも食事もお酒も完璧なものだった。“KAHARA”に向かう前にホテルの部屋で見たイメルダ・マルコスの長いインタビュー(これは聞き手の力もあって実に見事なものだった)で語られた彼女たちが生きていた世界とはまるで別世界。KPOキリンプラザ大阪の仕事をしていた時は、多い時では年間30泊以上もしていたホテル日航大阪に大勢の中国人が大手をふっているのを見て、本当に世界は変わったんだと感じたことも、赤ピーマンのソースの中にきれいに並んだじゅんさいの前菜からとうもろこし御飯までのめくるめく美食と、クリスタルのシャンパンから1908年のカルヴァドスまで続いたお酒の酔いがどこかに追いやってしまった。


6月27日(日)何必館・京都現代美術館で開催中の<良寛遺墨展>を見たくて、10時を目指して京都に向かう。南座の前で里中さんと待ち合わせ、出かけた何必館の中に展示された良寛の書は“来てよかった”と心から思えるもの。没後180年を記念しての展覧会だが、字の質感は絶対に印刷物ではわからない。何必館の後は通りがかりにあった“まる捨”なる小さなコーヒー店でコーヒー、昼は以前から気になっていた鴨川沿いの“東華菜館”でランチ。里中さんは「“まる捨”は40年ぶり、“東華菜館”は35年ぶり。地元の人はまずいかない…」と笑っていたが、“まる捨”は小津映画の世界そのものだったし、ヴォリーズが設計した魅力ある建物の中で食す北京料理は中々のものだった。主菜としては3種類の餃子と、チャーハンの4品で、全く麺がないのはちょっと驚き。広々とした店内の窓から鴨川の流れと東山を眺めていたら、完全に旅人の気分になってしまった。その後は京阪電車で大阪に戻り、2時から北堀江にあるイタリアンレストラン“mothers”で田中クン主宰のトークイベント。相手の竹内義和さんとは初対面だったが、ロックからプロレス、ボクシングの話まで大いに盛り上がり、あっという間に90分が過ぎてしまった。終わってからはシリーズ化しようという話にもなり、これでまた大阪通いができるとなれば、最高にうれしい。旅は本当にいい。

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