ARCHIVE:緊急日記

2006年11月15日~11月22日

Nov 15th(WED)
ちょうど1週間ぶりにベトナムに到着。
「現地時間は日本より2時間戻りまして午後2時55分。気温は29℃でございます」の機内アナウンスがSF映画のような感じがする。この2時間得した感じ。適度な時差がちょうどいいのかも知れない。それに欧米の国に旅行した時のように帰国願望が起きないのも不思議だ。
そしてチェックインしたREX HOTELは60年代の横須賀にタイムスリップしたのではないかと錯覚させるような雰囲気。ホテル変更の思わぬ拾いものだったが、アメリカ人、フランス人 老夫婦カップル中心の客層。横須賀のEMクラブにいたような風情の従業員もまるで映画の登場人物だ。


Nov 18th(SAT)
ホーチミンからシェムリアップに到着。INTERNATIONALと言っても日本の離島・石垣島程度の空港の趣きで、迎えにきているガイド達も肌の色以外はほとんど同じだ。
迎えのオル君の案内でホテルに向かうが、日本語とハングルの文字の洪水にエキゾチックな気分は消え失せ、コロニアル・スタイルのホテルの部屋でようやく正常な気分になれる。
昔のインドやバリは本当に夢の世界だったと嘆息・・・。
夕食はLe Grand。ホテルのメインダイニングでクメール料理を食すが、ウェイターのベタベタした接客にヘキエキ。シャンパンとシャルドネとクメール・アンティパスト、カンボジア・スパイスを使った野菜スープ、茄子の料理などは悪くなかったのだが・・・。
それに軽いドレスコードありなのに、日本人の小団体がその雰囲気をだいなしにしている。僕の席から見えなくなったのは不幸中の幸い。
とにかく、世界中からエレガントでロマンティックなものが消え去ろうとしているのかもしれない。


Nov 19th(SUN)
曜日の感覚が消失している。ケイタイの鳴らない日々がとてもいい。6時半には朝食をとり(うれしいことにシャンパンがビュッフェで出ていた。日曜日だから か・・・)7時過ぎからプールで日光浴。「外地探偵小説集・上海篇」の続きを読む。レナード・コーエン自伝とこの本を持ってきたのは正解だった。
8時半にオル君と待ち合わせ。アンコール・トムの遺跡に向かう。チェックポイントはもうディズニー・ランドのゲートの雰囲気。やれやれと思いながら写真撮影をし、目的地に向かうが、車の行列、バイクタクシーと人の波。前日の不安が一気に現実になる。
午後は本命のアンコール・ワット! 1日数万といわれる訪問者で人の波だが、特に韓国人グループのうるささと日本人グループのダラッとした感じは観光をだいなしにしている。
そういえば何年か前にベニスでゴンドラに乗っている時に、"アリラン"の大合唱が聞こえてきたことがあった。差別的発言かもしれないが、そういう民族性が あるのだろうか・・・。アンコール・ワットの後は夕日の見える遺跡ということで評判のプノン・バケンに案内してもらう。ここも人・人・人の洪水。ちょっと 肩すかしの夕日を見た後、山を下りていく時にオル君が「8年前まではゲリラがいて、この山に昇る人なんて1人もいなかった。日本の人はそんなのわからない ですよね。5時半に夕飯食べて家から出れず、銃の音がすると壕に隠れてた」とつぶやき気味に話をしてくれる。その話と物売りの女の子の悲しそうな眼と無遠 慮な片言の日本語がミックスし、観光旅行ももはや僕にとって潮時かなという気分になる。
夜、ここまできたら"最後の気分"で、という思いでいった伝統舞踊を楽しみながら食事をするという、よくありがちなレストラン"KOULEN Ⅱ"でもその気分は増幅される。アンコール・ビールとシャルドネの酔いも一気に回り、10時前には眠りにつく。


Nov 20th(MON)
まるでバラエティー・ショーかオムニバス映画のように夢をたくさん見る。朝食を気分よくとろうと思ったが、朝から朝食のテーブルで写真をとりあっている日 本人カップルや小グループ客の、場の論理が全くわかっていない態度で気分は台無し。カンボジア人ウェイターと思わず眼が合い、苦笑いを交わす始末。今日の 遺跡巡りも思いやられる。
7:45am。でも人気のない35mの大プールのデッキ・チェアで朝の光に当たりながら小鳥の鳴き声と水の流れる音をきいていられるのは小さな幸福。アンコールでの滞在をここにしたのは正解だったと思う。
出発は9時。ロリュオス遺跡群のLOREIから始まり、3つの遺跡を見学。2つの市場をのぞくが、かつて香港や北京の市場をのぞいた時のようなワクワクした気分に全くなれないのは何故だろう。
地雷博物館でも冷静な傍観者でしかなく、ランチの後のトンレサップ湖のクルージングがこの日の一番のリラクシングタイムだった。
湖のクルージングの後は、足早に遺跡を5ヶ所回る。Neak Poanの人造池が元病院だったという話とともに興味が持て、EAST MEBONは火葬場だったという臭いが今も残っていた。
夕食はオル君と運転手を誘って地元のレストランへ。メルローとロースと・ダックのコンビネーションが思わぬ拾いもの。クメール風春巻とか野菜炒め、バナナの花のサラダあたりには少々、飽き始めている感もある。


Nov 21th(TUE)
4:50pm。SIEM REAP AIRPORT。
ヴェトナム航空のビジネスラウンジが、新しくなった空港でまだ完成していないため、Caffe RITAZZAなるカフェテリアに案内され、6:00pmのフライトをまっている。
きょうも遺跡を5つ。映画「トゥームレイダー」のロケに使われて有名になったというタ・プロムなどを訪れたが、人気のない遺跡は妙に心なごむところがあ る。そしてSIEM REAPの町は3日目にして自分なりに魅力的なポイントを発見はしたが、時既に遅しか・・・。ベトナムと違って、もう一度来るかどう かはおよそ想像もつかないし・・・。
ただ、数日前に旅はもう終わりかと思った気持は、気分的にはゆっくりと休んだせいかカンボジアの高床式の家で10日ほど暮らしてみるのも悪くないかなとも思い始めている。人間なんて現金なものだ。


Nov 22th(WED)
朝のレストランでビートルズの"And I Love Her"が流れていた。ここも60年代の横須賀や横浜の匂いがする。Paul Ankaの"Diana"に"やさしく歌って"・・・。
昨日の夜はソフィテル・メトロポールのBar"Le Club"で、世界中のホテルを流れ歩いているような雰囲気のイザベラとかいう歌手が、ベトナム人のピアノとベースをバックに"マスカレード"と"Stormy Monday"を歌っていた情景が重なりあう。20時間ほど前の、電気も水もないカンボジアの景色とのコントラスト・・・何だか世界はおかしい。

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