ARCHIVE:トークセッション

第1回 VS 早乙女道春

早乙女道春さんは立川直樹を語る上で重要なキーワードである一連の「新人発掘」の系譜に連なるアーティストである。早乙女さんはすでに雑誌、広告、CDジャケットなどの分野でイラストレーターとして活躍している。

そんな早乙女さんの初の単独エキシビション [Trippin’Scape 幻影旅景]が、9月19日から24日まで、原宿のgallery ROCKETにて開催された。
能登半島の風景を淡い色合いで表現した水彩画を中心としたエキシビションで、ANA機内誌「翼の王国」に掲載された立川さんと森永さんの「極楽自動車旅行~能登編~」の挿入画の原画も展示された。

以下は、このエキシビションのオープニング・パーティーの後の早乙女さんと立川さんを中心としたトーク・セッションの記録である。
写真でもわかるように、この日、立川さんはとてもうれしそうで、早乙女さんのアーティストとしての才能が本格的に世に認められ始めたことへの喜びがひしひしと伝わってきた。

そして2003年11月1日から11月29日まで、ミケ アムリタにて
早乙女道春 [SNOW LAND雪景] 展が開催される。
立川直樹が、そして森永博志が認めた早乙女さんのアートの最新形が展示される。
この機会に皆様にもぜひ、画家・早乙女道春の世界に触れていただきたい。

S=早乙女道春  T=立川直樹  I=飯田裕人  M=三島太郎  敬称略)


早乙女画伯

立川さん

絵に対しての文字

T: ([Trippin’Scape 幻影旅景]を見た後に、「翼の王国」の編集者の)小倉君と話してたんだけどさ。
やっぱり線画は字が入ってたほうがいいな。なんか、字が入って成立する感じがすごくする。
S: ああ・・・。そういう意見はけっこうありました。
T: それと線画じゃないものも、ジャズの歌詞とかそういうのでもなんでも何か文字が入っていたほうが(良いと思った)ね。早乙女の絵って、なんか絵に対しての文字っていうのが結構重要で。
S: ええ、ええ。
T: 写真がこのくらいの大きさとかなのに、キャプションが縦組みとか横組みとかで「なぜこの人々がこんなに神々しいのか。土着でありながら・・・・」 とかって、一個一個が詩なんだよ。で、ミック・ロックも――気持ちちょっとやりすぎだったけど、でもなんか、あれは新しいパターンだと思った。
S: ああ、でもそれは、北京で明の時代の絵とか見てたら、そう思った。中国の絵って、なんか字も書いてあるじゃないですか。あれちょっと北京で見て、「あれ~?」って言うのがあったんですよね、実は。
T: 何か直感的な、ね。やっぱり字なんだよ、線画とのバランスと。
花村萬月さんとやってる連載の絵もすっごく良いね。どんどん変わっていってる感じがして良い。
早乙女、(最近)開眼してない?
S: いやあ、それはいっつも、どっかに連れてってもらう度に。
T: 能登で結構きてなかった?
S: きてた。ほんときましたよ。

さまざまな視点

T: ぼく思うんだけど――ここにいないからお世辞でもなんでもないんだけど――やっぱり粕谷クン(「翼の王国編集長」)のセンスってすごいよね、能登 の回も写真使ってないでしょ? あれを『これ、絵とブルーでいいじゃん』っていうセンスとか。あと、前にやった寺山修司の架空対談のアイデアとか、ほら、 リチャード・ロジャースの生誕百年で30ページぐらいやった時の、その写真の組み方とか、ああいうセンスってやっぱりすごいと思う。
S: 僕も編集的なことは素人なんだけど、ある編集者が、食事の絵――食べ物の絵あったじゃないですか。あれ自体は説明的に描いてないから、何の食いモンだかわかんないんだけど、でも隣に船の絵をピッピッって描いてて。
ビョンってあけたときに「うまそ~」とか、潮の匂いとか(の感じが出るように考えてるんだなと思って)、「なるほどなぁ~」って。
T: だから絵の力ってすごいのは、やっぱり写真ってどう考えてもペタっとしちゃうんだよな。だからね、さっき話してた岡本太郎の写真ってやっぱ絵描きの写真なのね。絵描きの写真って、全然スナップショットとちがうの。目なんだよ、やっぱりね。
普通の人じゃない人が撮ってるのって普通(の写真)じゃないんだよな。
S: (笑)。
T: だからマイケル・スタイプの写真とかもさ、結局ミュージシャンが撮った写真じゃん。えらそうに言うけど(笑)、ぼくが撮ってレコードジャケットとかになった写真なんかも、自分で言うのもなんだけど、むちゃくちゃかっこいいんだよ。それは。
S: 立川さんの写真も実はすごいですよね。宍道湖の電車とか。
でも、(今日のエキシビションに出した絵の)パノラマのアイディアはあの最初の北海道の時に思い付いたから、変わってるようでちゃんとつながってるんですよ。
T: じゃ、その時から開眼してるんだ(笑)。
S: はい(笑)。

マッケンジーがナンパしてきた!

I: でも今日も、来ていた若い男の子が早乙女さんを憧れの目で見てて。
ちょっと話したら、「どうすればああいうふうになれるんでしょうか」って(笑)。
S: ホントですか?
T: でも初めて会って、すぐに仕事したんだよな? 早乙女とは。西麻布のキャンティで会って。
S: そうです、はい。
T: マッケンがナンパしてきたんだよ。なんか「暴走族らしいんだけど、結構絵うまいんだよ」って。
S: 暴走族じゃないんですって(笑)。
T: その時ぼく、早乙女がセツに行ってたとか何にも知らないで、なんか絵見て「いいじゃん」っつったら、マッケンも「絶対気に入ると思ったんだよ」って。
S: はい、それでCDジャケットを。
T: で、次に翼の王国やるから地図を早乙女に描かせようって。
S: 連れてかれちゃって(笑)。
T: 北海道に連れてっちゃった(笑)。
I: だから結構行ってますよね。「旅はシャングリラ」シリーズは全部早乙女さんだから。
あの青島(チンタオ)の絵も良かったし。
T: あれは最高ですよ。あれはでもおかしいのが、元々森永も行く予定だったんだよな(笑)。
M: へぇ。
T: 成田に行ったら来ないんだもん。
S: (出発当日の)朝6時ぐらいにマッケンさんから電話かかってきて、「俺、青島行かねえから。昨日ロンドンから帰って来てさ、青島行ってる場合じゃねえよ!」(笑)。
M: 場合じゃない、ですか・・・。
T: そのロンドンから帰ってくる時に全日空に乗ってて機内誌(「翼の王国」)を見たら、なんか(今回は)俺達が2人でやる必要ねえんじゃねえか、みたいに思ったらしいんだ(笑)。
S: それで(成田で)待ってたら「マッケン遅いね」とか立川さんが言うんですよ。
「言えねえ!おれには言えねえ!」とか思って(笑)。「遅いっすねえ」とか言って(笑)。
I: はははは。
S: でもついに耐えられなくなって、「いや、実はマッケンさんから朝電話がありまして、俺は行かないからミックによろしくって言ってました」って。
T: 「早く言えよバカヤロウ!」って(笑)。
S: (笑)。
T: でもね、青島は結果的に2人で行ってよかったの。たぶんあれをシャングリラにしちゃってたら、あのロマンティシズムは出なかったと思うな。
S: 出なかったですね。
T: あの青島のロマンティシズムっていうのは、2人で行ったから良かった。
I: あの海岸のあの辺っていうのはやばいですよね。
S: なんていうのかな、いい感じの昔のあの・・・なんか1930年代って感じで。
T: すごく良いんだよな。だからぼくの子供の頃の湘南だよ。
S: うん、逗子みたいって言ってました。
T: ちょうど小学生ぐらいのときの葉山とか。それですっごいノスタルジックな気分になっちゃってさ。
S: なんか「家」って感じなんですよね、ゲストハウスが。完全な家だから、ホテルに泊まってる感じじゃないんだもん。
T: そうそう。
S: 家に運転手の人もお手伝いの女の人も居るから、なんだか立川さんの家に居るみたいなんですよ。
1930年代だったら、ボーダーのシャツとか着ちゃって、ホワイトバックスとか履いてる感じ。
T: で、庭とかベランダとかもすごくいいんだよ。酒対決とかもあったし。
S: そうそうそう(笑)。
I: あと、(早乙女―立川コンビでは)ボルガでのセルジュ・ゲンズブールのイベントですか。
S: ああー、あれはおもしろかった。
T: ボルガでね、命日に合わせて、セルジュの法事イベントっていうのをやったの。
M: セルジュの法事ってのもすごい(笑)。
S: 大人のためのパーティでしたね。
T: メニューもワインもちゃんとそれに合わせて。で、テーブルクロスに全部、早乙女に絵を描いてもらったんだ。
その前にセルジュの本作る時に早乙女に頼んでたんだよね。
S: そうですね。
T: あれがすごくよくて。
S: セルジュ・ゲンズブールの命日ってぼくの誕生日なんですよ。
M: そうなんだ。いつですか?
S: 3月2日です。

早乙女道春が居るところ

T: 早乙女君はまったく新しいタイプの人ですよ。たぶんイラストレーターでもないし、画家でもない。今、意外とそこっていないんだよね。
でも他のジャンルだといるのよ。彫刻家なんだけど、彫刻家っぽくなくてっていう。佐藤好彦ってそうでしょ。あれ見て彫刻って言われても「彫刻か?」みたいな。
S: でも逆に、ロートレックの時代とかはそうだったのかなって。
T: ロートレックはそうだよね。みんな遊びから始まってて。
S: ええ、戦前の画家とか。
T: コクトーとかさ。そういう意味では横尾さんとか篠山さんっていうのは、そういうテイストを受け継いでるのよ。
S: だからわりとぼくはピエール・ボナールとか、そういう19世紀から20世紀にかけてのイラストレーターとか画家とかデザイナーとか、そんな境界線がなかった頃の絵が好きっていうのがあって。
T: でもさ、昔、アラン・ルドルフの映画でさ、ミセス・パーカーのなんとかっていう画廊系の映画があったんだけど、やっぱり描く人とか作る人はちゃんと自分でも作れるプロデューサー(がいるかどうか)で全然変わってくるんだよね。
S: だからディアギレフと、なんだっけ、ダンサー。
T: あれだよ、ニジンスキー。
S: そうそう、ニジンスキー。なんかぼく、立川さんってディアギレフみたいだなって思う。
T: それはね、ぼくも自分で意識してて。トウキョウ・アート・オーケストラとか作ろうかなって思ってるぐらい。
思うんだけど、H・アール・カオス(との関係)も結構そういう気分があると思うよ。
S: それで(その頃は)ボナールとかピカソがポスターとか描いてたりさ。なんか入り乱れてたでしょ。あの頃すごいなと思いますよ。
T: (その後に)入り乱れなくなった人たちっていうのは、利権が欲しかったから入り乱れなくなっただけなんだと思うんだよね。入り乱れてると利権って無いから。「面白いからやりゃいいじゃん!」っていうところから入り乱れを整理していくとこで利権が発生するの。
S: たぶんそれってきっと核心なんだと思いますよ。利権のために分類して整理するっていう、ね。それを前に言われたときにピンと来た。

サイケデリックなサイモンとガーファンクルの狭間で

S: でも最初に北海道に行ったのがあの時の5月で、その後1ヶ月も経ってないうちに青島に居たと。で、(同じように)今回も能登の後に北京に行ったん ですけど、(そういう時は)自分のモードがもうガッチガチに変わっちゃうわけですよ。だから中途半端な枠組みで考えてたら絶対ついていけないんです。 「ちょ、ちょっとタイムタイム!」ってなっちゃって。
T: だってスケッチなんかしてるとさ、ぼくなんかは「何やってんだバカヤロー、ほら行くぞ!」って言うからね。
S: そうそう、それで「これ、早く食べろ!」みたいな。だからやっぱり写真に行く。
T: だって、なんか一緒に行くと絵、描いてるからさ。
M: そりゃ絵は描くでしょ(笑)。
T: 写真だっていいじゃない、そんなの。
I: だからそこが立川さんの時間のサイクルで。でも森永さんはたぶんそこで早乙女さんに「描けよ」っていうタイプ。その2人と一緒に居るっていう(早乙女さんの)バランスがいいんですよ。
T: ぼくと森永って、言わばサイモンとガーファンクルなんだな。前に言われたことがあるんだ。「サイケデリックなサイモンとガーファンクル」って。森永は完全にアート・ガ-ファンクルだからさ。で、ぼくはポール・サイモンだから、ノリとしては。
付き合ってても感じは違うだろうね。
サイモンとガーファンクルだから、ソロでやる時とデュオでやる時とは作るものが全然違うわけだし。デュオになったときは基本的に2人で考えるのはハーモニーだからさ。
S: でもぼくは立川さんとマッケンさんの間で「苦しい~、もうこの2人にはついていけない!」って思ったことはないですよ。それはもうまったくないんですよ。
I: ぼくなんか15年いますけど、あの2人から認められてる人って意外といないんですから。
S: いつも「へえー」とか「なるほど!」とか「知らなかったなー」とか「うっひゃー」みたいな感じで(笑)。で、写真から描けるようになったのも、それはさんざん美術学生の時にイーゼル立てて描いてる元があるから、写真を撮っても元が連想できる。
T: 早乙女の写真もすごいよ。
S: (「旅はシャングリラ」で)いろんなカメラマンさんに一緒についてった時に(立川さんが)「お前のレンズ暗いなあ」って(カメラマンに)言ってるのを見ていて、「は? 暗いレンズって何?」とか(笑)思ったことがありましたね。
露出とかシャッタースピードとか、カメラは技術的なことがいっぱいあるから、それはだんだん教えてもらって、勝手に――門前の小僧じゃないけど――それで覚えた。
I: 立川さんはカメラマンがのろいのって嫌いですもんね。
T: だってとろいやつはダメだよ。いい仕事する人っていうのは気がつくとやってるもん。
篠山さんなんて、言う前に撮ってるもの。
S: ヒサゴっていう、取材は絶対にダメっていうところがあったんですけど、そこのおかみさんが耳がちょっと遠くなってるから、(ぼくは)料理とか作ってる時にバシャッとか撮ってたんですよね(笑)。でもその時のカメラマンは撮っちゃダメって言われてたから撮ってなかった。
俺は「音は聞こえねえだろうな」って感じでパシャパシャ撮ってて。で、立川さんもその時「イエス! そうだろ?」って感じで(見てる)。言葉は交わしてないんですけど(笑)。
それと、やっぱりぼくは小尾(おび)さんからいろいろ教わったかな。
T: 小尾くんってエレガントだよね。
S: うん、エレガント。
T: やっぱり品だよね。どんなに言葉遣いとか悪くても品がいい人っていて、で、言葉遣いは丁寧にしてるんだけど、なんか下卑てる奴っているじゃない? あれはダメだな。
そう、別府も面白かったよね。夕焼け、写生した時な。
S: ああ、あの夕焼けすごかったですよね。面白かったです。常に面白い。
T: うん、やっぱり早乙女は絵描きだな。イラストレーターって呼称は良くない。
「早乙女画伯」だよ。

一番贅沢な景色 ~Trippin’Scape~

S: で、ちょっと話戻るんですけど、能登半島を描いてたときのモードで、そのまま北京に行った時は、もうめちゃくちゃになっちゃうんですよ、自分が。全然違うから。
でもそこで、要するにあっち側の画家みたいに「私はこういう景色は描きません」とか「これは私の範疇じゃない」って線引きしちゃうかって考えた時に、これはやらざるを得ない、と。めげてる場合じゃないわけだから。
それで「なんとか北京の中で自分がいいと思うところを早く見つけなきゃ!」みたいな焦りが最初はあったんだけど、でもマッケンさんが「2~3日ブラブラしてりゃいいんじゃないの?」って(笑)。
で、能登の時の絵は今日看板のポスターのとこにも一言書いたんですけど、あれって子供んときに親父の車から見てる景色なんですね。子供って親父の車に乗ってる時って完全に自分は何の害も無い状態で、景色だけを見てるじゃないですか?
そうやって子供みたいにして見てる景色っていうのは――それは(立川さんと最初に一緒に行った)北海道の時からそうなんだけど――、なんていうのかな、意 味が無いんですよね。「ここが能登だしなあ」とか「ここは輪島」とか「これはイカ釣り船で」とか、そういう大人的な言葉のものの見方を一切しなくて良いわ けですよ。 子供だから。
ボーッと景色を見てればそれで良い。
その時に見てる景色っていうのは一番贅沢で、「ああ、描きたい!」って思うんです。そこにはなんの理屈もないんだけど。立川さんが運転してる車に乗ってると俺は、お父さんが運転してる車に乗ってる、見てるんだっていう(感覚になる)。
T: ぼくは運転、うまいしね(笑)。
S: (笑)親父の運転で事故るわけないっていうか。ビュンビュンに飛ばしてるんだけど、親父が運転してて俺は3歳ぐらいだから、事故るっていう想像はまずあり得ないわけですよね。
で、そんな時に見てる景色っていうのが・・・今回のエキシビジョンのタイトルの「Trippin’Scape」。マッケンさん風に言葉を考えよう!ってことだったんですけど。
T: トリッピング・スケープね。
S: そう。ラウンドスケープとトリップっていう。トリッピンだから「別に死んでもいいんです!」みたいな感じで。死ぬ寸前に見る景色みたいな。
立川さんがギューッとか走ってる間はぼくはその流れに乗って、ファインダー越しに映画のようにこう流れる景色を見ているんです。
T: やっぱり黒澤映画の絵コンテみたいなとこがあるんだよね。
S: もっとちゃんとした大人だと「立川さん、ちょっと飛ばしすぎなんじゃないですか?」って言っちゃうわけですよ、きっと。でもそんなこと言ってたら何にも見えてこないですから、景色は。色も光も。
ブワーッと飛ばしててOKなんですよ、それで。
で、何でぼくはデジカメに移行できないかっていうと、(デジカメだと)一眼レフみたいにファインダー越しに映画みたいに見えないでしょ。だから単眼で映画みたいに見えてる時に、ばっかんばっかんシャッター押してる。なんかその感じなんですよ。
T: 良い話だろ? キャメロン。
M: 良い話です。
S: そいで旅館で食事をしてると、立川さんがこうウニ丼とかをよそってくれる。
「そんな汚くしちゃダメだ!」とか言われたりして、だからもう子供の夏休みみたいなわけ(笑)。
自分で運転してるときはいろんなことに注意しなくちゃいけないから。でもそんな時でも、なるべくトリッピング・スケープになるように意識してますけどね。
M: でも立川さんと一緒に旅をした風景を絵にして展覧会をできるって、すばらしいことですね。
S: そう! それはね、ぼくの中でホントにすごいことだと思ってるんです。

立川直樹プロデュース [SNOW LAND 雪景] 展

M: 11月のミケアムリタは、立川さんの完全プロデュースなんですか?
S: はい。
T: 展示も私が責任を持って。
M: じゃ、その抱負などを・・・。
T: 抱負なんか無いよ。
S: いきなり(笑)。
T: ジャム・セッションみたいなもんなんだよ。あの広さだったら前もって図面なんか引いてもしょうがない。
M: でも良くなる、と?
T: もちろん! 絶対良くなるよ、間違い無く。
S: ミケアムリタでは、4年前から5年前にかけて絵本作りのために津軽平野に1年半ぐらい毎月取材に行ってた時に見た雪の景色とか、自分のちっちゃい 頃の――まあ自分は荻窪育ちなんですけど――その頃の雪の絵だったり、立川さんと行った銀山温泉――山形県にそういうところがあってその時もすんごい雪が 降ってて――の雪だったりそんな雪の景色を、自分の見てきたいろんなものを絵にして出そうと思ってるんです。

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