WORKS~立川直樹全仕事~

1990年 SIDESTORY 6

小林明子

m: この年、小林明子さんまでやってますもんね。
t: これは結構良いんだよ、実は。
i: その後を狂わしちゃいましたからね。
JAPANのメンバーたちの方に行きたいんだっつって、JAPANのメンバーを使ってアルバム作っちゃいましたからね。
t: ロンドンでね。
i: で、ロンドンの小林さんから「立川さん、こうなってる」って連絡が入って。
m: え、小林明子が?
i: 小林明子が。なんか名前変えて・・・。
t: なんだっけ?・・・ホリーだ(笑)。
i: ホリーですよ(笑)。
m: (笑)。
i: JAPAN好きの人はもうみんな買ってましたから。だって輸入盤でホリーで出て、なんで参加メンバーがみんなJAPANなの?って。
t: ホリーっていうのは、インドの祭りの時の神様の名前なの。
m: へえー。
t: だから、もともと彼女はヘヴィメタ好きで、たとえばヘヴィメタのバンドはどのバンドのギターは誰って全部顔もわかってんだけど。変な話、『恋におちて』が間違いだったってことなんですよ。
m: 『恋におちて』ってこのわずか3年ぐらい前ですよね。
t: リチャード・カーペンターとやったのって、この前だっけ?
i: この時です。
m: (笑)リチャード・カーペンターとやってるんだ。
i: で、立川さんが向こうに行って。
t: アッコちゃんとは2枚、海外レコーディングしたわけよ。どっちが先だったかよく憶えてないんだけど、ロスのL&Aスタ ジオでリチャード・カーペンターとやって。で、リチャードがカレンの再来みたいにして、リチャード・カーペンターがNHKホールでコンサートやったとき に、アッコちゃんがゲストで出て、『クロース・トゥ・ユー』とか二人で歌って。
m: この時、もうカレンって死んでるんだ?
t: うん、死んでる。

JAPANが残したもの

m: でもそういう話を聞くと、JAPANっていうのは影響力においてもやっぱりすごかったんだなと改めて思いますね。
i: そう、日本のビジュアル系って、根はJAPAN好きな人ってめちゃめちゃ多いんですよ。
t: だからもう、それがわかっちゃったから、なんかつまんないんだよね。
m: ビジュアル系が全部だめってことはないと思うんですけど、最近の日本のバンドってレコードは良くてもライブになるとあんまり・・・っていうパターンが結構多いように思うんです。
で、最近、注意して60年代に出てきた海外のバンドのいろんな音を聞いてるとめちゃくちゃカッコいいんですよ。
t: カッコいいよ。
m: それを認めるのってぼくとしては口惜しいとこもあるんですけどね。結局、そうなのかっていうのは。ま、ぼくが口惜しがったってしょうがないんですけど(笑)。
ああいう雰囲気って――若い日本のバンドと、例えばツェッペリンみたいなああいう筋金入りのバンドの違いっていうのはなんなんですかね?
t: うーん、だからね、結局身体ができてないんだよ。
m: そう。生で見るとその辺の若者みたいな顔をしてて普通なんですよね。
t: やっぱりものを作るとか、こういうことをやるには、ものすごく体力と気力が必要なんだよ。どのバンドとは言わないけど、日本のビジュアル系と称する人たちのコンサートを見に来てくれって言われて武道館に行ったら、こう虚弱児童みたいなのがステージにいてさ(笑)。
ほんとにもう、グルーピーの女が3人来たら「ぼくちゃんセックスできないの」って言いそうなぐらい、ちんちんも勃たないような奴が、ステージで足広げてガーッなんてやってんの見ると「バカじゃないの?」って思うんだよね。
なんかディープ・パープルとかさ――べつに昔のバンドがって言うんじゃなくて、それはガンズ(・アンド・ローゼズ)でもいいけど、「グルーピー3人? おお、4Pか!」みたいにしてやる感じのすごさが、やっぱりロックの狂熱の良さだと思うんだよ。
m: その辺ってどこで最後なのかなあと思うんですけど。ガンズまではOKですか? ハノイ・ロックスとか――。
t: ハノイぐらいからダメなんだろ。もしかしたら、ハノイと日本のビジュアル系っていうのはクロスしてるのかもしれないね。
m: 今日の話で言うと、たとえばJAPANって、ロキシー(・ミュージック)っぽかったり、それこそワールド・ミュージックを取り入れたりとかしてたじゃないですか。でも今のバンドって単に下手なパンクでしかないのが多すぎると思う。
t: いや、だからさ、知性がないからですよ。
デヴィッドも最初からいろんなことに詳しかったりしたわけじゃないんだけど、彼はちゃんと学んだんですよ。ぼくだって相当、コクトーが良いとか、「フェリーニ見た方がいいよ」とかさ、教えたもん。そういう意味では非常に忠実な生徒だった。
奈良原一高とか三島由紀夫とか藤原新也とか・・・。

当時、『ミュージック・ライフ』で2号連続でやったデヴィッド・シルヴィアンのインタビューがあるんですよ。これはホームページに出そう。成之坊君に言って探してもらおう(笑)。
それで、おかしい話があって、当時『ミュージック・ライフ』の編集長が東郷さんっていう人だったんだけど、「立川さん、ちょっと大阪行ってくんないかし ら」って。それがデヴィッドとの出会いで、それはデヴィッドも、ぼくと会えたから彼女には感謝してるって言ってるんだけど。
その時、東郷さんが最高だったのは、「なんか、(デヴィッドって)私たちがインタビューしても芸術家の名前とか出されてバカにされちゃうのよね。痛めつけてくれないかしら」って(笑)。
m: ははははは。
i: (笑)そういうことだったんですか!
t: そうだよ(笑)。それで「わかった」って言って、ぼくは大阪にインタビューしに行ったの。
で、まあ最初は40分とか45分とかっていう時間で始めたのよ。そうしたら、デヴィッドが「もっと話したい」っていうことになって、結局ずーっと話したら、東郷さんが「これは切らないで通して出したい」と。
もう『ミュージック・ライフ』の例外ですよ。そいで2号に分けて全文掲載で出した初めての号。そしたらもうデヴィッドが完全にコレになっちゃって「東京で会えない? 会いたい!」とかって(笑)。
m: (笑)。
t: それでもう、マフラーかなんかスカーフとか持ってきて、「これプレゼント」って(笑)。
m: デヴィッドってストレートですよね?
t: ストレートだよ、全然。
それで今のスクエアビルの横のところでさ、玉椿かなんかに行って遊んだ帰りに、今度一緒に展覧会をやろうとか、なんかいろんなこと話してたの。「これこれああする、こうする」って説明してたのよ。そしたらデヴィッドが最後にぼくに「I trust you」って言ったのよ。
で、ぼくはまあ、いろんな人と付き合ったけど、「あ、こういう英語の言い方は好きだな」って思ったのね。もうそれで「ああ、しばらくこいつらのために、ぼくが覚えてることは教えていこう」って思った。
m: それは『何気ないことを大切にする仕事術』にも出てくるエピソードですけど、感動的ですよね。
t: そう。で、なんかその「trust」っていう言葉が好きになっちゃって、ぼくが結構仲良かったあるレコード会社の広瀬っていうのがレーベル作るときに、「お前、『trust』って作れ」って(笑)、そういうこともあったね。
m: へえー。
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