立川直樹の内省日記

2010年6月18日(金)

6月10日(木)新政権の支持率が60%。10日で3倍に回復というのはちょっとびっくり。本当に政治まで人気投票化してしまった。やれやれという感じだが、小松から羽田に向かう飛行機の中でローラ・ブラニガンの「セルフ・コントロール」やカーズの「ドライヴ」…といったポップスの名曲を聴きながら、窓の下に広がる景色を見ていたら、心は80年代半ばのLAに飛んでいき、重箱の隅のつつき合いみたいな政治情況なんかどうでもいいや、僕には関係ないと思ってしまった。富士山を軸にして海の上を旋回していく浮遊感。遊覧飛行の趣きをたっぷりと楽しんだ。そして午後は東京都庭園美術館の<ロトチェンコ+ステパーノワ/ロシア構成主義のまなざし>と国立新美術館の<ルーシー・リー展>をはしご。ロシア・アヴァンギャルドを代表する芸術家夫婦の仕事を紹介する展覧会は圧倒的な魅力があった。夜は六本木の昭和なビルの一室でひっそりと開催されているアートセンターのOB倶楽部のグループ展を覗いてから“ラ・リングア・オチアイ”で里中氏と事務所のスタッフと会食。cobaから聞いていた根室直送のウニを使った前菜やパスタとスプマンテの相性もよく、楽しくおいしい時間が過ぎていった。帰宅後はTVのニュースを見てから数日前に録画しておいたデニス・ホッパー主演の「ザ・キーパー<監禁>」を見る。2003年製作のカナダとイギリスの合作映画だが、偏執狂の保安官を演じるデニス・ホッパーの怪演はやはり別格。身体つきも健康そのもので、どっぷりしていたが、それだけに死の直前のやせた姿は悲しかった。



6月13日(日)新宿・花園神社で久しぶりにテント芝居を見る。唐組・第45回公演の「百人町」。唐十郎の新作だが、予想通りのおもしろさで、かつ思いっきり“昭和”にトリップできた。花園神社から出ていったら、そこに新宿アートシアターがあるんじゃないだろうかと思えるような幻覚。歩いているうちに2日ほど前の朝日新聞に載っていた越川芳明さんのデニス・ホッパー追悼の<反体制・ドラッグ文化象徴>という文章がフラッシュバックしてきた。そろそろ「ライナーノーツ」の作業にも力を入れようという気も出てきた。昼間に聴いたジュダス・プリーストの「SIN AFTER SIN―背信の門―」やプロングの「クレンジング」という時がたっても勢いのあるアルバムも手助けになったのかも知れない。とても夢想度の高い休日だった。


6月14日(月)朝日新聞・朝刊に<文化変調>のタイトルで“ネットの荒波、音楽にも“のリードつきでHMV渋谷の閉店から文化をめぐるネット関連の動きがまとめられていた。その中にあった坂本龍一の「プロをアマの差がなくなりつつある」という言葉がとても印象に残り、“現物”を手に入れようという欲望がなくなっていることに、時代の流れをつくづく感じる。そんな気分をひきずって3時30分からの試写で「東京島」を観たが、全体がとてもあっさりというか淡白な仕上がりなのはやっぱり時代と世代のせいだろうか。桐野夏生の原作はもっと欲望がむき出しになっていてプリミティブなビート感があった。雨降りの憂鬱を吹き飛ばせるかと思って選んだが、これだったらハリソン・フォードとブレンダン・フレイザー共演の「小さな命が呼ぶとき」の方がよかったかも知れないと、ちょっと後悔。でも映画は絶対に薬になる。夜は松坂氏と西麻布の「LENS」で会食。2回目だが料理も店のたたずまいもこざっぱりしていて北京の裏通りにあるような感じがとてもいい。その後は青山の“MANDALA”で渡辺奈央改めNAOのライブを初めて見る。ピアノと歌のバランスがとてもよく、見ていていろいろなアイデアが頭に浮かんできた。


6月15日(火)朝の10時からの試写で思っていた以上に大笑いできた。“全米コメディ映画史上歴代興収No.1”だというのも納得の「ハングオーバー」。独身最後の夜を楽しむために悪友3人とラスヴェガスに出かけた男、4人がくり広げる馬鹿騒ぎとマッドな展開は超強力だ。既成曲を含めて音楽の使い方も抜群だし、撮影のセンスもいい。この映画でテンションが上がったせいか、1時間きざみでスケジュールを組んだ午後の3つのミーティングといい感じ。夜のYASUDA ART LINKでの谷敦志写真展のオープニングレセプションでも楽しい時間が過ごせた。昨日に続いて、きょうもスパークリングワインをたっぷり。明日からのスケジュールを考えると、ちょっと怖い。


6月16日(水)午前中、大学の授業を終え、2時の新幹線で東京を出発、岐阜へ向かう。地方にいる仲の良い友人の1人である三宅クンの招待で1年ぶりの鵜飼。大雨の後で水も濁っているし、ゆっくり鮎を堪能しようということで夕方5時過ぎには一番の老舗であるという“かわらや”に到着、9時近くまでたっぷりと鮎を味わう。塩焼や鮎田楽といったスタンダードなものに加え、初めて食す鮎料理が数品供され、地元の榮一、三千盛といった日本酒との相性も抜群で至福の時に酔う。食後は思わず“鮎小僧”というニックネームをつけてしまった三宅クンの案内で岐阜市内にあるBAR“BAROSSA”へ。「フルーツカクテルが最高…」という前ふりだったが、マンゴフローズンに始まり、白桃、キング・デラウェアなどを使ったカクテルは本当に素晴しく、最後の“紫陽花時雨”なる日本酒をベースにしたカクテルに至ってはヴィジュアル感も含め、魔法の飲物の域に達していた。ふと思い出したのは映画「パヒューム」。その後は昭和の匂いを漂わせる町をそぞろ歩きながら、“JAMACHIYO”に向かい、タンゴを聞きながらcavaを飲む。実に楽しく充実した夜で、東京から2時間と少しで到着できる“桃源郷”ではないだろうかという思いが、気持良く酔いが回った頭をよぎった。


6月17日(木)長良川の音を聞きながら目を醒ましたら、外は完全に夏。10時近くに駅に向かう頃は、気温は30度に達していた。だから、岐阜から敦賀まで走る“しらさぎ5号”は夏を切り抜けていく感覚。完全な非日常の世界だ。そして敦賀駅に迎えにきてくれた奥井さんのスタッフの話では昨日まで雨、こんなに晴れるなんて聞いて、前日の岐阜も1日前までは大雨注意報が出ていたことを考えると、“晴れ男”健在なりの意を強くする。これで今度の日曜日もクリアしたいものだ。敦賀到着後は、奥井邸の夏の庭にしつらえられたテーブルでシャンパンとドイツの白ワインにお寿司。その後は小浜を経由して木谷村にある田村山荘に向かう。毎年恒例の“蛍の会”の集まりで、今年は門上さんも参加、いつも通りによく飲みよく食べたが、蛍の飛ぶ量はちょっと寂しかった。こればっかりはコントロールできない。でも、何年か前、僕が“アマン木谷”と呼んだ田村山荘は本当に素晴しい所で、5トンもお湯が入る露天風呂で新緑の山を見ながら話をしていると、時間は融けていき、夜には口福感でいっぱいになると、時間はどこかへ行ってしまう。音楽もテレビも何もない世界が広がっている。


6月18日(金)木谷の山の中から小浜を経由、近江今津まで車で送ってもらい、そこから東京へ向かう。湖西線から見える雨に煙る琵琶湖がとても美しい。京都で新幹線に乗り換え、車中で永井荷風の「濹東綺譚」を読み始め、その世界にひきづりこまれていくと、自分がどこの時代にいるのか、またいつの時代を生きていこうと思っているのかがわからなくなった。これはどこか幸福な酩酊感。ワールドカップの報道も別世界の出来事のように思える。

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