立川直樹の内省日記

2010年4月12日(月)

4月8日(木)紙ジャケット・コレクションで発売されたジェイムス・テイラーのCDを聴く。「スウィート・ベイビー・ジェイムス」から「イン・ザ・ポケット」まで、どれも音楽が音楽だった時代のいい音楽。窓から見える桜ともぴったりとフィットして気持のいい空間で書きものができたが、1976年に作られた「イン・ザ・ポケット」の中袋に、レコーディングに参加したメンバー全員のスタジオでの記念写真が載っていたのを見て、本当に時代は変わってしまったんだなと改めて思った。そして、それに拍車をかけたのが来月公開される映画「トロッコ」。芥川龍之介の短篇小説をベースに緑きらめく台湾を舞台にした“家族物語”がとても美しく静かに描かれているが、70年代にはまだこういう映画が稀少ではなかったと思う。そんなふうにほとんど昼間は外に出ないで過ごし、夜はグランドプリンスホテル新高輪の“飛天の間”で開かれた“加山雄三50周年を祝う会”に出席。1300人の出席者という大パーティーだったが、いろいろなライヴが用意され、たくさんのアーティストがステージを上がり降りした中で、森山良子さんが最高にパンクだった。


4月9日(金)マルコム・マクラーレンが死んだ。セックス・ピストルズの仕掛人であり、パンク・ムーブメントの牽引者の1人だったが、バウ・ワウ・ワウやアダム&ジ・アンツなどの音が鳴り響き、ロンドンのウエストバリー・ホテルでひとつの質問に対して5分近くまくしたてる威勢のいいマルコムの顔がフラッシュバックしてきた。享年64歳。ガンのためスイスの病院で死去とのことだが、デニス・ホッパーも危ないし、本当におもしろく魅力のある人がどんどん旅立っていってしまう。あと、朝刊には「眠狂四郎」シリーズの脚本家であり、直木賞作家でもある星川清司さんが2008年の7月に死去していたという記事。家族に公表しないでと言い残していたそうだが、86歳なら天寿まっとうといってもいいだろう。夜、ポスターハリスギャラリーでささがわささめさんと寺山修司記念館をメインにしたトークショーをしながら、寺山修司の若過ぎる死を残念に思い、もし寺山が生きていたらどんなものを作り続けていたのだろうかという思いが頭をかすめた。トークショーの後は、渋谷の“シノワ”なるフレンチ・レストランでTAOの藤高社長とキョードー東京の雲林院さんたちと会食。クリエイティブな話が弾んでとても楽しい時間だった。ポジティブな人たちは、それでもう正義だ。


4月10日(土)御柱祭プロジェクトのために諏訪に向かう。天気も素晴しく、桜の花を眺めながらのドライヴは100点満点をつけてもいい感じだった。高速道路激走にと用意したアイアン・メイデンが桜の景色とよく似合い、まるで歌舞伎の場面を見ているようだった。そして、その景色と合わせて、劇団☆新感線の芝居の場面がアイアン・メイデンのリフやリズムとクロスしながらフラッシュバックしてきて、新感線のロック度の高さが再認識できたのも大いなる収穫だ。2時間と少しのドライヴ(速い!!)の後“浜の湯”に到着すると、ロビーでは御柱祭の木落し板から生中継の映像が流れ、一気に御柱モードに突入。春宮一の柱が落ちるのを見てから、部屋に入ってもLCVでは延々祭りを中継していた。夜の食事の後、“桃源郷”に行くと、日頃は口数の少ないN氏が延々と御柱祭の話をし続け、改めて諏訪人の御柱祭に対する思いを実感。11時前には無事喜多郎がメキシコから到着した。


4月11日(日)朝4時起床。御柱祭・下社山出しに合わせて企画された喜多郎と御諏訪太鼓のパフォーマンスのサウンドチェックのために、6時には会場入りする。7時の開場に合わせて人が続々と押し寄せてくるのは中々凄い光景だ。そして9時過ぎに始まった木遣り衆も加わってのパフォーマンスはまずまずの仕上がりで、その後は観覧席と、木落し板の上に作られた祭り衆の集会所で木落し見物を存分に楽しんだ。その熱気と、ある種のクレイジーさはやはり“天下の大祭”だ。夕方は春宮で6月20日に予定されている喜多郎のコンサートのための下見をし、夜は喜多郎の1998年の名盤“GAIA・ONBASHIRA”にもフィーチャーされている木遣り名人、西さんの家で宴会。途中でそばの公民館で開かれていた“第9区”の打上げにも顔を出し、骨の髄まで御柱祭を堪能した。2日間で酒量は明らかに規定オーバー。でも、祭りの夜としてはセーブできた方かも知れない。


4月12日(月)大学で新学期最初の授業があるため、朝7時過ぎに諏訪を出発する。中央高速に乗ってしばらくすると濃い霧に包まれ、それがフィリップ・グラスの音楽とぴったりと合ってティム・バートンの「アリス・イン・ワンダーランド」の中を走っているような気分になる。これは朝から最高のトリップだ。そして最初の授業はまずまずの感じ。30人の生徒はとてもおとなしいが、どのように育てられるかが楽しみではある。それから雨の中を日光EDO WONDERLANDに向けて出発。内藤クンの運転、後部座席にJJがいるので御柱祭の世界とつながってしまい、雨の中を桜を見ながら東北道をひた走る。回りから見たらこのスケジュール、どう思われるのだろう。夕方過ぎには懐かしいEDO WONDERLANDに到着、待っていてくれたユキくんと佐藤さんたちとシャンパンで乾杯、それから今市の“甚平”なる居酒屋に案内されて酒宴が始まると、ますますその思いは強くなっていった。ホテルにチェックインしてからはミストサウナで桃源郷へとトリップ。眠りにつく前には何故かチュニスの夜がフラッシュバックしてきた。

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