立川直樹の内省日記

2010年2月6日(土)

2月1日(月)昨日は読書の日だった。少しづつ読み進んでいたジョン・アーヴィングの「第四の手」を、日曜日ということと1月最後の日ということが重なりあったので、“ここぞ”という感じで一気に読み終えた。何だか気持のいい征服感と、身体も精神も軽やかになった気もする。そのせいか音の聞こえ方も違うし、景色の見え方も違う。そこまでのことなのかとやや不思議な気もするが、これは事実だ。そんなわけで2月は自分としては実にいい感じで滑り出した。時間にも追われていないのがうれしい。そして、午後は打合せをひとつだけして、夕方からは江戸東京博物館の“チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展”の内覧会、神田・FOIL GALLERYの市川孝典作品展“murmur”、東京都現代美術館の“サイバーアーツジャパン――アルスエレクトロニカの30年”の内覧会を回る。外は雨、みぞれ、最後には雪。k.d.ラングやソニー・ロリンズ、マリアンヌ・フェイスフルの音楽がぴったりと合っていたが、線香の火で描いた心の残像が繊細な美しさを醸し出していた市川孝典展以外はさしたる収穫がなかった。テクノロジー系のアートはどうも苦手なのかも知れない。僕には玄関スペースの一番奥に飾られている井上雄彦の巨大墨絵「バガボンド」の方がずっと魅力的に映った。


2月2日(火)百貨店の相次ぐ閉店、書店の減少、禁煙の波による改装費が経営を圧迫してウイーンのカフェが苦境に立たされているというニュース…昨日の晩に見たグラミー賞受賞式の“踊る阿呆に見る阿呆”そのものともいえる安っぽいパフォーマンス……何だか世の中がどんどん縮んで不自由になり、かつ馬鹿らしくなっている気がする。加藤登紀子さんや玉木正之さんが書いていた浅川マキさんの追悼の文章がそんな気分にますます拍車をかける。今、準備中の本「ライナーノーツ」にはそんな気持が反映するかも知れない。人間同士のつながり、コミュニケーションの喪失……斬られ役俳優、福本清三さんのあとに始まった朝日新聞夕刊の連載“人生の贈りもの”の崔洋一さんのインタビュー記事を読むと、僕達は本当にいい時代を生きたのだということを実感させられる。“オステリア”でのランチ・ミーティング、ホテルオークラでのミーティング、そして夜は浅草“田佐久”での会食とゆったりとした流れの1日だったが、その流れる時間の中で、回りの景色のせいもあって、ずっとそんなことを考えていた。帰宅してTVをつけると、相変わらず小沢一郎と朝青龍のニュースがメイン……周辺の人々の対応も含めて、本当にこの国はヘンな国になってしまった。


2月3日(水)久しぶりの映画の日。先々週はかなりの数を見れたのに、先週は2本程度。“映画からもらえる栄養が少し足らなくなっていたので、大好きなウディ・アレンと、ジェイソン・ライトマンの新作の2本立てというのがうれしい。「ウディ・アレンの夢と犯罪」という何ともベタな邦題(原題は「カッサンドラズ・ドリーム」)がついた作品はユアン・マクレガーとコリン・ファレルが兄弟役で主演のちょっと痛い映画。ジョージ・クルーニー主演のライトマンの新作「マイレージ・マイライフ」は時代性をうまくとらえ、人間を深く観察し、それを実にセンスよく、テンポよく仕上げている映画で、音楽の使い方も抜群で、気持のいいエネルギーがもらえた。
夜の“霞町三〇一の一”なるちょっと秘密めいた店での会食も料理、お酒、会話ともに盛り上がり、楽しい夜になった。店は計算外の拾いもの。場所柄、その後は“PB”に流れたが、音楽好きSさんとKさんと食事をしながら話していたマリーナ・ショウが、窓側の席に坐って飲み物をオーダーした途端に流れ始めた時は、思わず3人で顔を見合わせてエーッという感じになった。これこそが夜のうれしい偶然。実に楽しく得した感じで時間が流れた1日だった。フクちゃんとクラウス・フォアマンのドキュメンタリー映画の話をして、盛り上がった時「見てて、あれミックじゃないって思ったよ」と言われたのも最高にうれしかった。


2月5日(金)朝の10時から東京都現代美術館の講堂でレベッカ・ホルンが監督した映画「バスターの寝室」を観る。昨日は同じ時間にアスミックエースの試写室でキャスリン・ビグロー監督の最新作「ハート・ロッカー」を観ていた。同じ映画といっても恐ろしいくらいの違いがある。それにしても思うのは、美術館の中にある“cafe Hai”で軽い昼食をはさんで、長編と短編合わせて4本の映画を観終えた僕は完全にレベッカ・ホルンにハマッている。立体作品と全部で8本の映画を観るために美術館に通うこと4回。これはもう“レベッカ・ホルンにかける情熱”という文章がかけるくらいだ。レベッカ・ホルンの後は、浦和まで車を走らせ、埼玉県立近代美術館で“小村雪岱とその時代”を見てから、東京に戻り、銀座のメゾンエルメス8階フォーラムで“小谷元彦/Hollow”とBLD GALLERYで宮島達男「その人の思想」展を駆け足で回り、6時半にはまた現代美術館に戻る。何だか現代美術館が家になった気分。若手アーティスト10名の競演による「装飾」展は塩保朋子の作品が秀逸で、MOTコレクションは“クロニクル1945、1951、1957//戦後日本美術を見直す”のコーナーが充実していた。ここまで数を見ると、知力、体力が落ちるものだが、きょうはしっかり元気が残っていて、リトルモア地下で“今井智己写真展/光と重力”を見た後は、“ビーヴィー”でお酒も食事も気持良く身体に溶けていった。でも、こうして書いてみると、かなり酔狂な日々を僕は送っているのかも知れない。


2月6日(土)世の中は朝青龍の電撃引退と小沢幹事長不起訴のニュース一色。僕はおよそそんな俗事とは無縁のシャルロット・ゲンズブールとベックがコラボレーションしたアルバムをBGMにして、個人的空間に避難する。すっかり大人になった(彼女が7歳の時にセルジュの家で会ったことがある)シャルロットの歌はちょっとかつてのジェーン・バーキンが持っていた魔力のようなものがあって中々いい。小林紀晴の作品集「昨日みたバスに乗って」もその逃避行に拍車をかけてくれたし、CDの整理をしていて聴いたトード・ザ・ウェット・スプロケットの91年のアルバム「FEAR」もキャメルの懐しの名盤「スノー・グース」も中々魅力的だった。そして夕方、5時半から始まる“報道特集NEXT”をつけた時から現実社会に戻り、朝青龍の引退を扱った“追跡!A to Z”や“ニュースキャスター”を見たが、その中で朝青龍が「民主主義、民主主義っていうけど、意外と社会主義の国なのかも…」とつぶやいていたのが妙に印象的だったし、ネット通販の売上げが今やコンビニとデパートのそれを上回っているというのはショックだった。「家にいながらそろってしまう…」というプラス面はあるにせよ、そこは匂いも質感もないし、ましてや対面を拒否している感じが完全にSFの世界だ。僕はダイナソーになりつつあるのかも知れない。

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