立川直樹の内省日記

2010年2月28日(日)

2月22日(月)昨夜は“DAINI'S table”で上海人シェフによる上海料理コース。きょうは昼が東京国立博物館で長谷川等伯展を見た後、“浅草今半”で百年牛丼を食べ、夜は“Amore”で澤口シェフのイタリア料理に舌鼓を打った。江國香織さんたちとの食事会は、音楽から映画、小説、旅と話が縦横無尽に飛び、後半は澤口さんも加わって5時間に及んだが、真面目な人達からは“神をも恐れぬ飽食”と怒られるかも知れない。“Amore”の後は全員連れ立って“PB”に出かけ、2時間近く飲んでいたが、朝の11時からみっちりと長谷川等伯展を見て、午後には森美術館で“医学と芸術展”を見てから事務所で仕事というスケジュールをふり返ると、かなり色目の濃い1日だった。よくぞここまで集めたものだと感心させられた等伯展から“Amore”まで満足度と吸収度は100パーセント。特に水墨画の最高峰とも言われる「松林図屏風」をはじめ、幾度となく溜息をつかされた等伯展は巡回先の京都でももう一度見てみたいと思うくらいに魅力的だった。


2月23日(火)発表と同時に大騒ぎになったEMIアビイ・ロード・スタジオの売却が中止になるという。反響の大きさが一番の理由というが、よかったと思う。ビートルズでつとに有名になったスタジオだが、数々の名盤が生まれているし、スタジオの神様が宿っているようなオーラが漂っていたのをよく覚えている。そして名盤と言えば、資料の整理をしながら聴いたアイスハウスの87年のアルバム「マン・オブ・カラーズ」は素晴しいロック・アルバムだった。アビイ・ロード・スタジオの記事とクロスしながら、失われつつあるロックの時代に思いをはせると、いろいろなシーンがフラッシュバックしてくる。移動が多かった昨日とは対照的にきょうはほとんど移動もせずに、“Va-tout”で夕食も含めて5つのミーティング。夜は9時から“FLAT SPACE”に異才、蓜島邦明が主宰するイベント“PROGRESSO”に出かけたが、蓜島クンと窪田晴男のユニットは素晴しくアヴァンギャルドでアグレッシブでおもしろく聴けた。ビッグバンドをロックンロールでドライヴし続けているザ・スリルも懐しい時代にトリップさせてくれた。帰宅後はTVでニュースを見た後、NHK・BSで昭和10年の映画「丹下左膳余話 百萬両の壺」を見る。召集され、28歳で戦死した監督、山中貞雄の天才ぶりに感服。大河内伝次郎の丹下左膳も懐しさを超える魅力があった。それは今はもう失くなってしまった。“映画の国”だけでしか生まれ得ない匂いもある。その特別さが映画はもとより、音楽や演劇などの世界でも21世紀に入ってから加速度的に失われていっているのがとても寂しい。


2月26日(金)ほぼ2日半エアーポケットを作った。スケジュールを入れないと、本当に社会から遊離した感覚になる。それに加えて春一番が吹き、花粉症が始まった。目がかゆくなり、鼻もグズグズ。きちんと対策を講じる人もいるが、僕はもう運を天にまかすしかない。これからしばらくは“地獄の季節”。夜は昨日、一昨日の暖かさが嘘のような冷たい雨。妙に不思議な脱力感のあった知名定男のライヴを草月ホールで見てから、久しぶりに“AMRTA”に行ったら、店内がガランとしてフードのメニューも縮小されていたのがその雨の気分とクロスする。帰りに寄った“PB”だけはいつもと変わらない人が集まり、時空を超えた空間になっていた。


2月27日(土)入試の面接のため、大学に向かう。カセットテープを2本ほど入れ替えたが、ぴったりとはまったのはレナード・コーエンの「テイク・ディス・ワルツ」。何故か朝大学に向かう時はコーエンの歌が気分と情況とフィットする。そして夜はすみだトリフォニーホールで清水靖晃&サキソフォネッツの≪J.S.バッハ/ゴルトベルク変奏曲≫を聴く。席が2階の一番前だったので、何だか天空に上った感覚がとても気持良く、プロフェッショナルの技に素直に感動。錦糸町との往復に2CVの中で聴いたビョークの歌がまたうまくシンクロしていたから、きょうは“音楽の日”だったと言ってもいいかも知れない。夜のニュースはチリの大地震。昨日は沖縄でも地震があったし、その前はハイチだったから、地震嫌いの僕としては同情かついたたまれない気持になる。


2月28日(日)ホテルオークラ東京で開催中の<名家の逸品~礼の家・宴の美>を見に行く。近衛家から三井家まで7つの名家代々の優品と逸品をテーブル・セッティングなどの形で見せる中々興味ある催しだったが鳩山家だけが子供じみたセッティングで思わず苦笑いしてしまうぐらいに奇異な感じだった。どうもアイデアを出したのは、とかく噂の幸夫人。首相官邸の風呂場の改修やらも問題になっているが、一国の首相の家のプレゼンテーションがこれではと暗澹たる気分になってしまった。昼食は“挑花林”でこのイベントに合わせたランチメニューを食したが、スタートはまずまずで終盤は平凡だったのが残念。午後はチリの巨大地震の影響による津波の報道を見ていたら、大したこともしないうちに夜になってしまった。時間の無駄使いをした気もするが、月が変わる日曜日はこんなものでもいいかと思って勝手に納得し、赤ワインに手をのばしてそのまま夜が更けていった。

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