立川直樹の内省日記

2010年1月18日(月)

1月13日(水)“映画人の会・合同年賀会”から人形町“ふじ井”での新年会まで、これこそが映画ならではの魔法―と溜息が出るくらいに素晴しかった「ニューヨーク、アイラブユー」の試写も含めて7つの用事をこなした昨日のことを「何故こんなに忙しいんだろう」と反芻しながら、10時目指して大学に向かう。とても寒い朝だった。午後は羽田から小松に向かい、4時30分から金沢工業大学で“世界を変えた書物”展の下打ち合わせをしたが、2時間近い打合わせが終わって外に出たら、一面銀世界に変わっていた。「ニューヨーク、アイラブユー」の中でジュリー・クリスティが「雪は静かにさせてくれる」とつぶやいた言葉がフラッシュバックしてくる。ロマンティックなイマジネーション……映画とは直接関係ないが、巨匠エリック・ロメールもあの世へと旅立った。夕刊には“キネマ旬報”の2009年ベストテンも出ていたが、ベストテンのうち、日本映画は1本、外国映画は5本しか見ていない。音楽も含めて“イマ”と少しづつ距離が出き始めている感じもする。夜は“利久”で打合せがクロスする形で会食。お正月の名残りを感じさせる料理に舌鼓を打ちながら、“天狗舞”純米酒を飲み、時々窓の外を見ると美しい雪景色というのは、かなりの贅沢だ。宴席はたっぷりと3時間余り。降りしきる雪の中を移動し、ホテルにチェックインしてTVをつけると小沢一郎民主党幹事長の関係先の強制捜査のニュースが流れていた。年が明けてからの僕には何だか近くても遠い世界……

1月14日(木)金沢は35cm以上の積雪。ホテルの窓から外を見て嫌な予感はしたが、雪のために飛行機の到着が遅れたという理由で、因縁のJAL1272便がまた遅れる。相変わらずインフォメーションの対応もよくないし、JALの情況を象徴している感じがする。結局、羽田到着は1時間以上遅れ、昼からの予定をドタバタで始めなければならなくなる。3時30分からの「パラノーマル・アクティヴィティ」の試写の前にミーティング2件。「ウーン、評判通りに中々よく出来ている」と感心させられた試写の後は、事務所で少し仕事をしてから専攻科の学生たちの修了制作のイベントを見るために高円寺に向かう。“KOENJI HIGH”というライヴハウスで3組のテクノ・アーティストのパフォーマンス。何だか80年代初頭に連れていかれた感じが不思議だったし、時間的にも距離的にもさほど遠くないのに、高円寺の駅に降り立った時に地方都市に着いたような気分がしたのは何だったのだろう。そしてイベントの後は、“PB”で真下クンと待ち合わせ。そこに里中さんも合流して大いに盛り上がり、軽く12時は過ぎてしまった。帰宅すると、テーブルには新聞と未整理の資料の小さな山。明日も朝が早いので、週末まで山はさらに大きくなりそうだ。ああ、時間が欲しい。

1月15日(金)朝7時半に東京を出発、水戸に向かう。目的は水戸芸術館で1月24日まで開催されている展覧会“ボイスがいた8日間”。9時半の開館と同時に中に入り、11時過ぎまで、「人間はみな芸術家である」と語り、「社会芸術」の概念を提唱し、多方面に影響を与えたヨーゼフ・ボイスの1984年の来日時にフォーカスした内容を展開した。大学なら1コマ分の授業。改めてボイスの特異性とメッセージの強烈さに唸らされた。昼は“山翠”であんこうのフルコース。元気をつけて東京に戻り、3時から東京都美術館で“ボルゲーゼ美術館展”の内覧会を見た後、NADiffで森山大道展、TAKE NINAGAWAで喜多順子展、庭園美術館で“イタリアの印象派 マッキアイオーリ”展を見る。夜は丸ビルの中の“醍醐味”で会食をし、“ROCK AROUND THE CLOCK”できょうから始まるBAR“MICHAEL”のチェックをし、最後は“FLAT”に流れる。ここまでやると、さすがに疲れ、12時過ぎに帰宅した時は、ほとんど思考能力もきかない状態になっていた。ふと頭をよぎったのは、東京都美術館の目と鼻の先で見た炊き出しの光景。ローマの名門貴族だったボルゲーゼ家の豪華なコレクションとの落差が何だかとてもシュールな感じがした。

1月16日(土)数日分の新聞と資料の整理。水戸芸術館でボイスのあとに見た矢口克信の「TOMATORAVEL」や“旧東独社会主義統一党による独裁体制を検証するための連邦基金”主催によるパネル展「平和革命から再統一へ」の資料を見ると、改めて昨日の疲労感の理由もよくわかったが、新聞も3日たまるとけっこう時間がかかる。ショックだったのは99歳というから大往生とはいえ、映画評論家の双葉十三郎さんの死去と、“ハイファッション”と“銀花”の休刊のニュース。本当に残念なニュースで、ひとつの時代の終わりをとても強く感じたが、辺見庸さんの“水の透視画法”というエッセイは冒頭の「もしもロシアの作家ヴァルラーム・シャラーモフ(1907~82年)を本気で読むなら“いま”とのかかわりを、明らかな殺意をもって扼殺したほうがよい。…」という文章の強烈さが最後まで持続する読みごたえのあるものだった。確かに今の世の中は“黙”が忘れられそうになっている。

1月18日(月)芳村伊十郎の名人芸とも言える長唄とおいしいつまみを用意しての“日本酒を飲む会”は、無邪気に時が流れ、気がついたら5時間を越えていた。朝は大学、午後もミーティングを2つしたが、その夜の濃密な時間を引きずりながら帰宅すると、夕刊に浅川マキさんの死亡記事。ショックだった。三沢の寺山修司記念館で交わした会話や、“ピット・イン”のステージでの神々しいともいえる歌姿がフラッシュバックしてきて、いくつもの名曲が頭の中で鳴り始める。死亡記事の後についていた山下洋輔さんの「詩と音楽をあれほど完璧に自分の中で一体化させて表現した人はいない。あの魔力に取り付かれると他の歌手が聞けなくなる。…」というコメントは言い得て妙。近いうちにどこか店を選んで一晩中マキさんの歌を聞いてみようという気持が頭をもたげる。享年67歳。心から御冥福をお祈りしたい。

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