立川直樹の内省日記

2011年1月30日(日)

1月24日(月)朝刊に喜味こいしさんの死亡記事。お正月の番組で見たのが最後だった。また、ひとコマ昭和が遠くなっていく。午後は谷村新司さんの事務所“DAO”で“HIBARI 7DAYS”の打合せをした後、アッバス・キアロスタミの新作※85「トスカーナの贋作」の試写。ジュリエット・ビノシュが昨日のカンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞したのも納得の演技で迫り、全体は美しく、とても詩的な映画だった。その現実と幻想の間を行き来する展開もあって、106分間は完全に現実世界から逃避できた。いい映画は妙薬だ。そして夜は山岡さんと四谷の“寿司金”で食事。おいしいつまみと寿司とお酒で話も弾み、御主人と奥さんと息子まで加わっての無邪気な世間話の光景は良き昭和の映画の一場面みたいだった。その後は西麻布の“uno”に流れたが、セルジュ・ゲンスブールの「スローガン」が一番好きな映画で、ゴダールも大好きという女の子がカウンターの前に立ったせいかまたまた話が盛り上がって約2時間。今週は頭からテンションが上がっている。

※85 <秋深い南トスカーナの美しい街。偽りの“夫婦”は結婚の聖地で“愛”の迷路を彷徨う…><夜にたどりつけない男と女>という宣伝コピーが示すように、これはイラン映画の巨匠キアロスタミの魔術的な愛の映画だ。共演のイギリスのオペラ歌手ウイリアム・シメルの作家役も見事にはまっている。2月19日公開。(ユーロスペース)


1月25日(火)ロシアのドモジェドポ空港で自爆テロ。世界はますますひどくなっている。午後は※86「ブンミおじさんの森」と※87「キラー・インサイド・ミー」の試写2本立て。2本とも試写状を見て予想していた通りに魅力ある映画で、“クリネタ”の連載“エンタテイメント探偵”にも書いたが、今年は本当に映画の当たり年だ。だから試写会通いが続く。その移動の間にも2本の試写の間にも携帯電話で仕事の連絡はできるし、メイルはやらないがこういう時には便利だと思う。でも、基本的に携帯の電源を入れるのは事務所が始まる11時の少し前と、終る7時から30分ぐらい。連絡をとらなければならない時は電源を入れておくが、そうじゃないとデジタルの奴隷みたいになってしまう。これはささやかな抵抗。結果としてはこれで何とか都市で仕事を続けていても自由を手に入れていられる感じがする。今夜も中高時代の同級生で10数年前にある仕事の場所で偶然に再会して以来よく一緒に仕事をしている丸木クンのセッティングで六本木の“MARU'S BAR”に入り、白ワインで乾杯した後には電源を切り、夜の極楽トンボ。その後の“Le Peu”への流れも含めて昨夜同様楽しい夜になったが、こんな時にはもっと時間が欲しくなる。読書に書きもの、DVDにCD……やりたいことがたくさんある。欲はつきない。

※86 マイク・リー、ケン・ローチ、北野武、アッバス・キアロスタミといった世界の巨匠たちの名が並んだ昨年のカンヌ国際映画祭の最高賞(パルムドール)を競うコンペティション部門の栄誉に輝いた「ブンミおじさんの森」について審査委員長のティム・バートンはこうコメントした。「世界は小さく、より西洋的に、ハリウッド的になっている。でもこの映画には、私が見たこともないファンタジーがあった。それは美しく、まるで不思議な夢を見ているようだった。僕たちはいつも映画にサプライズを求めている。この映画は、まさにそのサプライズをもたらした。」監督はタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン。心が不思議に優しく懐しい感情で満たされる傑作だ。3月5日公開。(シネマライズ)

※87 スタンリー・キューブリックやスティーヴン・キングも絶賛したジム・トンプソンの禁断のノワール小説「おれの中の殺し屋」をイギリス人監督、マイケル・ウィンターボトムが見事に映画化した。主演は「ジェシー・ジェームズの暗殺」でアカデミー助演男優賞候補になった若手実力派俳優ケイシー・アフレック。ジェシカ・アルバ、ケイト・ハドソンという魅惑的な2人のミューズの参加を得て、激愛と狂気の沙汰がスクリーンに焼きつけられている。冒頭の「フィーバー」からラストの「シェイム・オン・ユー」までふんだんに盛り込まれた既成曲の使い方も申し分ない。4月16日公開。(日活)


1月26日(水)午前中は大学でTG、午後は事務所でひとつ打合せをして、その後は京橋テアトルにコーエン兄弟の※88「シリアスマン」を見るために向かう。3日連続の試写室通い。それが同じ場所なので、もう40年近く前、銀座にあったフィルムビルに通いつめていた時代のことを急に思い出す。20世紀FOXにMGM…あと2つぐらい映画会社が入っているビルで、試写を見るのは勿論、映画業界人、関係者が集まり“小さな村”のような趣きを呈していた。お元気だった淀川長治さんに小森和子さん、FOXの古沢さん……若い僕はいろいろなことを教えてもらったし、刺激にあふれていた。今は残念ながらそういう場所がなくなってしまったが、夜の石坂氏主催の食事会でも70年初め前後の思い出話で盛り上がった。場所は西麻布の“豚組”。60年代の終わりに住んでいたアパートの隣にある店だったので、気分ははるかノスタルジー。“豚組”の後は行方さんと連れ立て“a・life”“CROSS OVER”をはしごして、最後は“Alfie”にたどりつく。かなりタフなナイトクルージングになったが、帰宅してテレビをつけると、アクターズ・スタジオ・インタビューにライザ・ミネリが出ていて、疲れているのにテレビに捕まってしまった。ジェームス・リプトンを相手に喋り、時にはピアノ1台で歌も披露するライザ・ミネリ。自分が影響を受けた人として、シャルル・アズナブールの名前をあげ、彼の言葉を紹介したが、「家にいては、芸は磨けない…」というのはけだし名言だ。

※88 「ノーカントリー」をはじめとして1本たりと外れのないジョエル&イーサンのコーエン兄弟の新作は“世界一不幸な男”を主人公にしたストレンジで刺激的なおもしろさに満ちた悲喜劇。コーエン兄弟が少年期のルーツをたどった1967年の中西部、ユダヤ人コミュニティの世界を舞台にした最高におもしろい映画だ。2月26日公開。(フェイス・トゥ・フェイス)


1月27日(木)昼は品川プリンスホテルの“24”で“TAO”の藤高さん、大川さんたちとランチミーティング。午後は事務所でAKB48の舞台美術の打合せをしてから、ポスターハリスギャラリーの木原未沙紀展に出かけた。宇野亜喜良さんが「木原未沙紀は空想の肖像画家である。彼女の描く動物たちには厳然たる爵位がある。それは胸に輝く勲章だったり、形而上学的に輝く光背によって象徴される。彼女の絵筆はそれを立證するために、マニエリスティクなリアリズムの傾向をおびている。」とDMに寄せた文章通りの素晴しい作品群。ほぼ衝動買いのノリで猫の作品を2点購入する。その後はホテル・クラスカの中にある“The 8th Gallery”できょうから始まる<女性クリエイター博覧会>を覗く。女性クリエイター38名の合同展だが、女性ならではの作品群が会場を埋めつくす中々おもしろい展覧会だった。夜は連日続く“お出かけ”に小休止という感じで7時過ぎには帰宅したが、結局白ワインを1本あけてしまった。夕刊には花柳小菊さんの死亡記事。子供の頃、祖母に連れられて出かけた映画館で番組が変わるたびに見ていた東映映画の中で“きれいなお姉さん”という記憶が強く残っていた。享年89歳。64年当時の写真でも十分にきれいな人だ。ランチミーティングの時にTAOの女性パフォーマーをもっとうまくフィーチャーした方がいいという話をしたのを思い出しつつ考えると、今日は世代と時代を超えた“女たち”の日だったともいえる。移動中の車の中で聞いていたシンディ・ローパーの新作※89「メンフィス・ブルース」も素晴しく魅力的だった。

※89 「私が作りたかったのはブルースでありつつも、ハートやソウル、喜びを帯びたような音楽よ。どこか懐しいのに、とても今らしいの。私は魂を再発見したかった。…」というシンディの言葉通りに想いと魂が込められたアルバム。グラミー賞の“最優秀トラディショナル・ブルース・アルバム”にもノミネートされている。日本発売は2月23日。(ソニー・ミュージックジャパン・インターナショナル)


1月28日(金)テレビの画面に映し出される新燃岳の噴煙の凄まじさ。火山灰が降り注ぐ街はゴーストタウンのように見え、昨年の口蹄疫から今年に入っての鳥インフルエンザ、そして52年ぶりの大噴火、何故宮崎ばかりかと本当に気の毒に思う。東京は青い空が広がる穏やかな冬の日。昼間はゆるやかに時が流れ、夜は横浜でもう15年を越すつきあいになるLANDMARKの田辺さんのセッティングでかねてから行きたいと思っていた野毛の“武蔵屋”で酒宴。90歳に手が届こうという老姉妹が営む名物居酒屋で、ビールは1本だけ、お酒は桜正宗の熱燗で1人3合までと決まりがあり、出てくるつまみもおからに玉ねぎの酢漬、鱈ちり、納豆、漬物というメニューは年間通してどころか何十年も変わっていないという。良き昭和に、それも30年代初期にタイムスリップしたような店内で静かに時が流れていった。その後は川沿いの古い飲食ビルの中にある“じゃがいも”なる店に流れたが、ここもまた昭和の映画の世界。ビールで口をすすいでから、キッスチョコをつまみにハイボールを飲み、ノリのいいママとみんなで会話が弾んだ。ITやデジタルの世界とは遠くかけ離れた世界と時間…この失われゆく世界、空気感を僕は限りなく愛している。


1月29日(土)朝の10時から“ROCK AROUND THE CLOCK”できょうからスタートする“BAR OSHIDORI”の仕込みに立ち会う。“HIBARI 7DAYS”とシンクロするように計画したHIBARI MEMORIAL BAR。店内に映画のパネルやたくさんのブロマイドを飾りつけていくと、魔法の絨緞に乗っているような気分になった。やっぱり現物には力がある。その後は12時のスーパーあずさで松本に向かい、長野県松本文化会館で下見・打合せをしてから、まつもと市民芸術館へ。中村七之助の「鷺娘」をモニターを通して少し見て、夜はとてもいい感じの居酒屋“山女や”で串田和美さんや田中さんたちと松本と金沢の芸術文化連携を話しながら酒宴。おもしろいアイデアがいろいろと出て、酒を組み交わして語り合うことの重要性を実感する。お酒もつまみも申し分なかったが、ホテルのBARでデザートがわりに飲んだガトー・ネージュなるカクテルがまた絶品だった。“休肝日”などという言葉とは無縁の日々が続く。


1月30日(日)マーヴェレッツのメンバーだったグラディス・ホートンの死亡記事。ビートルズがカバーしてさらに有名になった「プリーズ・ミスター・ポストマン」の大ヒットが1961年だったから、それなりの歳だと思っていたが、まだ65歳。高校在学中に結成したガールズ・グループというので納得できたが、本当に意外だった。海で遺体が発見された映画監督の池田敏春も同様。まだ59歳と、僕よりも年下だった。渋谷C.C.LemonホールでChageのライブを見ながらも人の運命って何なのだろうと考えていた。その後は秋元康さんの事務所でAKB48のコンサートの打合せをし、夜は久しぶりの“Va-tout”で谷敦志さんの撮影と、三島夫妻と会食。ロゼのシャンパンと野菜のガレット仕立ての相性が抜群だった。

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