立川直樹の内省日記

2010年12月26日(日)

12月20日(月)今年もあと10日、事務所は来週火曜日から冬休みに入る。朝早くから事務所で資料の整理などしていると、年の瀬を実感するが、何だか時間の流れが年々早くなっているように思える。午後はAUDI FORUMでイベントの仕込みの打合せをした後※72「デュー・デート」の試写。ここ数年で一番笑えた「ハングオーバー!」のチームの最新作というので大いに期待して出かけたが、笑撃度は80パーセントといったところか。でも、僕も含めて試写室ではあちこちで幾度も笑い声が聞こえた。日本公開に際して用意されたサブタイトルは「出産まであと5日!史上最悪のアメリカ横断」。タイトル通り、ロバート・ダウニーJr.と「ハングオーバー!」の怪演が超強力だったザック・ガリフィアナキスの2人が繰り広げるロードムービーだが、オープニングに流れるサム&デイヴの「ホールド・オン・アイム・カミン」からピンク・フロイドの「ヘイ・ユー」、ロッド・スチュワートの「アメイジング・グレイス」まで既成曲の使い方のうまさも抜群、スピード感のある撮影も見事だ。そして夜は三島家でポスターハリス・カンパニーの笹目さんと暮れの小宴会。笹目さんの近著「ポスターを貼って生きてきた」の話からJAシーザーのコンサート企画の話まであれやこれやと話しながらたっぷりと5時間余り。立ち上がった時は酔いで腰をとられそうになり、帰りにはこれが千鳥足だという感覚を実感した。

※72 2009年の大ヒットコメディ「ハングオーバー」はR指定コメディ部門で歴代最高の興行収益をあげた。今回もR15指定。ジュリエット・ルイス演じるドラッグの売人のところでザックがマリファナの試し吸いをするシーンをはじめ、禁じ手ネタが連発される。監督は脚本と製作もかねたトッド・フィリップス。過去の作品も見てみたいし、小規模でも全作品上映の“笑・映画祭”なども企画してみたくなるくらいにオリジナルな個性を持った人だ。来年1月22日公開。(ワーナー・ブラザーズ・エンタテインメント)


12月21日(火)午前中はキリンビール本社で来年3月に開催される“KIRIN LAGER CLUB”の200回記念ライヴの打合せ、午後は夏木マリさんの事務所“MNS”でマリさんと斉藤ノブさんと“KIRIN LAGER CLUB”と“HIBARI 7DAYS”の打合せ、そして夜はAUDI豊洲でTOKUと小沼ようすけをブッキングして“2nd Anniversary Party”。今日はずばり“イベントの日”だ。「バット・ノット・フォー・ミー」で幕が開き、アンコールを「スマイル」でしめくくったライヴは素晴しい出来映えだったし、打合せもうまくいった。“MNS”からAUDI豊洲に移動する間に東陽町にある“GALLERY A4”で森山開次展<踊り|空間-ハコ・ヒト・ハコ->を覗いた以外は本当に1日イベントづけだったが、展覧会を見ていても、イベントにつながるアイデアが頭に浮かんできた。そして、豊洲から帰る時、降りしきる雨とフランク・シナトラの歌がまるで映画か夢の一場面のようにシンクロする中で、またアイデアが頭に浮かぶ。これだと、当分仕事はやめられそうにない。逃避願望はふくらんでいるものの……


12月22日(水)11時からユニバーサルミュージックで来年没後20年を迎えるセルジュ・ゲンスブールのプロジェクトの打合せ。春に公開される自伝映画「ゲンスブールと女たち」を軸に映画に合わせてコンピレーション・アルバムを作ったり、カタログを整理したり、イベントを仕掛けたりとアイデアがふくらみ、話が弾む。さすがゲンスブール、世代を超えて人を結びつける力がある。午後はオリバー・ストーンの最新作※73「ウォール・ストリート」の試写。1987年の「ウォール街」以来、実に23年ぶりにゲッコー役を演じたマイケル・ダグラスはまずまずの存在感があったが、共演のシャイア・ラブーフはやや役不足、ストーリーの展開も音楽の使い方も大雑把で、オリバー・ストーンのある種の限界を感じさせられてしまった。そして、試写の後は原宿のAUDI FORUM TOKYOでイベントの仕込みと本番。ジャズ・ピアニストのアキコ・グレースさんとソプラノの林正子さんのデュオという試みは、以前衆議院議長公邸でのイベントで2曲ほどコラボレーションした時からトライしてみたかったものだが、とても魅力的なパフォーマンスになり、お客様にも十分に満足していただけた。終了後は青山の“さくらさくら”で打上げ。イベントの間にもたっぷりとシャンパンを飲んでいたが、“さくらさくら”ではサンセールから始まって今度はワイン三昧。最後は“PB”に流れてしめのジェット・ソーダ。長い夜になった。

※73 前作「ウォール街」で音楽を担当していたのはポリスのスチュワート・コープランド。今回は売れっ子のクレイグ・アームストロングだが、デヴィッド・バーンとブライアン・イーノの2008年のアルバム「エヴリシング・ザット・ハプンズ・ウィル・ハプン・トゥデイ」から5曲がピック・アップされているのを始め、既成曲がふんだんに使われている。それでドラマ展開や役者の弱さを補っていくのがストーン流か…。公開は来年2月4日。(20世紀フォックス映画)


12月23日(木)昨夜の放蕩がたたってか起きると身体が重い。休日なので展覧会などを見て回ろうと思っていたが、ちょうど10時30分からWOWOWで中村勘三郎と野田秀樹初共演の「表に出ろいっ!」が放映されたこともあって、夕方までテレビ棧敷に坐り続けてしまった。年忘れ漫才に京都・南禅寺の周囲に点在する極上別荘群のドキュメンタリー、2時30分からはジャニス・ジョプリンと関係があった男たちが集まってジャニスとの思い出を語るドキュメンタリーもあったが、NODA・MAP番組公演の「表に出ろいっ!」は抜群のおもしろさだった。野田秀樹の作品をおもしろいと思ったのは、正直言ってこれが初めてかも知れない。そして夜は“コットンクラブ”でジェイミー・ポールのクリスマス公演。選曲の良さも含めて音楽的には申し分のないライヴだったが、ピアニストがカジュアルなセーター姿だったのをはじめ、バックのミュージシャンの格好はリハーサルかと思ってしまう感じで、それが本当に残念だった。“コットンクラブ”の後は“ピーヴィ”。生ハムとプロセッコの相性は文句なしで、ヤリイカのアヒージョも絶品。つまみとしては申し分なく、ついついペースが進んでしまったが、懲りない奴、と笑われても仕方がない夜が続いている。


12月24日(金)朝日新聞に<消えゆくイタコ>の記事。いくつかの映像が浮かび、何かが遠去かっていくことを感じる。お正月に合わせて里帰りしてきたkikiと朝妻氏との青山“浅田”でのランチの時も話題はほとんどが“時代と価値感の変化”についてだった。20年以上もニューヨークを拠点にしていたのにロサンジェルスに移ったkikiの「もうNYは“金融の街”になってしまった…」という言葉。クリエイティブなアーティストたちにとっては本当にキツい時代になった。“浅田”の後は原宿の“PATER'S”で下田昌克展“PORTFOLIO”を見て、ちょっと一息ついた気分になり(ちょうど下田さんともお会いできた)、その後の“HIBARI 7DAYS”の打合せもまずまず。ポスターハリスギャラリーで<作家たちの聖時間>を覗いてから始めた“KIRIN LAGER CLUB”の200回記念イベントの打合せもうまく進んだし、いい感じでクリスマス・イヴの夜が迎えられた。9時過ぎには“FLAT”で里中氏とおちあったが、珍しくTVのモニターから流れていたマイケル・ジャクソンの“THIS IS IT”にみんなではまったのは、やはりマイケルのかけがえのない魅力か。「アース・ソング」の素晴しさを改めて実感しながら、様々なアイデアが浮かんできた。


12月25日(土)朝刊に野上正義の死亡記事。小さめの記事だが、若松孝二監督の映画や日活ロマンポルノでも独特の雰囲気を放っていた俳優だった。70歳の死。午後は赤坂ACTシアターで熊川哲也・Kバレエカンパニーの「くるみ割り人形」赤坂Sacasバージョン。魔法のように転換する舞台が素晴しいと思ってプログラムを見ると、ヨランダ・ソナベンドとレズリー・トラヴァースという外国人コンビの仕事で、衣裳デザインも素晴しかった。そしてダンサーの質も高く、クララの時空を越えた愛と冒険の旅はクリスマス気分を静かに盛り上げてくれた。だから、夕刊に大きく出ていた西武有楽町店の店じまいの大きな記事と、<ヤマハ渋谷店・あす閉店>の記事は妙に物悲しく映った。西武の開店は1984年、ヤマハは1966年。もう“文化”を売る、売れる時代はやってこないのだろうか。夕方、テレビの“ドキュメンタリー宣言”で“富士山を担う中国マネー”という特集をやっていたが、“金、金、金”の中国人を見ていたら、暗澹たる気分になってきた。


12月26日(日)年に一度の“プラザ会”。キリンプラザ大阪は数年前に高松伸設計の建物まで失くなってしまったが、80年代末の立ち上げの時からのメンバーを中心に年1回集まろうという企画はもう20年も続いている。今年は伊香保の“千明仁泉亭”。明治の文豪・徳富蘆花が常宿として贔屓にしてきた創業500年になる伝統の宿で、源泉のお湯がとても気持ちよく身体をほぐしてくれる。6時からの宴会ではビールから日本酒まで本当によく飲み、食べ、話をした。でも、11時前に散会というのはやはりみんながそれなりに歳をとったという証しだ。湯河原の“天野屋”で酔っ払いながら芸者も混じえて卓球に興じていた日々が妙に懐しい。ストーンズの名曲“タイム・ウェイツ・フォー・ノー・ワン”のフレーズがあの魅惑的なギター・ソロと一緒に頭に浮かんでは消えていった。関越自動車道に乗る前に東京オペラシティアートギャラリーで見たドミニク・ペローの展覧会も記憶の彼方へと消えていった。

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