立川直樹の内省日記

2010年10月20日(水)

10月12日(火)ソロモン・バークが死んだ。ロサンジェルスからアムステルダムのスキポール空港に到着した飛行機の中で死亡していたという記事。5月下旬に日比谷野外音楽堂でその素晴しいステージを見て、楽屋で会話まで交わしていただけにショックだ。夢の中の出来事のようにも思える。同じ新聞には池部良の死亡記事が大きく載っていたが、僕にはソロモン・バークの方が百倍もリアルだ。打合せや、仕事がらみの会食はまずまずのスピードで進行。でも、数日間1人で過ごしていたせいか、自分を冷静に客観視しているようなところがあるのがおもしろい。


10月13日(水)午前中は大学の授業、午後はランチ・ミーティングと軽い打合せ、夜はAKB48劇場でチームAの公演を見に行く…という流れでスケジュールをこなす。前日よりはややペースが上がる。そして、近未来SFの街・秋葉原から戻ってからは飯倉片町の“OP”で早乙女画伯と画伯の絵を眺め、赤ワインを飲みながら青島や北海道などの旅の思い出話をする。“翼の王国”の仕事では随分と一緒に旅をし、いいページを作ってきた。雑誌が雑誌としての魅力と存在感を持っていた時代。偶然にも昼間、事務所で“翼の王国”のバックナンバーを整理していたが、そう遠くないうちに同じテイストでMOOKのような形でもいいから雑誌を1冊作ってみたいという気持がわきあがってきた日の夜にそんな話ができるのも、ものがいい感じでつながっている気がする。


10月14日(木)昨夜に続いて今朝もチリの鉱山事故の救出活動の生中継を見続けてしまう。簡単なかたづけものや書きものをしながらだが、世界中でどれくらいの人がテレビの画面を見ているのだろうと思うと、改めて巨大化したメディアがもたらすものについて考え、何だかうすら恐ろしくなってしまった。朝刊には、その対極にあるような<英国人 パブ離れ>や“「悲劇の王妃」暮らした邸”という見出しで<赤プリ旧館>についての記事。本当に世の中は集団でまとまって動く安心感の方に急激に傾斜している気がする。昨日の夜、早乙女画伯とも話したが、映画はもう完全に二極分化しているし、それは音楽についてもいえる。そのことは午後、大妻女子大学で“音楽とロハス”というタイトルでCDやDVDを使って講義をした時に学生たちの反応も含めて、より強く感じられた。7時から赤坂BLITZで催された<ビートルズ&アップル・ナイト 赤盤・青盤前夜祭>で上映されたアップルのプロモーション映像やピーター・アッシャーのインタビュー、ビートルズのプロモーション・フィルムが記憶を鮮かに甦えらせてくれた60年代の日々。昨日発売になったローリング・ストーンズの72年から73年のツアーを捉えたライヴ作品※50「レディーズ&ジェントルマン」も含めて、音楽がとてもリアルでパワーを持っていた時代に僕の心は完全に飛んでいってしまっている。BLITZの後は久々に“ピーヴィー”。仕事の方もいくつかの問題がうまくかたづいたこともあって、よく飲み、よく食べ、しっかりと酔いが回った夜になった。

※50 1974年に一度は映画として完成したものの、一般に公開されることなく40年近くお蔵入りになっていた幻の作品。今回のDVD発売に際して70年代初期のストーンズのスタジオリハーサル映像や、ミック・ジャガーの2010年最新インタビューも加えられた。(WHDエンタテインメント)


10月16日(土)温度はやや高めだが、秋晴れのきれいな1日。読書をしたり、軽いドライヴに出かけたりした後は、TVで“東京JAZZ2010”を見る。ロバータ・フラックの熟練の歌が素晴しかった。昔はこんなにTVで簡単にライヴなど見られなかったなあと便利になったと思う反面、みんなが出不精になってもしまった理由がこんなところにもあるのかなあと考える。結果的には“TVの日”になってしまったが、夜10時からBSジャパンで放映された<歌川広重・天才の真実“東海道五十三次のミステリー”>は実におもしろかった。司馬江漢の書いた東海道五十三次の絵と広重の絵が酷似しているところから解き明かされていくミステリー。その前におよそ愚にもつかないバラエティ番組をちょっと見たこともあってTVも完全に二極分化が進んでいることを実感した日になった。


10月17日(日)増田家のお招きで川越まつりに出かける。もう何年も前に新聞記事を切り抜いて以来ずっと行ってみたかったお祭り。思い思いの意匠をこらした山車が通りで他町の山車に出会うと、お互いに囃子台の正面を向けて競い合う“曳っかわせ”を眼前で見られる棧敷席でお酒を飲みながらの観覧はお大尽の気分。棧敷席がしつらえられた中央通りの蓮馨寺の境内にはたくさんの露店とともに“おばけやしき”も建てられ、お囃子の間には嬌声が聞こえてくる。電車だと東京から1時間足らずのところなのに、何だかとても遠くまで旅をした感じで、最高に得した気持になった。こういうお出かけは本当に楽しい。


10月18日(月)2CVをフルオープンにして、ボブ・ディランの「モダン・タイムス」を聴きながら大学に向かう。TOKYO ART PATROLの休止を決めてから、雑誌も含めて締切りに追われることがなくなって3ヵ月半、考えてみれば40年以上締切りに追われる人生を過ごしていたから、形容し難い解放感がある。ディランの歌が10代の頃の感覚を甦えらせてくれるのも、その自由のせいだろう。そして午後はル・テアトル銀座で「33の変奏曲」。夜は6時からサンシャイン劇場で劇団☆新感線の「鋼鉄番長」と劇場巡り。先週はAKB48の公演以外はエンタテインメントに触れていなかったから、今週は滑り出し快調だ。現代のニューヨークとドイツのボン、ベートーヴェンの時代19世紀のウィーンが交錯する物語を映像の効果的な使用と巧みな演出でまとめ上げた「33の変奏曲」と、抜群のスピード感であらゆるネタをブチこみながら、観客を笑いと興奮で昇天させてしまう新感線の「鋼鉄番長」は対極のもの。観客層も全く別世界というぐらいに違っていたが、そこを往き来したのも、おもしろかった。劇場の滞在時間は休憩も入れると、合わせて7時間弱。帰宅してからはワインを飲みながら夕刊に目を通し、TVのニュース。東京新聞に連載されている録音技師・紅谷愃一さんの「映画、そして音の旅」は毎日楽しく読んでいるが、本当に昔の撮影所には熱があったことがよくわかる。20代の初め頃、初めて調布の日活撮影所に行った時、まだ「戦争と人間」のセットがそのままになっていて、駐車場所など決められていなかったことがとても懐しく感じられる。紅谷さんとはチャン・イーモンの「紅夢」の他、何本か仕事を御一緒したことがあるが、映画の世界の住人から僕は随分と“もの”を教えてもらった。


10月19日(火)1時からはオーストラリアとアメリカの合作による※51「デイブレイカー」、3時30分からはヒラリー・スワンク主演の※52「アメリア 永遠の翼」と、試写2本立て。2019年の近未来に舞台を設定し、ヴァンパイアが圧倒的なマジョリティとなった社会を描くという大胆な発想の「デイブレイカー」はイーサン・ホーク、ウィレム・デフォーという好きな俳優にひかれて見ようと思ったのだが、スタイリッシュな映像監督や音楽の使い方などに光るものはあるもののかなり乱暴な展開の映画だった。それに対して実在の女性飛行士アメリア・イヤハートの人生を描いた「アメリア」はちょっと真面目すぎるのではないかという作り方。昨日の芝居見物と同じで何だか対極に位置している映画の2本立てになったが、スクリーンの前に坐っていると、心が落ち着く。夜は久しぶりに“孫”でIさんと会食。おもしろいプロジェクトがひらめき、その話で大いに盛り上がる。食事は相変わらず申し分なかったし、カメ出しの紹興酒も絶品だ。そして“孫”の後は久々に里中さんと“PB”で合流。カウンターに坐っていた先客も混じえて今度はロック話で盛り上がり、またお酒が進んだ。明日の夜も長くなりそうだし、今週は本当に濃い1週間になりそうだ。

※51 オーストラリアの兄弟監督ピーター&マイケル・スピエリッグはヴァンパイア映画の可能性を拡大したといえる。吹き飛ぶ血や、人間の身体が爆発する強力なシーンが連続するのでR-15指定。マニアックなファン向き…11月27日公開。(ブロードメディア・スタジオ)
※52 ヒラリー・スワンクが自ら製作総指揮に名を連ねるほど惚れ込み、出来上がった映画。共演のリチャード・ギアが個人的にはちょっとどうかなという感じ。脚本にももうひとひねり欲しかった。11月27日公開。(ショウゲート)


10月20日(水)午前中、大学で授業をし、終わった後は豊洲に向かって車を走らせる。AUDI豊洲で12月21日に開催するJAZZイベントの打合せ。そこから今度は渋谷のショウゲートへ。ロバート・デ・ニーロ、エドワード・ノートン、ミラ・ジョヴォヴィッチという魅力的な顔合せがこれは見逃せないぞという感じで時間を作った※53「ストーン」の試写。ストーリー展開も俳優の演技も含めて非常に知的で深みのある映画で、とても満足感があった。試写の後は赤坂で“HIBARI 10DAYS”の打合せと、本当に東京を走り回ったが、ショウゲートの前の道が歩道を拡張して、車を少しの時間も停められなくなってしまったのは最高に不便だ。何だか車の利用者に意地悪しているようにしか思えない。東京ではいくつかの場所では何年も前からこの手の工事が行われているが、一体どういうつもりなんだろう。そして夜は乃木坂の“ラ・リングア・オチアイ”で稲垣潤一さん、事務所の野口さんと会食。夏の箱根のコンサートの打上げと、デニーの“HOWL”に出かける2つの用事を兼ねての会食だったが、JAZZプロジェクトの話も盛り上がり、米軍キャンプの思い出話もでき、楽しく時間が過ぎていった。稲垣さんと野口さんがデニーと会うのは何と15年ぶり。懐しい“STAR BANK”の話やら何やらで記憶旅行が始まり、その余韻があったせいか帰りは千駄ヶ谷から西麻布まで歩いてしまった。夜の景色の中でフラッシュバックしてくる様々な記憶。青山墓地の中から聞こえてくる虫の声と草の匂いがとてもロマンティックな気分にさせてくれた。盟友・森永博志が田名網敬一さんとコラボレーションした最新の著書※54「幻覚より奇なり」の中で書いているように、“アーティストは夜を愛する”。そこで引用されている昭和初期の作家、海野十三の文章は素晴しく魅惑的だ。「昼と夜、いずれが真の姿であるか知らないが、夜は美しく優しく静もり深く、そして底知れぬ神秘の衣をつけている」。「深夜の市長」の中の一節だそうだ。

※53 第23回東京国際映画祭特別招待作品に選ばれたのも納得の力作。監督はジョン・カラン。10月30日公開。(日活)
※54 本の帯には<奇想術者・田名網敬一、初の伝記であり、想像力を鍛えるための啓発書。どんなに小さな、どんなに些細なことからでも、巨大な宇宙を想像できる。>というコピー。出だしから最高のトリップが楽しめる素晴しい本だ。(リトルモア)

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