立川直樹の内省日記

2010年8月7日(土)

7月30日(金)“諏訪湖ジョイジョグ・フェスタ”とタイトルも正式に決定した9月のイベントのチラシのデザインの打ち合せを朝一番ですませ、東京に戻る。ジュリアン・コープやトッド・ラングレン、ペットショップ・ボーイズ、フランキー・ナックルズなどの過ぎ去りし日のCDを聴きながらの中央高速道路の往復は緑が多く、音楽の力もあってかなりレベルの高い時間旅行が楽しめた。東京に戻ってからは、3時半から東宝で※18「悪人」の試写を見て、その後はYASUDA ART LINKのさよならパーティーで三島クンと軽いトークショー。監督が李相日、音楽が久石譲ということなので、気になっていた映画だったが、「悪人」はとても重い映画で、いろいろなことを考えさせられてしまった分だけ、パーティーでは妙に人恋しい感じになり、それは目黒の“箱庭”なる店に出かけてもまだ続いていた。

※18 芥川賞作家・吉田修一の作品を吉田自身と李相日が脚本を書き、映画化。主演は自ら“悪人”役に名乗りを上げた妻夫木聡。キャストもスタッフも実力派の豪華な面々がそろって作られている。公開は9月11日。(東宝)


7月31日(土)新聞の切り抜きを整理していたら、今年9月にデビュー50周年を迎えるアントニオ猪木の記事が改めて目についた。現在67歳の猪木は表情も長いマフラーを巻いて手を挙げているポーズも、かつてのカリスマ的栄光の日々を知る僕にとってはどこか痛々しい。70年代から80年代にかけて夢中になり、かなりの数のテーマ曲とも関わったプロレス。時代はもう完全に変わってしまったが、ロンドンに在住しておもしろい仕事をしていた小林泉美が80年代の末に制作したCDのライナーノーツにプロデューサーのホルガー・ヒラーが書いた、「このところコンテンポラリーの主流であるポップ・ミュージックは、ますます低迷の傾向にあるようですが、それはポップ・ミュージックの言葉が、決まりきった規準、価値感、そして“ジャンル”のものになってしまったからに他ならないのです」という文章は、ポップ・ミュージックの低迷だけでなく、プロレスの凋落ともかぶる。そして、それはまたメディアやエンタテイメント全般にわたってもいえることではないだろうか。今やホルガー・ヒラーや、小林泉美たちが作るようなアンビエント風の音楽はCDのマーケットではもうほとんど流通しなくなっている。出来の悪いブラック・コメディのようになってしまった政治情況も含めて、世界はどこへ向かっていくのだろうか。


8月1日(日)猛暑の日が続いている。そして世界中でいろいろな事件や事故が起きている。地球温暖化がどうこうというより、地球の磁場が狂い始めている感じだ。そんなことを考えていたら、「インセプション」の映像がフラッシュバックしてきたが、“週刊文春”のシネマチャートで星の数は4つから2つまで差こそあれ、品田雄吉さんや中野翠さんという信用できる人たちが僕と似たような印象や意見を持っていることにちょっとホッとする。これっておもしろい人間心理だ。そして日曜日のテレビは本当に朝から昼まで政治家が番組にハシゴ出演している。そこで交わされる結論など全く出ない議論。これで何かしてるつもりだったらとんでもないぞと思いながら、午後はまた20世紀のロックに救いを求めた。“ライナーノーツ”を仕上げるためのトレーニングも兼ねてはいるが……。


8月2日(月)朝刊にスーゾ・チェッキ・ダミーコの死亡記事。20年ほど前にヴィスコンティの写真集を作った時、ローマで本当にいろいろな話をしてくれた。戦後のイタリア映画界で活躍し、ヴィスコンティ以外にも多くの巨匠と仕事をした脚本家。死亡記事を見てわかったのだが、60代半ば過ぎだったスーゾの記憶力は抜群で、随分と貴重な写真も見せてもらった。いい時代だったと改めて思う。そして夕方はプロデュースセンターで12月に予定されているジョン・レノンのチャリティ・イベントの打合せ。今年で没後30年だが、時の流れるのは早い。夜はパルコ劇場で「空白に落ちた男」。小野寺修二の才能が遺憾なく発揮された舞台はキャストを2人変えたことでベニサンピットの初演時よりコミカルな味わいが増していたが、その分ある種の危うさは薄れてしまった。でも、それは“再演”には常につきまとうことかも知れない。かの「春琴」もそうだったのをふと思い出した。


8月3日(火)朝刊に今野雄二さんの死亡記事。昨日のスーゾ・チェッキ・ダミーコの死亡記事は年令も会った時期も含めて生々しくはなかったが、1ヶ月ほど前にも試写室で言葉を交わしていただけにひどく生々しい。朝8時過ぎにTOKYO FMの番組“Blue Ocean”にゲスト出演して、サラ・ブライトマンについて話をした時も、構成作家の松本さんと「びっくりですよね」とコンちゃんの話になった。おまけに、その後、奈良への移動中に知ったのだが、自殺だったという。何だか切ない。夜の7時に薬師寺大講堂前の特別舞台で始まった<中村勘三郎「船弁慶」世界遺産薬師寺奉納大歌舞伎>のオープニングで笛と鼓で演奏された「一調一管 大和」を聞いている時に、あの優しい、ちょっとはにかんだような笑顔が浮かび上がってきた。そして、「船弁慶」は本当に素晴しい舞台。勘三郎の魅力については言うまでもないが、弁慶役の中村勘太郎から発されていたオーラは強力だった。立ち姿も美しい。終演後は奈良の街で2つの宴会。冷酒が暑い夜をいやしてくれた。


8月4日(水)歌舞伎の前に“けんずい”(間食)弁当なるものを“草ノ戸”という店で食し、終演後は“樽いち”という店でしめさばなどをつまみながら飲み、その後は“梁山泊”という店の宴会に招待されてほぼコース料理を食べてしっかり飲んだのに、目がさめると食欲がある。これって健康なんだろうかと1人苦笑いしながら軽い朝食をとり、猛暑の中を東京に戻る。窓から見える景色はまぎれなく日本なのに亜熱帯を旅しているような気分……昼は近所のタイ料理屋でランチを食べ、3時半過ぎからは“ROCK AROUND THE CLOCK”できょうからスタートする“SUMMER OF LOVE”の仕込みをする。壁に並んでいくロックの名盤のジャケットと、ジェファーソン・エアプレインやピンク・フロイドの名曲が気持良くリンクし、雰囲気のある空間が出来上がる。その後、ひとつ打合せをはさんで、夜はオープニング・パーティー。7時から11時までの長丁場で、盟友、森永博志を筆頭にたくさんの人が“夏の夜”に集まってくれた。昨日の夕刊に載っていた静岡文化芸術大学長の熊倉功夫さんの「間」というエッセイの「…じかに話し合うことの大切さや、それに伴う間の文化は今や滅亡の危機にある」という締めの文章の意味をわかっている人たちの正しい集いのような夜でもあった。


8月5日(木)この暑さは本当に異常だ。車の中の温度を示す表示も30℃を下回ることが全くない。打合せの間に窓の外を見ると、何だか自分がパニック映画の中の登場人物のような気分にさえなる。そして、暑さで頭がやられているのか、「メッセージ そして、愛が残る」は美しく不思議な魅力は感じられるものの、時空の移動についていけなかった。かつてピンク・フロイドのベスト・アルバムに「時空の舞踏」という邦題をつけ、“時空派”とまで言われた僕だが、「インセプション」がそうであったように夢や幻覚・幻想を多用されると、訳が分からなくなってしまう。これはとても微妙なサジ加減が必要な気がするし、夜7時から世田谷パブリックシアターで見た「ロックンロール」は時空の流れをロックの名曲と物語とクロスさせているものの平板な印象だった。出演者もあれだけの台詞を覚えるのは大変だったろうなというのが同時に感じたこと。オリジナル版はどんな感じだったのかも、当時の評判を思い出して妙に気になった。でも、試写室や劇場には間違いなく安息がある。帰宅して、大洋盛の大吟醸を飲みながらTVのニュースを見ていた時、僕にとってそこは逃避の場所であるような気さえした。


8月6日(金)昨日の朝刊に載っていた金原ひとみさんのコラム「電子書籍」に何度もうなづかされる。「何を使って書くかによって、書く意味が変化していったという実感がある」「長い小説を画面上で読む気になれない私にとって、小説は本という形態にかなり依存したものだという実感もある」etc…とにかく世の中のシステム、価値感は恐ろしいほどのスピードで変化しているし、坂本冬美のコンサートの打合せをした後で行ったワタリウム美術館の<落合多武展~スパイと失敗とその登場について>でもそれを感じたし、和多利家の人々とお茶を飲みながら話をしていても、いろいろなことが浮き彫りになっていった。「実は今年からが21世紀の始まりじゃないのかと思っているんだよ」という僕の言葉に恵津子さんは「それ、本書いたらいいのに…」と賛同してくれたし、“物が売れない”ということについては浩一クンと次から次へとゲームのようにエピソードのやりとりが続いていった。自分でも思考形態が確実に変化していることを感じる。ベティ・ラヴェットの※19「ブリティッシュ・ロック解釈」などの新作や、モーガンの「オーガナイズド」や山口富士夫の「アトモスフィアⅡ」のような10年から20年近く前の旧作をアットランダムに聞きながら、改めていい音楽は時空を超えていることを実感しながら、現物に囲まれている幸福を感じ、寝しなにはスピーカーからほどよい距離と音量で流れるウイリー・ネルソンやビリー・ホリディの歌を聞きながら、ポール・オースターの「幻影の書」を読み始める。とても魅力的な本だ。

※19 ビートルズの「愛のことば」からザ・フーの「愛の支配」まで全13曲。60年代のR&Bのディープなサウンドとその歌に多大な影響を受け、自らのスタイルを創り上げていったブリティッシュ・ロックのミュージシャン達の名曲をデトロイトのベテラン歌手ベティが見事に歌い上げた好盤。その重さと深みが素晴しい。(ソニーミュージック・ジャパン)


8月7日(土)昨日、広島で開催された平和記念式にルース大使が参列したことで様々な論議を呼んでいる。立場が変わると見方が全く変わってしまうわけだが、誰もそこのところを深く追求しようとしていない。だから、モーターヘッドの92年のアルバム「マーチ・オア・ダイ」を聞きながら車を走らせ、この夏のうだるような暑さにぴったりとはまったし、そのタフな音作りに改めて凄さを実感した後で、<池上彰20世紀“何故あの戦争は始まったのか”>で貴重な映像を流しながら交わされていた会話の方がずっとインパクトがあった。現在よりも歴史の方が語りやすいのだろうか。そして、夕方5時にすみだトリフォニーホールで幕が開いた<久石譲サマースペシャル2010~子供とかつて子供であった大人のコンサート~>の申し分ない素晴しさ。終演後、楽屋で本人にも話したが、9月に公開される映画「悪人」の斬新なアプローチの音楽といい、クラシックの名曲から自作曲までオーケストラを自由自在に操って独自の肌あいのあるサウンドを生み出すこの人の才能は群を抜いているし、進化し続けていくところもまた凄いと思う。その帰りには東麻布の“TAKE NINAGAWA”で大竹伸朗の展覧会のオープニング・レセプションに顔を出す。いい感じの人だかりと大竹さんのキャラクターがとても懐しい気分にさせてくれた。帰宅後は玉三郎を扱っていたので「ザ・スター」を見てから、特別編集版の映画「ハゲタカ」を見たが、日本を狙う中国マネーの図式を赤裸々に描いた内容は中々見応えがあった。夕刊には“としまえん”にある世界最古級の回転木馬が日本機械学会の“機械遺産”に選ばれたという記事。イケイケの中国人にはわからないロマンティックな情景がオーバーラップしてきた

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