立川直樹の内省日記

2010年8月17日(火)

8月11日(水)午前中にひとつ打合せをすませた後、2時から東京国際フォーラム・ホールCで“ハバナ・ラカタン”の公演を見る。サルサやルンバからチャチャチャまで、8名のライヴ・バンドと一緒に14名のダンサーがカラフルでエネルギッシュなダンスを繰り広げるパフォーマンス。様々なラテンダンスのルーツであり、宝庫であるキューバならではの演し物で、最高に楽しめたが、これが大型クラブだったらもっとはまるだろうと贅沢も言いたくなった。昨日の朝日新聞にこの夏一番の映画ではないかと思っている「瞳の奥の秘密」について、沢木耕太郎さんが「映画らしい映画を見た、という満足感がある」と書いていたが、これは本当に“パフォーマンスらしいパフォーマンス”。音楽とダンスが身体から自然にわき出してくる感じは、ちょっとやそっとで真似できるものではない。それでテンションが上がったせいか、夕方からの篠山紀信さんとの打合せも6時半からの“DAINIS TABLE”の会食もリズム感たっぷりに時が流れていった。仕上げは久しぶりの“PB”。浄住寺の榊原住職が会報の中で書いていた“泡般若”という言葉を思い出しながら、ジェットソーダとジントニックを飲んだ。流れていたのはグレッグ・オールマンとシェールの「ユーヴ・リアリー・ガッタ・ホールド・オン・ミー」。「立秋夏花、立秋のくせに夏の花が盛んに咲いています。…」という住職の文章がふと頭に浮かび、窓の外に花が見えたような気がした夏の夜だった。


8月12日(木)今年で4回目を迎える“THE地球LIVE”本番の日によりによって台風がやってくるとは何たることか。朝、羽田を出発する小松行きの飛行機は、「天候によっては羽田に引き返す」と告知しながらの出発だったし、金沢市内に到着しても強い雨が降り、風が吹いた。でも、最終的にはまたも天にはみはなされなかった。サウンドチェックは2時間半遅れたものの、15分遅れで開場・開演できたし、持田香織、秦基博、一青窈、藤井フミヤ、鈴木雅之がコラボレーションしながら金沢城公園、三の丸広場で繰り広げた2時間弱のステージは十分に自慢できるものだった。ライヴが満足感のあるものだったので、アーティストたちも参加した打ち上げはいい感じで盛り上がり、最後は片町の“赤玉本店”に流れた。スパークリング・ワインから始まり、白ワイン、赤ワイン、ビール、日本酒と、本当によく飲んだ夜。昼に“花梨”で中華料理を食べながら行った11月の平原綾香とオーケストラ・アンサンブル金沢のジョイント・コンサートの打合せが何日か前の出来事のように思えるくらいに長い1日だった。


8月13日(金)10時20分発の飛行機で東京に戻る。朝の金沢も人気が少なく、車も余り走っていなかったが、東京もいつになくガランとした感じだ。世間はどうやら“お盆休み”。予想していた以上に気分も情況も休みモードに入る。それにしても本当に少なくなった電話。世間はメールによるやりとりが一般化し、きっとFAXも数年後にはなくなってしまうのだろう。コミュニケーションの欠落……世界は確実に変わり始め、それが形になってきている。


8月14日(土)スマッシング・パンプキンズの95年の2枚組CD「メランコリーそして終わりのない悲しみ」を聴きながら、ポール・オースターの「幻影の書」を読む。意図的なのだろうが、余り行変えをしていない文章はちょっと読みずらいが、話の展開は抜群におもしろく、小説ならではの迷宮にはまる。その不思議な小説が現実の生活の中に入り込んでしまったかというか、午後、足長バチに右手の小指のちょうど関節のところを刺されてしまう。何という悲劇という感じだが、休みの日で、おまけに左利きの僕にとっては右手小指というのは一番影響のない部位だ。でも、右手は小さなグローブのように腫れ上がっていく。これも小説の一場面のようだなと思いながら、薬を塗り、薬を飲む。夜は9時から倉本聰脚本の終戦ドラマスペシャル「歸國」。2010年8月15日の深夜、戦争中に南の海で玉砕した英霊たちが乗った軍用列車が東京駅に到着するところから始まる物語だが、静かで幻想風味もあり、現代社会に対するメッセージも諷刺もこめられていて、最後までひっぱられた。ビートたけしと長渕剛の演技は中々のもの。島健の抑制が効いた音楽もドラマによく合っていた。やる気にさえなれば、テレビはまだいろいろなものが作れるのにと、思わずつぶやきたくなってしまった。深夜12時、右手は腫れて、今度はしびれも出始めている。


8月15日(日)65回目の終戦記念日。その日に合わせて午後2時からテレビ朝日で放映された“スクープSP”「戦後65年の真実・消えた東京ローズ」は実に見応えのあるドキュメンタリーだった。でも、謎は封印されたまま。歴史の証人が毎年死んでいくことを考えると、ジャンルに限らず、興味あるネタでドキュメンタリーを作るとすると、もうほとんど時間切れという思いが頭をかすめる。上限1000円というのにのせられて、渋滞の列に並んでいる人たちは全くそんなことを考えもしないだろうなと思うと、ふと苦笑い……。そしてハチの毒は手の甲から腕にまで回り始め、軽いしびれで感覚が失くなった右手を眺めながら、この情況をポール・オースターならどういうふうに書くのだろうという興味が頭をもたげ、おもしろさが加速し始めた「幻影の書」のデヴィッド・ジンマー教授と僕とが重なり合っていく。これはまぎれなく“しびれ”のせいだ。災いは時として人に奇妙な時間をプレゼントしてくれるものなのかも知れない。


8月16日(月)猛暑日。本当に溶けるような暑さ。その暑さから逃れるような感じで、テレビで映画鑑賞とボクシング観戦。昼の「蟹工船」はイマイチだったが、夜10時からの「THE JUON/呪怨」と映画会社から※21「エクリプス/トワイライト・サーガ」の完成披露試写会の招待状と一緒に届いたシリーズ第1弾「トワイライト~初恋~」のDVDは中々楽しめた。そして8時からWOWOWでオンエアされたボクシング3試合は申し分ないおもしろさ。ラスベガス・マンダレイ・ベイ・イベント・センターからのWBO世界ミドル級王座決定版、ダニエル・ジェイコブスとディミトリー・ピログの試合は1位と2位、20戦全勝17KO、16戦全勝13KOという戦績の選手の対決にふさわしいファイトで結果は5ラウンド57秒、“無名のロシア人“ピログのKO勝ち、オスカー・デ・ラ・ホーヤの秘蔵っ子ってある“ゴールデン・ボーイ・プロモーション”のスター“ホープ中のホープ”が負けてしまうのだから、解説のジョー小泉もつぶやいていたように「ボクシングというのはおもしろい」。プエルトリコのサンファンから中継された2試合目のWBO世級フェザー級タイトルマッチ、28戦全勝25KOのチャンピオン、ファン・マヌエル・ロペスと世界第5位のフィリピンのバーナベ・コンセプションの対決も迫力十分、これはロペスの2ラウンド2分37秒TKO勝ちに終わったが、両者のキャラクターのコントラストもマッチメイクの巧みさが感じられた。同じ会場コリセオ・ホセ・ミゲル・アリオリットで行われたWBA暫定世界S・フライ級チャンピオン、ノニト・ドネアの試合も圧巻。同じフィリピン人ではマニー・パキャオが僕の贔屓だが、“メキシコのタイソン”の異名もあるエルナン・マルケスをKOで葬り去ったドネアは24戦23勝(15KO)1敗という数字以上にアグレッシブな戦いぶりで、同じクラスの日本の選手とは器が違うことを実感させられた。ワールドワイドで活躍するアーティストと、日本という島国の中で“アーティスト”を名乗って活動している人たちとの違いに共通しているとでもいったらいいだろうか。「トワイライト~初恋~」も自分の趣味ではないにせよ、世界中で大ヒットというのも納得の出来映えだったし、シリーズ第3弾「エクリプス」もどう展開するのか見たくなってきた。
※21 少女ベラと月のように美しいヴァンパイア、エドワードの禁断の恋を描き、全世界で大ヒットした「トワイライト・サーガ」の第3弾。全米では6月30日に公開され、平日公開にも関わらず歴代2位の記録を残す。日本では11月13日に全国拡大ロードショー。(角川映画)


8月17日(火)朝の8時30分からWOWOWで「野火」を観る。市川崑監督の1959年の映画。同じ年、昭和34年の芸術祭参加作品だが、アンジェイ・ワイダの「灰とダイヤモンド」に通じるような魅力と凄味があった。“終戦65年特集”ということでの放映だったが、“1945年2月・比島戦線”の文字の後に“完”と出た時に、映画に対する志の高さというものを心底感じさせられた。しっかりしろ!日本映画!と、思わず言いたくなってしまった。そして午後1時からの試写で観た※22「ハーブ&ドロシー」も実によく出来たドキュメンタリー。コンテンポラリー・アートのコレクター夫婦の話だが、独特のホノボノ、フワフワ感が最高だった。投機目的でアートと関わろうとしている人たちには“目が痛い”だろう。その後出かけた松屋銀座での<水木しげる米寿記念 ゲゲゲ展>は「鬼太郎」「河童の三平」「悪魔くん」といった代表作を中心に原画が展示され、オブジェや年表など見応えがあったが、いかんせん混み過ぎで、とても展覧会を見るという情況でもなく、興ものらない。新国立美術館で開催中の“マン・レイ展”も凄い混みようと聞いて気がひいてしまっているが、これって何とかならないものだろうか。夜はアーティマージュの浅川さんや電通の志村さんたちと“開化亭”で懇親会。ロックからマニー・パッキャオの話まで大いに盛り上がり、“PB”に流れたが、ロック好きの人は本当に信用できるし、ソウル・ブラザーのような気分になれる。右手の腫れはかなり引き、握りこぶしを作れるところまで回復した。素直にうれしい。

※22 全米各地の国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞、観客賞を受賞、NYで17週間のロングラン、全米60を越える都市の100以上の映画館や美術館で公開された作品。監督の佐々木芽生は1987年にNYに渡って主にテレビのニュース番組を手がけていたが、ハーブ&ドロシー夫婦の生き方に感動し、「真の情熱や愛情があれば、人生を豊かにできる」ことを伝えようと初めてメガホンを握ったという。「控え目だけれど感動的なドキュメンタリー」という“ニューヨーク・タイムズ”の評が映画の魅力を言い当てている。公開は11月中旬の予定。(ファイン・ライン・メディア)

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