立川直樹の内省日記

2010年7月29日(木)

7月23日(金)暦の上では“大暑”。1年で1番暑い日だそうだが、尋常ではない暑さだ。じいやと墓参りに出かけるが、日陰などない墓地の暑さは強力で、伸びた夏草をとっているうちに汗がしたたりおちてくる。でも、この時期に墓参りをすると、何か気分がひとつ落ち着くのは日本人の性だろうし、また年令のせいもあるのだろうか。昼は暑さには負けないぞという感じで、昨夜に続いて中華料理。冷たいビールもおいしかった。新着CDではイギリスのロック・シーンを代表するシンガー・ソングライター、リチャード・アシュクロフトの新作※16「ジ・ユナイテッド・ネイションズ・オブ・サウンド」が絶品。ストリングスなどもうまく配した万華鏡のようなサウンドと表現力に富んだヴォーカルを心から楽しんだが、こういうアルバムを聴くと、ライナーノーツを書きたくなる。この夏で本の方も一気に結着をつけるべきだろう。その思いをピンク・フロイドの77年の名盤「アニマルズ」が助長していった。ピンク・フロイドには本当に夏がよく似合う。

※16
 リチャード・アシュクロフトの新しいプロジェクト名がそのままCDのタイトル。ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドンでレコーディングされた13曲のレベルは本当に高い。音の鳴り方も最高だ。(EMIミュージック・ジャパン)


7月24日(土)テレビや新聞を見ていると、一体この国はどうなってしまうんだろうと嘆かわしい気分になる。政治家はやたらとテレビに出てタレントにいじられているし、新聞も支持率やら何やらで政治をエンタテイメント化してしまっている。今週は昼間は試写、夜は親しい人達との気軽なノリの食事会という感じで過ごしたので、よりそのことが鮮明に感じられた。そして朝のワイドショーでやっていた“グローバル化に対して日本はどうすべきか”というタイトルこそまともだが、内容はハテナ…という感じの特集。今週のニュースでもふり返っていたが、数日前にお亡くなりになった石井好子さんの歌う姿の立派さに匹敵する人たちはほとんどいなくなってしまった。そんなやれやれといった気分をまぎらわせてくれたのが先日大阪で御一緒した竹内義和さんから頂いた「ガチョポンの約束」。ジェネシスやメイ・ブリッツなどの70年代のガツンとしたロックをBGMに一気に読んでしまった。


7月25日(日)読書が楽しい。数日前の新聞に<豊饒と錯綜 銀色の美>のタイトルで作家・詩人の松浦寿輝さんがマラルメ全集が完結されたことの偉業について書いた記事が載っていたのを読んで本棚から出しておいたステファヌ・マラルメの「イジチュール エルベノンの狂気」の途方もないおもしろさ。装丁も本文の文字組みも含めてこれは現物の本だけが与えてくれる悦楽である。CDはジェネシスとの旅を再開し、併走する感じでフォガットのデビュー・アルバムを聴いた。発表は1972年。プロデューサーのクレジットにデイヴ・エドモンズの名前があったのにはちょっとびっくり。豪快なノリのロックが暑い夏にぴったりだったが、テレビでTSUTAYAの“今なら旧作が100円”というレンタルDVDのCFを見るにつけ、時代は本当に変わったなと思わされる。いや、“時代は終わる”か……


7月26日(月)久しぶりにニコの歌を聞いた。1988年イビサでの死の直前に創られた最後のアルバム「ハンギング・ガーデンズ」。声の存在感も凄いし、詩も素晴しい。近頃、こういうCDに出会うことがほとんどない。池澤夏樹の「闇の中の眩しい天国」を懐しく読み返しながら、過ぎ去りし80年代の日々に思いをはせる。そのせいか、DVDで見たアベル&ゴードン監督・主演の「ルンバ!」は前作「アイスバーグ!」ほど気分にフィットせず、彼等が狙う笑いも、空転していた。


7月27日(火)午後一番で国連大学のウ・タント国際会議場で開催された<なんとかしなきゃ!プロジェクト>の記者会見をチェック。その後はTOKYO FMで9月のイベント<JET STREAM-MUSIC AROUND THE WORLD>の打合せと、一口坂スタジオで佐藤剛さんと美空ひばりプロジェクトの打合せ。仕事はそう簡単に終わらないなと苦笑いしながら移動していたが、夜の会食でもまたアイデアを連発し、いくつかは形になりそうになってしまった。西麻布の“寺”なる不思議な名前の店で、シャンパンと鉄板で調理した魅力的な料理をエンジョイ。久々に夕食を一緒にした小見山さんとはKPOのプロジェクトなどで時間を多く過ごしたので、戦友との再会という気分だった。話をしているにアイデアが次々と浮かんでくることを実感した1日でもあったが、そんな風に生の話と“現物”にこだわる僕にとって、ヤフーとグーグル提携発表のニュースは別世界の出来事のように思える。ふと、ニューヨークで坂本龍一に言われた「アナログ原人として生きていってよ…」という言葉がフラッシュバックしてきた。


7月28日(水)ちょっとサイズが大きめの試写状はレイアウトのセンスも良く、何か匂うものがあったが、10時から見た※17「シングルマン」は素晴しく魅力的な映画だった。監督はファッションデザイナーとして揺るぎない地位を築いているトム・フォード。これが初監督作品だが、映画という表現の可能性を知的に切り開いた仕事に心から拍手を贈りたい。主演のコリン・ファースの演技も絶品で、101分間“いい映画”に陶酔できた。60年代のロサンゼルスを舞台にした1人の男の人生の全てが詰まった、たった1日の物語はどこか大好きな「鬼火」に共通する味わいがあった。そして午後は明治記念館の蓬莱の間で※18「オカンの嫁入り」の完成披露宴。映画の内容に合わせた中々のアイデアの記者会見だったが、先週の「インセプション」、昨日の「なんとかしなきゃ!プロジェクト」と短期間に3つも記者会見の席に坐ると、壇上にいる人の人格やセンス、全体の仕切りの段取りなどを無意識に採点してしまう感じにもなる。世界と日本の距離はまだ遠い……か。それは夜、ランドマークホールで初日の幕が開いた<ハーレムナイツVol.9>でもつくづくと感じた。トップバッターのキンバリー・デイビスの歌のうまさは理屈抜きで、今の日本で“歌姫”とか称して得意になっている人たちとファンは1曲でも彼女の歌を聞けばいいと思った。こんな人がゴロゴロいるのだからアメリカのショービズ界は層が厚い。その層の厚さは朝刊に載っていた長谷川裕見子さんの死亡記事を見て浮かび上がってきた往年の東映時代劇を色彩っていた俳優たちにも通じる。主役も“お姫さま”も悪人も含めて本人に魅力と個性のある人たちがそろっていた。あと夕刊には台北の夜市を市長が妙にシステム化しようとしているという記事が出ていたが、何故世の中は没個性に向かって進んでいってしまうのだろうか。

※17 2009年のヴェネチア国際映画祭でコリン・ファースが最優秀主演男優賞を受賞したのを筆頭に世界の映画祭を席巻した感動作。美を創り出す天才であるフォードがスクリーンの隅々まで一分の隙もなく、計算し尽した映像美で人生の真実を描き上げている。共演のジュリアン・ムーアも相変わらずのうまさ。公開は10月2日。(ギャガGAGA)
※18 宮崎あおいと大竹しのぶが初共演。33歳の新鋭・呉美保監督が描いた“関西ならでは”の家族の物語は相当おもしろそうだ。公開は9月4日。(角川映画)


7月29日(木)午前中に武部聡志さんとTOKYO FMでJET STREAMのコンサートの打合せをして、午後は9月に予定されているイベントの打合せと、明日、明後日の“諏訪の長い夜”に合わせて行う喜多郎の諏訪大社・春宮でのライヴの3D映像上映の事前チェックのため、諏訪に向かう。久しぶりにがっつりと仕事をしている感じがする。中央高速が事故で渋滞していたこともあって気をもみながら走り、到着してからはピンボール・マシンの中のボールのように動き、夜の小宴会まで含めて、何だかあわただしく、プライベートな時間がほとんどなかった1日。夜ふけの部屋で諏訪湖のちょっとミステリアスな夜景を眺めながら聴いたロバート・ジョンソンのブルースが鎮静剤のように心をしずめてくれた。

Page Top▲

  • TOP
  • PROFILE
  • 立川直樹の内省日記
  • TIME WAITS FOR NOR ONE
  • WORKS
  • ARCHIVE
  • ABOUT THIS SITE