立川直樹の内省日記

2010年7月22日(木)

7月16日(金)朝刊に北朝鮮の平壌にある同国最大の105階建て高層ホテル、柳京ホテルの工事現場で、工事再開後の2008年夏以降、15人の作業員が事故死していたという記事。1987年に着工した同ホテルは資金不足のために92年に工事が中断、“幽霊ホテル”などと呼ばれていたというが、実際に中断後すぐの現場を見ているだけに妙な生々しさを感じるのがおもしろい。記事によると、着工以来の死亡者の数は約50人に上るという。まさに“死のホテル”だが、昼の打合わせの時、築地の華僑会館のビルが昔は病院だったとTさんが教えてくれ、またこれが実に怖い話。昼食後、喫茶店に行こうとビルの前を通りかかった時、「昔ここの地下にうまい中華料理屋ありましたよね」と僕が言うと、「うん、でもこのビル、昔病院であの料理屋のところ、手術室か死体安置所だったんだよ」という驚きの言葉が返ってきた。古いビルなので、近々解体されるようだが、間違いなく都市伝説のひとつにはなる。そんな濃いエピソードを聞いた後だったので、2時から東京文化会館大ホールで見た二期会オペラ「ファウストの劫罰」は全体がとても淡泊な印象。帰りの山手線の中で人身事故のせいで3つの路線が運転中止や遅延が出ているのを見て、きょうはそんな日なのかと思ってしまった。唐十郎あたりだと、これでひとつの話を作ってしまうくらいに不思議でちょっと怖い巡り合わせの中で過ぎていった1日だった。


7月17日(土)テレビの画面に映し出される集中豪雨の被害の映像はまるでパニック映画のような感じがする。ここ数年、豪雨はエスカレートしていて、地球がゆっくりと壊れていくのではないかとも思ってしまう。昼間はブロンディやジェネシスのCDを聴いて、70年代への時間旅行を楽しみ、夜はBS朝日で放映された「山口淑子激動の半生~わが内なる李香蘭」を見て、映画以上に映画的な伝説の女優が生きた時代と時間に強い憧れを抱く。そしてふと映画やテレビに限らず、“満州”に関連するものと出会うと自分自身が強く反応してしまうのには何か理由があるのだろうか。それを知る方法はもうどこにもない……


7月18日(日)徳間書店の国田さんが送ってくれた東山彰良の「さよなら的レボリューション 再見阿良」を読む。話の設定、思いがけない展開、独特の表現…とてもおもしろく、夏の休日にもぴったりの本だった。音楽は前日聴いたジェネシスにはまり、以前ビートルズのBOXセットが出た時にやったようにデビュー・アルバムから順を追って聴き始めると、これが実に楽しい。ふと、スペインのサンセバスチャンにジェネシスのワールドツアーのオープニングの取材に出かけ、バックステージでフィル・コリンズと卓球をやったことを思い出した。最近はどうしているんだろう…。夜はDVDで※12「ベンダ・ビリリ!~もう一つのキンシャサの奇跡」と「アイスバーグ」の2本立て。障害を持ち、家がなく動物園で眠り演奏するバンドの成功物語をフィルムに収めた「ベンダ・ビリリ!」は予想通りのおもしろさだったが、ベルギーのブリュッセルを拠点に道化師として活躍するアベルとゴードンの2人が監督・主演で制作した※13「アイスバーグ」は何の予備知識もなく見たので、新鮮なおもしろさがあった。明日はもう1本の「ルンバ!」を見ることにしよう。

※12 イギリスの“タイムズ”紙が「これは“キンシャサ・ソシアル・クラブ”だ。夢を実現した男達のストーリーを見た感激が、この作品をカンヌ映画祭の“心温まる映画賞”に輝かせるに違いない」と絶賛したのをはじめ、各国のメディアが大絶賛、今年のカンヌ国際映画祭では公式上映の後、10分間もスタンディングオベイションが続いたという。監督は2004年に偶然キンシャサの路上で彼等の演奏を耳にしたフランス人映像作家ルノー・バレとフローラン・ドラテュライ。9月にはロードショー公開され、10月には来日公演も実現する。(プランクトン)
※13 監督、主演、製作、脚本、なんでもやります!のアベル&ゴードンが2006年に製作した長編第1作。道化師が作った変わった喜劇として注目されただけでなく、セリフに頼らない、体で表現するギャグの連続、繊細で詩的な昇華は、映画初期のサイレント・コメディに通じる独特な味わいがある。ヒロインが水への愛にめざめ、アイスバーグ(氷山)をめざして旅に出るというおとぎ話に妙なおもしろさが……。「ルンバ!」との2本立てで、7月31日からTOHOシネマズシャンテで独占ロードショー。(フランス映画社)


7月19日(月)朝のテレビで以前から行ってみたかった茅ヶ崎の“浜降祭”の生中継。海に38基の神輿が入っていく様子は魅力があるが、観衆に全く高揚感と一体感がないのが今時なのだろうか。そして新聞には「ヘカテ」の演技が印象に残るベルナール・ジロドーの死亡記事。電子書籍に絡む記事が踊る時代ではほとんどの人が気にもとめない死亡記事だろう。フラッシュバックしてくる「ヘカテ」のいくつかのシーン。本のスキャン代行が横行しているという話は現物至上主義の僕としては到底理解できない。猛暑の中、出かけた寺門孝之ミュージアムでの展覧会<Dream After Dream>に並んでいた作品も現物ならではの魅力を味わうことができた。


7月20日(火)朝の10時から午後3時まで“日本民間放送連盟賞ラジオ部門”の審査会に出席する。最終選考に残った生ワイドの3つの番組を実聴。どれも似たような作りだが、聴いているうちにラジオの進むべき方向と可能性も見えてきたのは収穫だった。そして審査会の後は3時半から※14「小さな村の小さなダンサー」の試写。5時間の団体行動のアカ落としのつもりもあって時間と闘いながら出かけたが、後半で思わず涙してしまったくらいに素晴しい映画だった。素晴しいというより“大好きな”という方が適切かも知れない。原題は“MAO'S LAST DANCER”。バレエを一度も見たことのなかった少年が文革の波に巻き込まれながらもトップダンサーになる感動の実話で、ストーリー展開もバレエのシーンも申し分ない。こういう映画と出会うと、何だかホッとした気分になり、まだ何か書いていたいという気持にもなる。そのいい気分は夜7時からの“アダン”での大久保クンとの食事にも続き、“Li-po”にもいい感じで流れていった。“Li-po”の後は本当に久々の“PB”。壁に並んだジャケットは天国に旅立っていった人たちのもの。「お盆だからね」と言ってオールマン・ブラザース・バンドの「イート・ア・ピーチ」をかけたフクちゃんは、理想的なスナックのオヤジだった。


※14 ミハイル・バリシニコフと並び、亡命してなお活躍した中国の名ダンサー、リー・ツンシンが半生を綴った自伝を「ドライビングMissデイジー」など数々の名作を世に送り出した巨匠ブルース・ベレスフォード監督と、「シャイン」で一気に注目の存在になった脚本家ジャン・サーディが組んで映画化した。2009年のオーストラリア映画。8月に公開されるがこの夏一番の作品だろう。(ヘキサゴン)


7月21日(水)「メメント」を観た時から気になる存在だったクリストファー・ノーランの素顔を見たくて、「インセプション」の来日記者会見に出かける。昨夜の飲み過ぎと暑さのせいでリッツ・カールトンに向かう間、軽いめまいを感じる。レオナルド・ディカプリオ、渡辺謙、プロデューサーのエマ・トーマスが壇上に並んだ記者会見は、質問も答も非常に知的で思わずメモをとってしまった。特にディカプリオのウィットに富んで深みのある言葉は、こんなに頭のいい人なのかと思わされた。だから、比較するのも変だが、午後1時から観た「nude」はAV女優の私小説の映画化ということで期待はしたものの、ただ時間の流れを追っただけの淡白な作りだったのがちょっと残念。しばらく前に読んだ家田荘子の「AV男優」のハチャメチャさが頭をよぎった。夜は残念ながら今月27日で40年の歴史に幕を閉じることになった“爐談”で、9月の諏訪でのイベントの打合せも兼ねた小宴会。鯨のさえずりやフグ白子の煮付けのような珍味が簡単に食べられなくなるのが悲しい。


7月22日(木)暑い!本当に暑い。全てが溶けてしまうのではないかというような暑さだ。だけど試写室は寒いくらい。午後は※15「ミレニアム2/火と戯れる女」と「ミレニアム3/眠れる美女と狂卓の騎士」の2本立て、合わせて278分、つまり4時間38分を試写室で過ごしたが、この冷房の効きがまた街を暑くしているのだと思うと、地球温暖化の問題をとてもリアルに感じる。映画の方は「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」の衝撃はないにせよ、「ミレニアム3」は政治サスペンスドラマとしては極上の部類に入る。試写の後はDIESEL DENIM GALLERY AOYAMAで“WELCOME TO ELECTRICITY by:phunk”のレセプション・パーティに出席。シンガポールを代表するコンテンポラリー・アート&デザイン・チームによる日本初となる個展は中々見応えがあった。夜は“開化亭”で久々にシャララ・カンパニーの佐藤輝夫さんと会食。業界の変化を憂いながら、よく食べよく飲んだ。その後は“PB”に流れてから、散歩気分で帰宅したが、気温も含めて街は完全にアジア化していた。

※15 今世紀最大のミステリーと絶賛されている「ミレニアム」3部作がこれで完結。9月11日に連続ロードショーされるが、初日はシネマライズで「ミレニアムナイト」として3本が一挙上映される。 (ギャガ、GAGA)

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