TIME WAITS FOR NOR ONE~立川直樹同世代トーク~

第8回 後編

そこに美があるんだったら

M: テレビ出演はまあおいとくとしても、そこで、たとえば80年代、90年代ぐらいかな? 日本のロックが商売になり始めた頃に、そこにガンガン食い込んでいけば、それはそこに一つの席ができたかもしれないじゃないですか。できましたよね、きっと。立川さんの席って。
T: だけどさ、その時にがんばって席を作った、スイート・チャイルドの阪上君とか、ビーイングの長戸君とかっていうのは、今、ぼくをリスペクトしてくれるわけだよ。
M: そこで自分がやろうって言うふうには思わなかった?
T: やろうと思えばできたよ。ノウハウはあるし、レコード会社だってプロダクションだって全部知ってるから。やれって言った人もいたね。
だけどそれやってたら、多分、今、キャメロンもR(この日同席したRさん)もここにいないと思う。かっこよくないと思う。それはね。
多分、すごく違うことになってた。
M: じゃあ、かっこいいのを選んだ?
T: ぼくは、先月も話した通り、ええカッコしいだから。かっこ悪いのいやなんですよ。ほんとに。
M: 立川さんって、若くして成功していろんな誘いもあったっていうことで言うと、たとえばエンターテイメント業界の大御所で、今は落ち着いちゃったけど昔はすごくかっこ良かったんだよねーっていうおじさんにもなれちゃった可能性はあるわけですよね。
音楽評論家で言えば渋谷陽一さんの対抗馬になってたかもしれない、でなければ、(伊藤)政則さんだとか(大貫)憲章さんだとかの、いかにもロック!っていう人になってたかもしれない。
でも現実はそうじゃなくて、今の立川さんっていわゆるロックンロールっていうカテゴリーの中では、「何か違うよね」って違和感を持って捉えられかねない・・・。  
さっき言ってた、ヒット・アルバム・プロデューサーだって、全然いいじゃないですか?  その、どんなポジションからも自らはみ出していってしまう、非常に特異な生き方っていうのはなんなんでしょう。  
何でそんな風に過激に変われるのか、変わろうと思うのか。  
自分の立ち位置を決める基準とでも言うんですかね・・・。
T: あのね、立ち位置を決めてっていうことで言うと、かっこつけてるわけじゃなくて、あんまり欲しくないんだ。立ち位置っていうもの自体を。
カメレオンみたいなもんだからね。
やっぱり、ボリス・ヴィアンなんですよ。
あの人生17変化みたいのが、ものすごいカッコ良いと、15ぐらいの時に思っちゃったの、それは。
M: かっこ良過ぎですね・・・。
T: それとね。髪をとんがらすこととか、ロック・ファッションに身を固めることとか、ロンドン・ブーツを履くことがロックなわけじゃないんだよ。
ぼくの毎日は今、すごくロックンロールしてると思うんだよ。
M: なるほど・・・。きっと今のその言葉を聞きたかったんですね、ぼくは(笑)。
I: あと、なんとなく肌でわかるもんだと思うんですよ。言葉にはできないんですよ。
田辺(昭知)さんや(渡邊)美佐さんや、あそこまでの人たちが(立川さんって)カッコいいよね、一緒にカッコいいことやって引退していきたいんだよね、っていう感じっていうのは、きっと他の人じゃダメなんですよ。
でもそういうのってわからない人にはわからないんですね。
T: (カッコいい人っていうのでいうと)海外ではデニス・ホッパーだなぁ。
あと、レナード・コーエンかな、生きてる人だったら。
デニス・ホッパーもそうだし、レナード・コーエンも、エレガントだけどめちゃくちゃロックンロールだから。やっぱり、品がないやつはだめだね。
M: デニス・ホッパーって品がありますよね。映画や写真で見てても。
T: めちゃめちゃあるよ。
だからさ、日本の若い子たちのバンドだって、ロックンロール!っていうんだったら、ほんとにロックンロールになって欲しいのね。でもなんかみんな、しょっぱいじゃない、ノリが。暮し向きとかも。
さっき言ったゴールデン・カップスの「ワンモアタイム」って、インタビューで、矢野顕子も出てくるわ、清志郎も出るし、ショーケンも出てくるし、みんな出て来るんだよ。
で、誰かが言ってたんだけど、「あいつらって、コメ食って味噌汁飲んでるとは思えないやつらだったんだ」って。彼らはそういうやつらだったんだよって・・・。だから、バタ臭いもんってカッコだけじゃダメなのよ。
やっぱり、ぼくが日本のロックバンドに何で飽きちゃったかっていうと、あの70年代からすると、週刊新潮の「黒い事件簿」に出てくるみたいなつまんない人生を歩んでるロック・ミュージシャンって信用できないんだな。
ホントにやりたいんだったら、食べ物も、セクシャルなものも、デカダンスも、もっとホントに、もっとやれよ!って思うんだよ。
ローリングストーン的人生だっていうんだったら、女を共有しようが男を共有しようがなんでもいいじゃない?
そこに美があるんだったら。
だからぼく、なんで最近(夏木)マリさんと気があってるかっていうと、あの距離感とかすごい好きなのよ。この前、スペイン料理のバールに集まった時も、コスプレっぽいノリで来ちゃうっていうあの感覚・・・。
M: へえ・・・。
T: でも、今朝(ミーティングをしに事務所に)行くと、女社長になってるんですよ。
I: あのメガネで、ぴしっとシャツ着て。
T: それぞれの時に全部ちゃんとやるわけよ。
彼女も、「前から立川さんと会いたかったんだ」っていうし、ぼくも会いたかったんだと。でも、すごく微妙な距離感がいいんだよ。同じなんだよね、考え方が。
エンターテイメントに生きる人っていうのはさ、全て、フェイクなんだよ。

君がいなければ人生は変わっていたかもしれない

M: こないだね、麻布十番祭りから脱出して御茶ノ水に泊まってた時に、古本屋街を漁って、昔のスタジオ・ボイスを何冊か手に入れたんですよ。立川さんが加藤和彦さんと「トノバン&ミックの“時事毒談”」っていう連載企画をやってる頃の。
で、その頃は(立川さんは)30数歳だと思うんですけど、その頃の写真が、立川さん、一番怖い顔をしているような気がするんですよ。昔のホントに美青年って感じの時と、今と、その時の3つの時代を比べると。
T: そうかな? それは自分ではわかんない。
M: なんかすごくこう、何ていうのかな、テンションが表に発散して、たまたまそういう写真だったのかもしれないけど。
T: 佐山君が(編集長で)やってたやつ?
M: うん。それはその頃そういう怖い感じだったっていうのは(笑)、特にはないですか?
T: あの、たまたま今日、本人がいるからだけど、飯田がいなかったら結構人生は変わってたかもしれないって思ったりすることはあるわけ。
I: いやそれ、ぼくは本当にいい意味で言ってるのか悪い意味で言ってるのかわからないですけど、結構、前に言われましたよ。森永さんにも言われましたもん。
M: そう、その怖い顔の頃(笑)は、飯田さんがまだいないころですよね、83年ぐらいだから。
T: ぼく一時、「冬の華」だったのよ。
M: ん?
T: 「冬の華」。映画のさ。
あの映画って、高倉健が1回やくざを辞めて堅気になって板前かなんかになってるんだよ。で、小学校の女の子かなんかを送り迎えするような暮らしをしてたのが、また復活するわけ。
M: はあ。
T: ぼく、飯田と会う前って、事務所ももうめんどくさくなって、みんなたとえばナベプロに入れちゃったりとかしてた時で。
それは人間関係とかに疲れたんじゃなくて、上昇意欲がないから、飽きちゃうんだよな。自分で好きに日々暮らしてるのがいい、みたいな(ふうになってた)。で、仕事はあるしさ。
桂木文の仕事した時に知り合ってた小野さんに、「じゃあ立川さんウチの事務所、使ってなよ」って言われて、お金も払わず、(そこで)仕事をしてたわけ。マネージャーもつけてくれて。内野さんの時と一緒だよね。ぼくは常にそういう人に恵まれてるわけよ・・・。
それで、(渡辺)貞夫さんの仕事し始めたときに飯田と会って、それでなんか、ウチに来させようって直感的に思って誘ったの。
そしたら、その頃はぼくが声かけたら誰でも来るのにさ、来ねえんだ。「考えさせてください」とかいって(笑)。
ちょっと心配になっちゃってさ。なんかずいぶん偉そうな青年だな、みたいな(笑)。
そしたら、2週間ぐらいして会いたいって言ってきて、「君は学校行くよりうちに来た方がいい」とかって言って一応口説いて、(事務所に)入れて。
それで最初は小野さんとこにいたんだけど、やっぱり人んちに間借りしてるみたいのは、飯田がかわいそうじゃない? じゃあ事務所ぐらいあった方がいいかなって思って借りたのが今のとこなんだよ。
I: (事務所に入ったら)もうたいへんでしたけどね。
スターバンクっていう、小野さんが資金を出した店、実質的に立川さんが仕切っ てるようなもんだったですから。もう、伝説のオヤジしかいなかったですからね。 (当時の)森永さんなんか、もう(怖くて)近づけなかったですから(笑)。かと思えば 目の前にはデニーさんがいて「飯田、おまえ、飲んでみろ、これ、パイナップル・ダイキリだ」って。「いや、ぼくバーボンが・・・」とか言っても「バカ野郎、おまえ、バーボンなんて家でも飲めんだろう」って、ハタチぐらいでいきなりそういう場所だったわけですから。


合宿でゴンチチを呼ぶ

M: 学校の合宿ってこれからですか?
T: これからだよ、9月の6日と7日。ゴンチチを呼んで。
I: 三島さんちょっと偵察してきてくれないですかね?
M: (立川さんが)「おまえダメだ」っていうんだもん。ストーカーそのままだから。学校には近づけさせないって。
T: こいつが来たらヤバイだろぉ(笑)。
I: ひどいっすね(笑)。
M: いやいやいや。
I: でも立川さん、ぼくにもあんまり学校のこと言わないですよね。時々なんか困った顔して「成績表どうしようかな」とか言ってますけど(笑)。
M: それってどういう経緯でゴンチチが来ることに?
T: それはさ、ぼくが教えてるステージ・クリエイト専攻っていう今年出来た新しい選考科で、まぁその、八ヶ岳合宿ってのがあります、と。
普通だと、そういう時って54人ぐらい生徒がいれば楽器(を)出来るやつもいるし、歌、歌えるやつもいるじゃん。でもさ、合宿だから、そこで誰かが歌う たって、楽器やって、みんなで楽しく夜を過ごそうみたいにして終わるのは、素人が集まってるんじゃないんだから、(エンターテイメントの世界を目指す学生 なんだから、)そんなもんダメだ、と。
それで学校である程度予算を出してもらって─--でもそれだって100万未満だよ─--それで、生徒にぼくが言ったのはここでブッキングから何から、勉強するために1回やってみろ、と。
そしたらさ、アイドル系のバンドとか、いろいろ(案が)出たんだけど、八ヶ岳の山ん中でやるんだから、現実的にはやっぱり生モノだろうと。
そしたら押尾コータローとか上妻宏光だとか、いろんな名前が出てきて、で、まぁゴンチチが(候補に)残ったわけだよ。
ぼくはもちろん自分で電話して頼むって言ったらやってくれるかもしれないとは思ってたけど、君達で連絡先も調べて連絡しろって言って、やらせたの。
で、ゴンチチ(の事務所)は、「立川さんにお世話になってるし(いいですよ)」って、まあ言ってくれたと。でもぼくはとにかく、最後まで出て行かないから自分たちでギャラの交渉もして、音響とかそういうのも全部交渉して来てもらうとこまでしろって。
まぁ多摩動物園みたいなもんだ。柵は作っといて、中でやらせる、と。
M: なるほど。
T: で、一応高田さんも投入して。心配だから。
I: すごいですね。
T: 学生にとっては最高だと思うよ。先生入れたって60人ぐらいのところでゴンチチが演奏するんだから。
M: 高田さんが舞監やってね。
T: でもホントの舞監は生徒の舞監だから。生徒が上で、高田さんはそれのアシスタントだから(笑)。
M: (笑)ああ、そうなんだ、ムチャクチャ贅沢ですね。
T: でもさ、自分の経験からしてもさ、いいところから始めないと絶対ダメだと思うの。だから、飯田だって最初から一緒に連れて行くべき時は連れて行ってるし、(それで)全部覚えていくし、周りも「飯田さん」ってことになるんだよね。
だから例えば今、河野洋平事務所の人が、飯田が電話しても全部オッケーなわけだし、電通とか博報堂で部長になってる人たちだって、最初ヒラだった時に、ぼくが飯田のことをかわいがってるのを見てるから、ぼくがいなくたって、会いたいって言ったら全員、会う。
でもそれって、後からいきなり振っても周りは理解しないんだよ。日本人のやり方で間違ってるのは、全部自分がやったことにしちゃうじゃない? ぼくはそれはだめだと。
飯田なんかは控えめだったから、ぼくが何か言うと、「いいっすよ、ぼくは」って言うんだけど、最近やっと「やってもいいな」って思い始めてるような気がしてるんで、ぼくは嬉しいわけ。
I: ああ。やっぱそこまで立川さんに読まれているのがすごい。
T: ぼくは飯田もプロデュースしてるわけよ、ちゃんと。ここで出そうとか。
M: それはわかります。
T: だから、今度の諏訪なんかは、最初から、キャメロン、飯田、早乙女、○○○○を連れて行こうと思うのは、これはもう大丈夫だと思ってるわけよ。
M: (笑) そういうメンバーなんだ。
I: それ、聞いてなかったと思うんですけど(笑)。
T: 最高でしょ?
M: 先週、電話をもらって「10月15日諏訪行くから空けといて。詳しくは来週話す」って(笑)。
でも、どんなことやるんですか?


諏訪でチャーミングな人に会った

T: 諏訪にさ、東洋バルブっていう会社の工場の跡地があるの、2万3千坪かなんかの。そこの跡地利用がベースなんだけど、あと、諏訪をどうすればいいか、みたいな話もあるわけよ。
最初はぼくの高校の時の友達に、諏訪商工会議所の会頭で山崎さんっていう人が、そういう開発について、フラットに話を聞かせてくれる人はいないだろうかって相談したらしいんだ。それでその友達がぼくの話をしたらしいんだな。
そしたらその山崎さんが、君が作ってくれてるWebサイトを見て、「是非、お会いしたい」っていうことになったんだよ。
で、その友達に「どういうふうにすればいいですか?」って言ってきたっていうんだよね、お金のこととか。だからぼくは、仕事をするかしないのかわかんない のに、1回行くのにギャラがいくらだとかって言いたくないから、「とにかく諏訪に遊びに行くつもりで、行きたい」と。で、「うまいものは食べたい」と (笑)。それでいいですよっていうことで行ったの。
それで上諏訪の駅に着いたら、その山崎さんが、運転手はいるんだけど自分の車でちゃんと迎えに来てくれてるわけよ。それで、パッと会うなり、「今日はどう もありがとうございます、早速お昼なんですけど、鰻と蕎麦とどっちがいいですか、両方ともおいしいんですけど」って、すごく良い感じでカジュアルなの。
M:I: (笑)。
T: だから「鰻かな」って(笑)、鰻屋(に)行って。
「お酒ぐらい飲みますよね?」
「あ、飲みます」
「お酒、お好きなんですか?」
「好きです」
っていう、やりとりも良くて。
あっ、この人、チャーミングだな、と思ったの。
M: だいぶ年配の方なんですか?
T: 70歳ぐらいかなぁ。それでその後、一緒に諏訪大社に行ってご祈祷とかしてる感じも、めちゃくちゃチャーミングなんだよ。
それで夜、「お酒は何が」っていうんで、「ワインが飲みたい」って言ったら自分のうちに、シャブリのグランド・クリュと、あと赤の、なんかぼくの見たこともないようなワインが出てきて(笑)。
M:I: (笑)。
T: で、「これでいいですか」って言われて飲んだらむっちゃうまいわけよ。で、あとは、「信州にもいい白ワインがあるんですよ」、って、自分のところだけで真澄を作ってるところに作らしてる日本酒が出てきて。ユーモアもあるだろう?
 そしたら、またうまいんだ、これが。
I: へえー。
T: それで、この人とだったら一緒にできるかなと思って。
その後もいろんなこと話して、飲んで。向こうもいい感じで酔ってるわけ、楽しかったらしくてさ。
で、まあ、翌日の朝にもう1回、ちょっと会って話した時に仕事にしましょうみたいな話になったわけ。
それで、10月に工業メッセっていうのをそこの諏訪の施設を使ってやるっていうんで、「じゃ、1回どういう風に使ってるかを見に来たいから、ぼくが完全に 信頼しているスタッフ4人ぐらいを連れてきたい」ってその山崎さんに言ったら、いきなり、宿の総支配人に「先生が来るなら5部屋くらい、とりあえず部屋を 押さえとくように」って言った時に、この人はやっぱ、素敵だ、と(笑)。
でもそのノリっていうのは、ぼくにとってすごく重要なの。

一段落なんてしてない~長い結び

M: 最近は仕事は一段落?
T: 一段落なんてしてないよ。もっとすごいことになってるかもしれない。
考えると、なんか、万博(が)終わったら少し休めるかと思ったんだけど、(それは)ないな。結局ヴィスコンティのプロジェクトって、考えたら2006年っ てことは(現在の仕事と)並行してやらなきゃならないし、マリさんの関係のドイツなんとか年ていうのも2006年らしいんだよね。そこで、マレーネ・ ディートリッヒの何かをやるかもしれないし。
I: ほんと、休んでないですよね。「やあ飯田、休めたよ、この5日間。」って、家で掃除したりファイリングしたりしてるんですよ。それ、仕事してるのと同じじゃねえかって。
T: 考えてみたら20歳で、メジャーっぽいことで言うとタイガースの仕事から始まって35
年間ってオールスター連続出場みたいなもんだからね。
I: でも、ぼく思うんですけど、特に最近、機嫌いいですよ。なんですかね。 
もう、あきれてるんですかね、逆に。
T: あきれてるんですよ。大人の社会ってものに対して。
ホントにわかったんだ。日本って、もう、こんなもんだろうと・・・。
この前、スケジュールにも書いたけど、みんなオリンピックみたいなことで浮かれちゃっててさ、「♪だかーらーもうー」なんてのが、毎日、NHKのニュースの時間に7回も8回も流れて、バカだよね、あれ。
M: そう、(「スケジュール」の中にあった)“若い頃に「何がオリンピックだ」って言いながら歩いたのを思い出す。それが今も変わってない”みたいなのって、ぼく、すごくカッコいいと思う。
T: カッコいいからっていうんじゃなくて、本当に変わってないんだよ。
M: ぼくもオリンピック見たくなくて、テレビつける気がしないぐらいだから。
そういう感じ方って間違ってないんだって、すごく励まされる気がする。でもそういう人は結構多いんじゃないかな・・・。

M: じゃあ、とりあえずこの辺で、宴たけなわではございますが。ありがとうございました。
T: 大丈夫なの、今日はこれで?
M: むちゃくちゃおもしろいと思いますよ。  
まあ、やばくて半分ぐらいしか使えないと思いますけど・・・。
T: その辺はうまくやってください。でもバンドの話はさ、キャメロンがしたから話したけど、ホント面白いこといっぱいあったね。
I: いやぁ、今日の話は貴重だな。やっぱ立川さん、三島さんだから話せるんですよ。こんな話、普通出ないですって。
ここまでこうやって話すのって、相当すごいですよ。
最後に三島さんみたいな人が出てきてくれてよかったなぁ。
T:M: (爆笑)最後ってどういうこと?
T: わしゃ、死ぬのか?(笑)
I: でも、三島さん(を)恨んでる人も多いですよ。ほんと、「あれはおれがやるべきだったんだ」とか。
T: ふざけるなっていうの。やればよかったっなんて言ってるのはダメなんですよ。みんなそう。仕事もそうだし、男女の仲だって、(後で)実はあの人のこと素敵だと思ってたのよとか、あの女、いい女だと思ってたんだなんてのは、ダメよ。
言わなきゃ何にも始まらないんだから。絶対、出会い頭ですよ。
M: そう言えば最後にちょっとだけ。「頭脳警察」にもお名前が出てくる内田裕也さんって日本のロック・シーンっていうとぼくなんかすぐ思い浮かぶ方だ し、立川さんも「ヘッド・ロック」の頃から30年以上のお付き合いのある方だと思うんですけど、立川さんとしてはあんまり話したくない、ですか?
T: ぼくが話したくないっていうよりは、裕也さんがあんまり触れて欲しくないんじゃないかなぁ、という気がするよね。
M: PANTAさんのライブとか行くと、裕也さんてほんとにあのイメージ通りの人だみたいなトークがあったりするんですけど、そうなんですか?
T: うん、あのまんまだよね。すごく勘がいい人だし、だからこそ今のポジションを築いてる人だと思うんだけど、まあ自分のワールドで生きてる人だからね・・・。
M: たとえば?
T: 10年ぐらい前かなぁ、年末に飯倉のキャンティに頼んでたものを取りに行った時に、オールナイト・ロックフェスのチラシを配ってた若いやつと一緒にいるわけ。
それで会うなり、
「ナオキ、元気か?」
って、もう「戦場のメリー・クリスマス」で裕也さんがやった軍曹かなんかのノリになってるわけ。
M: なるほど。
T: で、若いやつに
「おまえたち。こちら、立川直樹さんだ。挨拶しろ」
とかって言って、で、今度は
「ナオキ、ロックンロールを忘れるな!」
って、キャンティのあそこでやるんだぜ?
M: ・・・。
I: (笑)そうですね、10年ぐらい、前ですわ。
T: で、裕也さんは昔、○○○○と一緒に仲良く同じプロジェクトをやったりしてたのに、当時、ぼくが○○○○とスタイリッシュな方に行っちゃてたのが許せなかったんだと思うんだ。それで
「○○は間違ってる! おまえは、ロックンロールだよな!?」って。
M: すごいですね・・・。
T: ほんとに一歩間違えれば、ガッツ石松みたいに34万部売れる本ができるぐらいのキャラですよ。
一番すごかったのは、「月刊プレイボーイ」のパーティーがオークラであった時、その流れで六本木にあったトミーっていうスナックに行こうっていうことに なって、それ今でも思い出すんだけど、おれ、なんでこんなタクシーに乗っちゃったんだろうと思ったのは、まず、裕也さんがなぜか助手席に乗ってるわけ (笑)。
I:M: (笑)
T: それで後ろが加納典明と長友(啓典)さん。
それだけでもすごいのに、タクシーの運転手がなんていうこともなくふっと
「しかしお客さん、克美しげるってのは馬鹿なこと、やったもんだねぇ」
って言ったわけ。
でも、裕也さんにしてみれば、彼は“同僚”なんだよ。
I:M: (爆笑)
T: 裕也さん、もういきなり、
「てめぇ、バカヤロウ! 克美しげるがどうしたって? 車、止めろ!」
って、殴りかからんばかりになってるわけ。
そしたら、それを止めてるのが加納典明なんだよ(笑)。
(普段、)誰よりも早く手を出す加納典明が裕也さんを止めてるの。
「運転手さん、こいつ、ちょっと興奮してるもんで」とか、「立川さん、どうするんだよ、これ」とか言いながら。
I:M: (爆笑)
T: そしたらまたその運転手が血の気の多いやつで、
「なんで、あんたにそんなこと言われなきゃいけないんだ」とか言ってるわけ。
つまり、内田裕也の顔を知らないんだよね。
「やるならやってやる」ぐらいの勢いで。
それで加納典明が(運転手に)1万円札出して、まあまあ、ってやってるという、もう・・・すごかったね、あれは。
M: いい話だなぁ、それ・・・。

T: じゃあ、いい話だったところで、これぐらいで。
今日は本当にあの頃が蘇ってきた気がしたなぁ。
そう言えばさ、サミー&チャイルドでやってた時の米軍キャンプの話がまたすごいんだ。それも今度話そうか? きっとおもしろいと思うよ・・・。
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