TIME WAITS FOR NOR ONE~立川直樹同世代トーク~

第4回 前編

平成16年4月16日からの3日間、KPOキリンプラザ大阪で立川直樹プロデュースによるH・アール・カオスの公演が行われた。
上演されたのは1996年の同じKPOでのフル・バージョン初演以来、世界各国で上演されてきた「春の祭典」と新作の「EPITAPH」。
近年はホール公演が中心となっているH・アール・カオスが各日85人限定という空間での公演を行うということで会場は熱心な観客で埋め尽くされた。 そして19日の中日(なかび)、会場のKPOで私が見たものは“奇跡”だった。
そして会場に居た誰もがその奇跡に立ち会えたことに興奮していたように見えた・・・。

「TIME WAITS FOR NO ONE~立川直樹同時代トーク~」の第4回目は、相変わらずの超ハードスケジュールの中、栃木までの移動中に立川さんの愛車、2CVに同乗してこれまた相変わらずの「聖と俗」の間を揺れ動く、立川さんの日常と思想に触れた。

T=立川直樹 M=三島太郎)

伝説となることを約束されたパフォーマンス

M: こないだのH・アール・カオス。
T: うん。
M: ぼくは非常にすばらしいなぁと思って・・・。
T: すばらしかったでしょ(笑)。
M: いや(笑)、で、ね? ぼくはもうひたすらきれいだなぁと思い、感動して、ついでに水もたっぷり浴びて(笑)、楽しく帰ってきたんですけど、ぼくが見させてもらった日の公演前 後、立川さんや他のいつも一緒に仕事をされてるいわゆる「立川組」の皆さんの、虚脱状態とトランス状態が入り交じったようなまるで何かに憑り付かれている ようなあの姿にはびっくりして・・・。
バックステージの話も含めてあの公演について語っていただけないかな、と。
T: 見ていてわかったと思うんだけど、あの(いろいろな制約がある)場所で緊張感とかテンションが高いものを作り過ぎちゃったんだよね。  
誰かがジョークで言ってたんだけど、テリー・ギリアムの「ロスト・イン・ラ・マンチャ」ってあったでしょ? ドンキホーテ作ろうと思って失敗していくドキュメンタリー・タッチの映画。
今回の「春の祭典」も、ああいうふうに誰かが舞台裏撮ってたらすごく面白かったろうなって。
M: ・・・
T: まあ何でもさぁ、生でやるっていうことは、必ずなんかトラブルっていうか、トラブルが必ず起きちゃいけないんだけど、予期せぬことが起きるものなわけだよ。
元々はまああんまり詳細は出せないんだけど、ちょっとしたボタンの掛け違いみたいな ものがあって、それでリハーサルも中断して、そうすると全部の進行タイムスケジュー ルもずれてくだろ?
M: ええ。
T: で、(H・アール・カオス主宰の)大島さんはもう完全に作品の世界に入っちゃってるし、ぼくは一応は微笑でいるけど、いざとなれば怖いのを(ス タッフも)知ってるから、スタッフもどんどんピリピリしたり気が動転したりの度合いが強くなっていくわけ。そこでまた小さなミスが連発して、普段、謝った ことがない人が謝り続ける状況に陥る。「俺、こんなに謝ってることないのに・・・」って。もう、萎縮しちゃってるんだよね。
で、そこで一つ、ミスが起きたの・・・。
裏話ってそれだけだよ。まあ細かい、学校で教えるような技術論としてはいろいろあるんだけどさ。 
でも、確かに君が来た日はみんなすごい状態だったかもしれない。
M: 暴露話を聞いたり書いたりしたいわけじゃ全くないんですよ。
ただ、あれだけ素晴らしいステージの裏側でね。参加している人たち─それもあれだけの海千山千のスタッフの方たち─がどういう風にテンションが高くなって、あそこまで煮詰まっていくものなのかっていうのを知りたいなぁって。
T: ああ・・・なるほどね。


T: あの「春の祭典」ていう作品は、本当に長い時間をかけて、極端なこと言えば8年、9年かけて完成度が高くなっていった作品で、出発点にはぼくも関わっていて、ぼくももちろん好きだし、彼女達もすごく好きな、非常に優れたものなわけだよ。
それでこの前の(大きな会場である)パルテノン多摩での公演があり、ロシア、東欧のツアーもあって、世界的にも評価されてる作品を、もう1回、キリンプラ ザっていう初演の場所でやらないかってキリンビールの人が言ってきてくれた時に、どんな小さなものでもいいから、新作を一緒にやりたいっていうふうになっ たのね。それで、すごく考えたの。
(キング・クリムゾンの曲の)「EPITAPH」をやりたいねっていうのは前から言ってたんだけど、今回いよいよやろうってなった時に、1曲じゃ当たり前 でつまんないっていうことになって、(じゃあ)あれとつないで何がいいかっていうんで、(他のキング・クリムゾンの曲を)いろいろ聞いていったんだ。
そしたら「DEVIL’S TRIANGLE」のボレロみたいなのが、(「EPITAPH」とつなげたら)ムチャクチャいいんだよ。もちろん、ぼくは(候補を)一つだけ出して「コレ が良い」とは言わないから、まあいくつか聞かせて、それで彼女達もコレがいいんじゃないかって言ったんで、そこで、大島さんがまず演出と振り付けのプラン を作ることになったんだ。
(H・アール・カオスが)「春の祭典」を8年前とか9年前にやった時は、良い意味での青臭いところもあったのね。でもあれから時間が経ってカンパニーとし てもいろいろな経験も積んで大きくなったし、今の白河直子って、ダンスというカテゴリーの中では、ホントに世界のトップクラスだと思うんだけど、その白河 さんが大島さんと2人でこの「EPITAPH」を解読したっていうことはぼくの中ではすごく大きな出来事で。
見てわかったと思うけど、「EPITAPH」があったことによって「春の祭典」もすごく引き立ってるんだよね。それからやっぱり見せる環境だよね。
今回、客入れも含めて、お客さんにも知らないうちにある種の緊張感を要求したんだと思うんだ。
M: そうですね。立川さんが自らお客さんの誘導をしていたのには驚きました。
T: 普通のパフォーマンスって、だらだらっと客席に行ってはじめる感じがどうも嫌で、(今回は)どうせあそこまでやるんだったら・・・と思ってあれもこれもってやってるうちに、結局はああいうことになったんだけどね。
M: 最初のあの、お客さんが着席し終わってから電気がふわ~っと消えて「EPITAPH」が始まっていくところの雰囲気とか、すごく良かった。
T: あれも、非常口の電気を消灯するのがキューになってるんだよ。普通はさ、(開演前に)なんか舞台で小声が聞こえてるとか、明かりが点滅して合図してるとかあるじゃない? ああいうのを今回は全部禁止にしたのよ。
でも禁止したことによって自分たちの首を完全に絞めた・・・。もうみんな、緊張感が止まらないわけよ。
とにかく、「始まったら3分間は誰も歩くな」とか。歩くなっていうことは、自分も音を立てちゃいけないわけだし、なんかみんながこう、刻一刻と笑顔が消えていくんだよな。「やばいな」、みたいな。
(舞台の)転換の速さも異常だったでしょ。
M: うん。すごかったと思います。
T: だから結構、あれですよね・・・。本当に周りにいる人もいろんなものを捧げたショーですよ。お客さんも、あそこまでセグメントされてるから、やっぱりレベルが高いじゃない?
M: うん。
T: 最初の開場の段階で(途中で)入退場はできないとかっていう注意書きっていうのを渡して、で、なおかつ説明をするパフォーマンスってあんまりないと思うんだ。
M: ないですよねぇ。
T: それはやっぱり、作ったほうも真剣なんだから、見る方も真剣に見ろっていうんじゃないんだけど、それに対しての正しい見方を一回ちゃんと教えたい気持ちはあったんだよ。
M: うーん。あれは、なかなかできないんでしょうね。
T: なかなかね。
M: ぼくら見る側からしても、厳粛な雰囲気さえ漂う中で開場へ入るところから始まって、緊張感の中でなんかすごそうだなって思いながら待ってると、すっと吸い込まれるように「EPITAPH」の世界に引き込まれていって。  
で、(「EPITAPH」が終わると)舞台の転換のためにいっぺん外に出てくださいっていうことになって、ロビーではみんな興奮の覚めやらぬ感じのまま、(展示されていた)過去の公演の写真を眺めてる。
で、KPOのスタッフの方に挨拶すると、スタッフの人たちも一種の興奮状態になっていて「『春の祭典』、すごいんです!」って口々に言ってる。
うわっ、そんなにすごいんだ、とか思いながら、また会場に入って、「春の祭典」に今度はもう完全にノック・アウトされて、呆然としながら会場を出るっていう・・・。  
開演前から終演後まで、あんなに密度の濃い時間を過ごせるパフォーマンスって、めったにないと思いました。
T: ああいう公演が、まあそれはイベントでも展覧会でもそうなんだけど、時間が経つうちに伝説化していって、それを見たか見ないかが一つの物差しになったりするんだね。でもぼくたちってさ、そういうことがおもしろくてやってるようなものなんだよね・・・。
<優れたクリエイターと共に生きる天国と地獄>
T: ああいうのってさ、終わってしばらくは、もうやりたくないんだよ。ところが普通の流れの仕事をしばらくしてると、やっぱり、なんかああいうすごいものをやりたくなってくる。
M: なるほどねぇ。
T: 話したかもしれないけど、伊丹さんの映画がそうだったんだよね。とにかく、まあ、「仕上げ」って言ってる、最後のダビング作業ね? あれが大体7日間ぐらいあるんだけど、スタジオで休憩の時に喫煙スペースで煙草吸いながら─伊丹さんは煙草吸わないから─録 音部の小野寺さんって日本アカデミー賞を何回も取った人なんかも、「立川さん、おれ、今度の仕事終わったら、ホントにもう2度と伊丹組、やんないですから ね」って。
M: (笑)。
T: 「いや、あそこまで言われたらもう、おれ・・・」って。「家帰ったあともおれ、疲れちゃってて、かみさんにも止めろって言われるんですよ。『あん た、ホントに伊丹組(の仕事)に入ると性格も変わるし機嫌も悪くなるし、そこまでなんかいろいろあるんだったらやらないほうがいいんじゃない?』って」
それはぼくだって同じでさ、それこそ「春の祭典」の前に、キャメに「何でそこまで疲れてるんですか?」って聞かれたみたいになる瞬間がさ。自分でもわかるんだ。今キてる・・・って。
だってさ、(伊丹さんから)夜中の3時に電話が架かってきて30回ぐらいベルを鳴らすわけ、それでしょうがないから(電話に)出ると、「立川君、寝てたよね?」って、あの声で言うんだよ?
M: 寝てたよね?って(笑)。
T: で、こっちが「ええ、当然寝てましたよ」なんて言っても聞いちゃいなくてさ。
「今度の打ち合わせまでにもう1曲、欲しいんだ。これこれこういう感じで。できるよね?それじゃあ」って言って電話が切れるわけ。
おいおい、と思って(伊丹さんの家に電話を)架け直しても、もう絶対向こうは出ない。
今度の打ち合わせって言ったってそれはその翌々日なんだよ。
で、翌日に(伊丹さんを)つかまえようと思ったって、もう当然のようにつかまらないから、作るしかないんだよね。
で、どうにかこうにか(曲を)作って持っていくと、「うん、これだよ。大丈夫だと思ってたんだ」って(笑)。それで悔しいのは、絵と合わせると、これがすごく良いの。
でもそれで(仕事が)終わると、伊丹組って打ち上げとかもセコクないし(伊丹さんも)「立川さん、ご飯食べに行こう」とかって誘ってきて、そうやって一緒 に遊ぶのも好きだったから。嫌なことはそこで1回終わるわけ。でもまた(次の映画が)始まれば、また同じ状況になる(笑)。
「準備稿ができたんだけど」、って電話が架かってくるあたりから、悪夢は始まる。
だけど、やっちゃうんだよ。
こういう仕事をしてる人って、結構みんな同じようなとこがあるんじゃないかな。
でも思えば、ぼくなんかも多分、(舞台監督の)高田さんとかに、「高田さん、今度ちょっと(こういう)仕事があるんだけど」って電話した時は、同じような感覚を与えてるのかもしれないな。
M: おそらくそうでしょう(笑)。伊丹さんってやっぱり完璧主義なんですか?
T: 完璧主義なのと、自分がこう思ったらこうなんだ、という、その自分の正しさに全てのベクトルを合わせていく、ある種専制主義みたいなとこがあるんだよ。で、それは自分が何でもできちゃうからなんだよね。
やってることは違うけど今回の大島さんにしても、例えば構成も自分でできるだろ?照明のこともわかってるし、美術プランだって「私はなんにもわからないから誰かやっといて」っていうタイプではないから、ディテールがすごく気になるわけだよ。
M: なるほど。
T: ものすごくいろんなところに注意が行き届いて、客入れの順番みたいなところまで自分の意見をきっちり言ってくる人だから、そういうとこでもまたやっぱり、みんながどんどん(緊張していく)。
これは例えばの話なんだけど、舞台の仕事でぼくが客席でゲネプロ見てて、吊り込んであるのが見えてるとかっていうことはまああるの。でも、いろんな人と仕事してきたけど、ぼくは気付いても、他の人は気づいてないことってすごくいっぱいあるわけ。
M: はい。
T: で、それはホントはもちろん直したいんだけど、でも今それを直せって言うと時間もかかるから、一応そこのところは許容範囲だから目をつぶっとこうっていうこともあるんだよ、それは。
まあ一般のお客さんが仮に500人入って、そこに2人気づいたとしてもそんなものはいいんだっていう─これは変にネガティブな妥協じゃなく て、ある程度長くやってる故のバランス的な妥協だと思うんだけど─、そういう気持ちがどこかに出てくるから。
でも、今の大島さんの状況って、そういう妥協が一番なくなる時なんだよ。ああいうキャリアを持っていて、かつ上り調子で・・・。
ぼくはそれがわかるから、自分も、(大島さんに)あれしろこれしろって言われても、笑いながら─笑いながら、って言ってもああいう表情にはなるけど(笑)─客入れまでも含めてぼくがきっちりやるほうが早いんだなって思えるんだね。
M: 立川さんとしても、なんか久しぶりに、何て言うんですかね、全力で勝負ができるなみたいな、そういう楽しさ、喜びってあったんでしょうね。
T: それはあったね。
結果として、(公演を)見た人は例外なくみんな「すごい!」って言ってくれたし、泣いてる人もいたしで、すごく良いものを見せることができたと思うんだ。
それと、全部終わった後の打ち上げが盛り上がってたから─それが最悪だと良くないんだけど─終わってみれば今回は良かったと思えるんだよね。
打ち上げの時にヤノベケンジがぼくのところに来て、「ぼく、あんなすごいもの見せられちゃって、クリエイターとしてしばらくちょっとやばいですよ」って ショックを受けてたりとか、あと、後藤繁雄、ヤノベケンジ、大島、ぼくで話してて、「まあ、なんだかんだ言っても天才演出家だからな、振り付けも。」って ぼくが言ったら、大島さんが「まあ天才プロデューサーといっしょにやってるからね」って返してきたり(笑)。
M: でも本当に大島さんだってすごく良かったんじゃないですか?。
T: そうだと思うよ。だって、ぼくじゃなきゃあんなの絶対できないもん。
M: まあ、とにかくあの公演は見られてよかったです。またやりますかね? 何年か後。
T: 大島さんと?やるんじゃないの? だって万博とかスペシャル・オリンピックスとかでH・アール・カオス(が公演を行う)ってなったら、そしたら来年でしょ?
M: 現場を見てないからわかんないんですけど、そういう集中していっちゃう感じってのはやっぱり優れたアーティストには付いてまわるものなんですか?
T: ・・・ま、だいたいそういうこと。そういうふうじゃないと、やっぱり良いものはできない。
ただそこがすごく難しくて、すごくワーッと言った後でフォローがどうできるかとか、っていうことはあるんだよね。本人がそんなフォローなんかできない人だ としたら、傍にすごくいいマネージャーが付いてて、「すみません、うちのはあんなですから」って言って回るとかね。そういう何かはやっぱりあったほうが良 いんだろうね。
やっぱり人格的にすごく難しくて、後のフォローも全然無いとかってことになると、みんな1回、2回はおもしろいから(一緒に仕事を)やるけど、それ以上はやっぱり・・・嫌だろ?
M: あ、そうですか。やっぱりそういうもんですか。

立川直樹の“やり方”

M: 立川さんが、昔も今もそういうまあ言ってみれば才能も個性も強烈な方たちと一緒に仕事をしている中で身につけた、仕事上の方法論って、ぼくはすごく興味があるんですけど。
T: それは今回の大島さんもそうだし、伊丹さんだってそうだし、例えば、今日の夜から丸ビルで仕込みが始まる「田村能里子展」の田村さんだってそうだ し、アーティストと言われるような人は多かれ少なかれみんなそうだと思うんだけど、自分の表現が何か不完全な形で伝えられようとしてる、と(そのアーティ ストが)思った瞬間に、「それは違う」って主張するよね。
で、それを(アーティストが)思った通りにすぐに修正できればあまり問題はないんだけど、さまざまな理由で、そうできないこともある、と。そうなると、そこではやっぱり標的になる人って出てくるんだよ。
M: はい。
T: ぼくは自分でやってることがパーフェクトだと思ってるわけではないけど、ただ、ぼくは役割分担とかシフトっていうものを大事にしてプロジェクトを成功に導いていこうとするタイプだと思うのね。
M: ええ。
T: 一例を出せばね、若いプロデューサーとかだと、アーティストが、プロデューサーも含めての制作サイドに、もっとこうして欲しい、みたいなことを 言ってきたりだとか、または何かの判断を求めて来た場合に、そこですぐ自分がその人に電話して、それはこういう事だって言っちゃったりするの。で、結果的 に自分が標的になっちゃう。
でもさ、そこでアーティストとプロデューサー─たとえばぼく、ね?─がいきなり正面から違う意見を戦わせて不穏な関係になったりしたら、もう、その後、どうにもなんないよね。ぼくの後には誰もいないんだから。
だからアーティストが何か言ってきた時には、たとえば「A君に1回見に行かせますよ」と。それでそのA君が敢え無く第1回目は敗退したとしたら、じゃあ次 はB君に行かせよう、と。それでA君とB君のどっちが彼女のほうに近づけているかということで、事態をどういうふうに収拾させていくかってことを(ぼく が)判断するわけ。
(アーティストが)B君のいうことは聞いてるな、とか、Cさんは信用されてるみたいだな、とか、Dさんはちょっと嫌がられちゃってるけど、でもプロジェクト全体のビジネス面で考えるとすごく必要な人だな、とか・・・。
そういうことをトータルで考えてプロジェクト全体を動かしていくっていうのが、たぶんぼくのやり方なんだろうね。

田村能里子展

M: 「田村能里子展」は、長くやるんでしたっけ?
T: ああいうとこでやる展覧会にしては長いかもしれない。ぼく、展覧会って長いほうが良いと思うんだよね。1回行って、また行こうと思ったら行けるし。
あと、告知の問題もあると思うんだ。新聞の演劇とかの告知記事って、今日の夕刊に出てると、3日後の夜どこで行われるとか、ほとんどそうだよ、例外なく。 それって、不親切だと思うんだよ。初日を見た記事で、いつまで上演中ってのはまだ許せるんだけど、取材記事ですごく多いんだよ。今度注意して見てごらん?
M: 予定が立てられないですよね。
T: そうなんだよ。せっかく見たいなと思っても、そんな3日後なんて、何か予定が入ってることのほうが多いわけで・・・あのへん、なんとかならないもんかなと思うよな。
M: 今回、「田村能里子展」を手掛けることになった経緯はどういうことだったんですか?
T: うん。ぼくのプロデューサーとしての仕事の入り方って二通りあってさ。
例えばH・アール・カオスみたいに、自分が何かのきっかけで見て、一緒にやっても面白いかなぁと思って、向こうも何か一緒にやりたいっていうことで始まる ケースと、田村さんの場合だと代理店の人が、(田村さんの)展覧会を全然違うアプローチでやりたいからプロデュースしてくれませんかって相談に来たのが始 まりなの。
もちろん田村さんのことは前から知ってたし作品も良いなとは思ってたんだけど、ただ、自分とはちょっと違う世界の人かなぁと思ってたんだよね。そういうのってあるじゃない? 例えば昔で言うとロック・バンドの人間がシナトラをプロデュースしようとしてもそれはなかなか難しい、みたいな、そういうニュアンス。
でも本人に会って、アトリエに行って現物を見たらぶっ飛んで、割と即答でやりますって言って、それで始まったんだ。
M: ああ。
T: 田村さんも、彼女の今まで周辺にいた人とぼくとではやり方とか考え方とか違うから、
新鮮だったと思うし、ぼくの方も今回の展覧会はスケールが大きいから、砂使ったり吊り物をやったり、いろんなことができるわけ。だからすごくおもしろいよ。
まあ、「田村能里子展」は本番がこれからだから来月、もう少し話そうか。
<歌舞伎・刺身・和食>
T: そう、今月の歌舞伎座、すごく良かったよ。
M: 誰が出てるんでしたっけ?
T: 「番町皿屋敷」が三津五郎と福助で、「棒しばり」は定番なんだけど勘九郎と三津五郎で、「義経千本桜」が仁左衛門、勘九郎、三津五郎、芝翫、左團次、福助が義経。
昨日、歌舞伎を教えてあげるって言って、ある夫婦と約束して一緒に行ったの。ムチャクチャはまってたね。それで、歌舞伎終わってすぐ門前仲町の「魚三」ってところを友達の恒ちゃんが知ってて4人で行ったんだけど、で、ちょっと飲んで。
M: 「魚三」で飲んだんですか?
T: うん。昼間の酒はやっぱ気持ちいいな。昼間11時から歌舞伎行って、最初の休みのときに宮城野でなんかとろろせいろかなんか食べて、ちょっと板わさでビール飲んで。で、また午後の流れのところ見て、終わってすぐ、「魚三」って、なかなかすごいパターンですよ。
M: あそこすごいでしょ?あの辺のサラリーマンのオアシスなんですよ。てんぷらなんかが割と美味しい。
T: そう、アサリのかき揚げとか美味しかった。でね、4人で行ったから3階の座敷に案内されたんだ。それでぼく、密かにイカのゲソ煮とか食べたいなと 思ってたんだけど店の人が、「4人だから刺身特盛が・・・」とかって、勧めるんだよ。で、一緒に行った人は人が良いから「それにしようかなぁ」とかって頼 んだらいきなり刺身爆弾みたいなすごい量で出てきて。
M: 「魚三」と渋谷の「福ちゃん」での刺身大盛りは危険でしょうね・・・。
T: 刺身特盛4000円ってとにかく異常な量なんだよ。これはないなぁと思いながらも、でもあの値段で食えるんだからとも思うしね。
M: ぼくもあそこに行ったら50円のアラ煮とかそういうのを食べてるほうが幸せなんじゃないかと思うな。
T: 日本人の、刺身とか生(ナマ)もの信仰って何なんだろうね? 鮨に代表されると思うんだけど、なんか、生好きだよね。
刺身があればいいっていう・・・。テレビの料理番組とか旅番組とか見てても、異常にそのなんか、獲れたての魚が食べれる宿とかって、その獲れたての魚とか、生の魚の量の多さって言うの?そういうのをすごく誇るとこあるよね。
M: ありますね。刺身ってぼくはあんまり大量だと辛くなっちゃうほうなんで。
T: 最初の3切れぐらいはそれぞれの魚で美味いんだけどね。だからイタリアンのカルパッチョぐらいのボリュームだと丁度良いんだよ。
でも、「魚三」ってさ、ぼくも前から話は聞いてて、行ってみて良い店だなとも思ったんだけど、土地柄とかいろんなことから想像するような粋な感じっていうのとはちょっと違った持ち味の店だよね。
M: あそこは1階にいるおばあさんがちょっとすごいんですよ。客をバシバシ仕切って、なんとなく「バートン・フィンク」に出てくるイッちゃった人たちみたいなテンションの持ち主で。彼女に仕切られるのが喜び、みたいなお客さんも結構いるんじゃないかな。 でもまあ、粋っていうのとはちょっと違いますね。
T: ・・・だよな。
M: 安さとかそういうものはすごくて。例えば確か「おつゆ」っていうのが100円なわけですよ。それがおいしくてね。
T: そんなのがあるんだ?それはどういうたぐいのものなの?
M: ぶりかなにかのアラを、出し汁というか、そういう風にしたものなんです。
T: ぶりは入ってるの?
M: 入ってますよ、結構。あと500円のスペシャルっていうおつゆが有って、それはものすごくいろんなもんが入ってる。そう言えば最初にぶりつゆとかって言うとおばちゃんから怒られるっていう伝説があったなぁ・・・。
T: 1回じゃわかんないんだな、ああいうとこは。


T: やっぱり基本的に、生(ナマ)ものって意外と値段とシンクロしてるわけだよ。
M: うーん。
T: 例えば牛肉なんかもさ、極端なこと言えばグラムいくらっていうのもさ、高きゃ高いほどうまいのよ。100グラム4500円から6000円ぐらいの肉って、すごいもん。理屈抜きだよ。
M: そういうのってどの辺で買うんですか? 東京じゃなくて?
T: 買わないよ(笑)。ご馳走になった時に、話の種に聞くわけだ。で、100グラム6000円で出せるかなぁ~みたいなのは、これはやっぱりすごく美味いよ。
前にたまに、オリーブだとかワインとかなんだとかだけ紀伊国屋とかに買いに行ってた時に、肉売り場のところにカートを押してガラガラって行くじゃない?
M: ええ。
T: そうするとやっぱり100g4500円の肉だとかって、ウインドウの中から神々しくて。
M: (笑) オーラが。
T: そういう肉って、もう何もほとんど手を加えないで食べたほうが美味しい。でも、例えば切り落としで100g300円くらいになってきたものだと、 肉じゃがの煮方がどう美味いかっていうあたりが、すごく関わってくるわけじゃない?刺身もやっぱりホントに産地で取れて、今だったら生のとり貝の良いもの とかだと、やっぱりそれは、料理じゃない部分でおいしいよね。

T: で、その後月島の「味泉(あじせん)」っていうところに行ったの。今結構評判だっていう、居酒屋。
そこも恒ちゃんが絶対良いって言って予約しといてくれたから行ったんだけど、打ちっぱなしでジャズとかかかっててヤバイかなあと思ったら、やっぱり、とり 貝はうまかったし、それからあと、居酒屋の基本じゃないけど、調理物がうまかったからすごかったね。コロッケとか、シーフード具沢山グラタンとかさ。普通 に北海道のツリタラコとかって頼むと、そのまんま行きますか?炙りますか?とかって。
あと、煮穴子っていうのは絶品だった。鯨ベーコンもすごい美味かったね。で、話は脈絡なくなるんだけど、煮穴子食べて穴子の刺身っての食べたら、やっぱり 穴子は調理したほうが美味しいね。刺身は確かに珍しいじゃん?あんまり東京で穴子の刺身って食べられないけど、二切れぐらい食べると、もういいかなって。 煮穴子の勝ち(笑)、みたいなね。
M: 煮穴子はいいですよね。
T: で、その時さ、「こういうの食ってると、懐石料理屋なんて、腹立たないか?」って話になって。みんな、好むと好まざるとに関わらず、こう、クライアントの接待とか仕事関係で懐石系って行ってるわけじゃん。だけど、日本料理屋てダメだよな、ってすっごい盛り上がってたの。
M: あ、そうですか。立川さんにとっての日本料理屋の理想形って、例えばどういうお店なんですか?
T: やっぱり、懐石みたいな流れでいろんなものが出てくるにしても、カウンターの割烹みたいな作りになってて、それで出てくるものが、しっかり基本が あるんだけど、でもあんまりその基本だけに忠実過ぎないで、ちょっとアレンジがしてあってみたいなところ。京都の「さか本」なんて好きなんだけど。
M: 「さか本」?
T: うん。例えば鯛なら鯛の刺身でも、うにを溶かして、1回固めて、うに醤油なんかにして、ちょっとニヤッと、「遊んでみました」なんて言って。明ら かに日本料理なんだけど、ちょっとフレンチみたいなテイストも漂う繊細な感じ。季節になると、筍の先のやわらかいところだけを花山椒で合えた小さい鍋を出 してくれたり・・・。
それに引き替え、さあ八寸です、お椀です、焼き物ですって出てきて、なんだかいつ食べても同じような料理ってあるじゃない?それってなんか進歩がないなぁって思うんだよね。
M: うーん。確かにそういうとこって多いですね。
T: あと意外と悩むのがさ、なんか食べ物の話ばっかりしてるけど、(店に)初めて行った時の、コースがいいかアラカルトで頼むかっていうところが、なかなかこう、判断が難しいところがあるよね。
コースって、店側が、怠慢って言うんじゃないけどめんどくさくないからコースにしてるとこと、自分達でバランス良くそれで出したいっていうものがあって、 ちゃんと素材もそれなりにやって、コースだから割とお得なセットになってるって場合とがあって、その判断が出来ないんだよね、瞬時には。
店の人がむしろはっきりその辺言ってくれたほうがいいなと思うんだけど、なんか、そういう時、こっちもさぁ、年が年だし、あれだから、コースってやるよりアラカルトで頼んだほうがちょっとカッコいいかなって思ったりしたりするじゃない?
M: ある程度高級な和食って、コースを要求してくるものじゃないんですか?そんなこともないんですか?
T: それはその店によると思うんだけど。
でもまあ、そうだな。考えてみたら「さか本」も、行っておまかせで、量はだいたいこのぐらいって言うと、ぼくの好きなものを知っててそのとおりになってるってとこが気持ち良いんだけど、ホテルの日本料理屋とかだと、なんかアラカルトで食べるって感じじゃないよね。
M: そうですよね。
T: なんか、コースだよね。それはコースの秘密という本を書いても良いかもしれない(笑)。
あとさ、日本料理に限らず、前菜は意外とはっとさせられるんだよね。はっとさせることができるんだよ。イタリアンだのフレンチだのでも、前菜がダメでメインで復活するってケースって、ほとんどないでしょ?
M: それはそうですね。
T: 前菜良くて、その次がまあまあで、メインでこけるっていうパターンは多いよな。
M: 確かに(笑)。意外とメインが普通だったりしちゃう。
T: でもコースでしょうがないものが出てきたときの、あの悲惨な気持ちってさぁ。
M: (笑)。
T: 最近行った某中華料理屋のコースはひどかったね。許しがたいものがあったな。
M: へぇ。どこか有名なとこですか?
T: いや、そうじゃないと思う。日曜の夜かなんかで、めんどくさいから、電話して席が空いてるところでいいやって行ったら・・・。
だから、思ったけどそういう気持ちじゃダメね、店出かけるのでも。全部が全部きちんとした気持ちで会食するってのも疲れるけど、なんかやっぱりちょっとし たとこは、前もって、いつ、誰々のコンサートを見に行こうかっていうくらいの気持ちで考えてたほうがいいね。そうじゃなかったらコースで5000円以上す る店は行くべきじゃないかもしれない。
それほどでもないっていう時は、その辺の、たとえばぼくの贔屓のVa-toutとかのカフェで、つるっとなんか好きなもの食べてればいいんだけど、なんかそこでやっぱりたまに間違うんだよ、気持ちが。
M: うん、気持ちが間違うってわかるなぁ。
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