TIME WAITS FOR NOR ONE~立川直樹同世代トーク~

第2回 前編

このインタビューの前の週、立川直樹は北朝鮮に滞在していた。

どうやら仕事でもないようで、なんで北朝鮮なんだろうと周辺の多くの人たちが疑問に思っていたのだけれど、しかしそれも本人から直接話を聞いてみて理屈ではなく納得できた。
「ぼくは未知の体験をしたくて生きてるんだから」。
なんて彼らしい言葉だろう。

立川直樹は近くて遠い国、北朝鮮で何を考え、何を思ったのか。
彼の地で再確認した自分の立ち位置について、自ら考える「立川直樹像」について、ストーム・トーガソンに抱いた畏敬の念について、エンターテインメント・ビジネスについて、ロックとテクノロジーの関係と「アウト・オブ・ザ・ブルー」のすごさについて・・・。
話はどんどん進んでいく。

TIME WAITS FOR NO ONE~立川直樹同時代トーク~の第二回は立川直樹が彼自身の内面を率直すぎるほど率直に語った、(自他共に認める立川直樹オタクの)ぼくにとってはたいへん興味深いものになった。
派手さは無いが味のある、まるでブルースのようなインタビューになったと手前味噌ながら思うのだけれど。
さて、いかがなものでありましょうか・・・。

T=立川直樹 M=三島太郎)


アナログのSFのようだったピョンヤンの街

M: では今日はまず、北朝鮮から無事に帰っていらした立川さんから見た北朝鮮の印象をお聞きしたいんですが・・・。そもそも、なんで入国できたんですか? なにか特別なツテを使って?
T: それは全然ないよ。普通にパッケージツアーみたいなのをやってるKACツーリストっていうのがあって、申し込んでそれがツアーを募集してる時期にはまれば行けるんです。
M: 普通のツアーだったっていうことは、当然何らVIP待遇でもなかったわけですよね。
T: 全然。
現地には朝鮮国際旅行社っていうのがあってさ。空港からピョンヤンに向かうバスの中で、今回のツアーの一団ていうのは合わせて10人位だったんだけど、我 々に向かって「今回は金正日総書記のお誕生日、一番ピョンヤンと朝鮮国内が盛り上がってる時に――彼らにとっては北も南もないから、自国のことは朝鮮と呼 びたい、向こうは韓国だって言うんだけどさ――皆さんに来ていただいてとてもうれしい、ありがとうございます。少なくとも今回の短い滞在中に、日本人の方 が持ってる悪いイメージというのを少しでも払拭していただけるとありがたいです」とか言って、いきなりカマシでくるわけよ。
M: そうなんですか。マスゲームは見られたんですか?
T: マスゲームはなかったんだけど、水中バレエがあった。それと人民軍サーカスってのがおもしろかったね。
M: へえー。ぼく、シャングリラでタイトルを読んで見た、「金日成のパレード」っていう映画のイメージがやっぱり強烈にあるんですよ。北朝鮮のビジュアルなイメージっていうと。
T: うん、その「パレード」のことで言えば、すごいとおもったのは、建物なんですよ。建物と街の、こう、全部こう、すくっとぴっちりぴっちり建ててる 感じとかね。やっぱり現実にそういうものを見るとすごいなぁと。労働党のね、党創立記念塔っていうのがあるんですよ。で、労働党のシンボルっていうのが、 ハンマーと筆と鎌なのね。
それは、旗ではこう、三つ重なり合ってるんだけど、それが建物の塔を作るときにはそれをばらばらにして、上から見ると三つが重なるように作ってるの。それで労働党創立50周年のときに作ったんで、高さが50メートルです、と。
その向こうに金日成のかの有名な大銅像が見えるんだけど、そこからここまでの距離が、金正日の誕生日が2月16日なので、216メートル。それで、その塔 の内径のとこに石が敷き詰めてあるのね、敷石が。これが金正日を記念して216の石が敷き詰めてあります、っていうふうになってるわけ。
それで金日成広場を夜の闇が支配してくると、こっち側に人民大学習堂が見えて、大同江を隔てて向こう側にはチュチェ思想塔っていうのがそびえてるわけ。両側が農業省と貿易省ってどっちがどっちだかよく覚えてないけど、なんかすっごい不思議なクリーンな空間なわけですよ。
M: へえー。
T: そこからぼくが感じたものって思想統制の厳しさとかなんとかっていうのとは別の、とにかくなんだか不思議なSF的な感覚なんですよ。なんか非常に近未来っぽいというか、アナログのSFみたいな感じなんだよね。
M: そもそも、ピョンヤンっていう都市自体が丸ごと北朝鮮のショーケースであり、作られた人工的な街だっていう見方がありますよね。
T: うん、そうそう。ただね、それを言うならね、あそこはかなりレベルの高いショーケースであるとは思う。
今回、ぼくが短い旅の中で見てきたこと・・・見てきたことっていうか見せていただいたことが100%でもないし、かと言って今日本で報道されていることっていうのが100%でもないと思うんだ。
だけど、一つ言えるのは、50年ぐらい前に理想の国を作ろうっていうことで作られた都市が21世紀の今、地球に存在しているっていうことのおもしろさっていうのは、多分写真とか、映像とかじゃわかんない、と思うのね。
それと、恐怖だけじゃ人を支配することはできない、っていうのはすごく感じた。それはヒットラーが出てきたときもそうだったと思うし、スターリンのときも たぶんそうだったのと同じように、北朝鮮の金日成、金正日という血統が支配する国にも、明らかにコミュニケーションというのが存在しているんだよね。また は存在していたんだよ。
ただ、何事にも永遠というのはないわけで、それである体制が崩れてきているその部分のことをみんなキツツキみたいに突っついてるっていうのが、あの国とそれを取り巻く状況なんじゃないかなと思った。
M: そうですよね。どんな世界にだってコミュニケーションは存在しますよね。
T: 今、世界中の国とか、都市とかっていうのがなんかこう、CNNとかインターネットとかっていう共通言語で覆い尽くされちゃって、トロントとかもそ うだし、パリも実際の距離の東京とかなり離れてるんだけど、でも、女性誌を見てればパリのものっていうのは極端なこと言えば「ぴあ」とか「東京カレン ダー」見てるみたいに(情報として)入ってくるよね。ニューヨークだってニューヨークにいる人よりもきっと日本人の「GQ」とか「ブルータス」を読んでる 人のほうが詳しいわけだよ。
ところがこんなに近い北朝鮮っていう国については、みんな、「かもしれない」っていうレベルでしか知らない。それはすごくおもしろいなと思った。
あそこって、(北朝鮮への)直行便っていうのが仮に存在してたとしたら3時間ぐらいで行けちゃう距離でしょ。それが羽田から関空、関空から大連経由瀋陽、瀋陽からピョンヤンって行くから、朝7時半に羽田で飛行機に乗っても、ピョンヤンにつくのが夕方の5時なんだよ。
それってその間にロンドンまで行けちゃうよね。でもそのなんか、ぐぅ~っと旋回してるおもしろさとかっていうのを感じた時に、情報っていうのはなんなのかなっていうことをすごく考えたね。
それとやっぱり、みんな行ってみたいとか言ってるわりに、アクションをした人って意外といないんだよ。
M: なるほど。じゃあ、北朝鮮旅行自体は楽しかったですか?
T: 楽しいっていうか・・・ま、ここ10数年したことのない経験だったね。っていうことは、楽しかったんだろうね。ぼくは未知の体験をしたくて生きてるわけだからさ。
まあぼくは別に政治家でもないし、鳥越俊太郎さんでもなくて単純に旅行者だからね。 そこになんか、問題意識をどうのこうのって持たないと、また「おまえって大人になっても軽いよな」っていわれるけどね・・・。
M: (笑)北朝鮮へ旅行に行っても別に良いじゃないかと?
T: うん。だから、次はトルクメニスタンに行ってみたいって本当に思ってるんだよ。
M: トルクメニスタン?
T: トルクメニスタンって、旧ソ連から独立した国があるんだよ。強力な専制君主が支配している国で、前にテレビの特集で見たんだけど、すごかったね。
M: そこ、入れるんですか?
T: 入れるでしょ、もちろん。だって、昔、日本のパスポートって、「このパスポートを携行している国民を自由に何とか・・・」っていうのに、昔はExcept North Koreaって書いてあったでしょ。
M: ありましたね。
T: 今、そういうのないじゃない? ていうことはトルクメニスタンだって入れるんですよ。入れるのに、入れないと思っている人がすごくいるってこと自体がおもしろいよね。

ピョンヤンでのバレンタイン・デイから始まった1週間で考えたこと

T: あと今回の旅では、コミュニケーションの原点というか、何が正しくて何が正しくないかっていうことも考えたのと、すごい久しぶりに自分の中でこう、スパッと解決できたものがあったんだよね。
M: 解決できたっていうのはどういうことですか?
T: なんかこう、仕事って引っ張られるじゃん? 例えば決められちゃったプロジェクトがあって、それが進んでいく時に、なんか自分の知らないうちに相手のペースに巻き込まれちゃったりしてる時ってすごくあって。
でも思えば、自分はそんなに相手にとって良い人であろうと思って仕事をしてきたわけじゃなかったんだよなって。
「いいじゃん、考えてみりゃ自分ってもともとここら辺に立ってるんだから、こういう立ち位置でいいんだよ」っていうふうにいろんなことを考えられたってことはすごく良かった気がするな。
M: こういう立ち位置っていうのは、自分は本来は何でも自分の思った通りにするタイプの人間だったんだなっていうことですか?
T: 自分が思った通りにする人間だっていうほど傲慢なイメージは持ってないけど、考えてて、自分が信じることをやろうとしていて、相手がそれに対してNOって言ってきた時に、「それだったらぼくはきっとできないと思います」って言ってきたわけよ。
でもやっぱりだんだん大人になってくると、そこで相手が「それってどうなんですかね」っていうふうに返してきたとして、「あ、じゃぁ、こういう方法があり ますね」っていう、まあフォローみたいなことをするようになる。まあ、言わば生きる知恵みたいにしてそういうやり方を身に付けちゃうじゃない?
でもね、そういうやりとりをしてしまう仕事って、たぶんプロレスの試合で言うとあんまりおもしろくない試合なんだよね。なんかこう、技の掛け合いみたいな。
M: へえー、なるほど。
T: そういうんじゃなくて、いきなりバァーって突っ込んでいく感じ、相手によけられたら、フォールされちゃうかもしれないんだけど、それでも、爆死してもいいからって(笑)、相手に飛び膝蹴り系のドロップ・キックをやってく感じが蘇ってきた、とでも言うのかな。
経験を積んでるうちにだんだん賢くなってきて、ぼく自身気付かないうちに、まずフォールされないように巧妙に良いポジションを取ろうっていう発想になって た気がしなくもないんだけど、でも、もしかしたらそんなんじゃなくて、ガッとエッジ効いてんのもいいんじゃないのってふっと思えたんだ。
別にその、それはもしかしたら別に朝鮮に行ったからっていうだけじゃなくて、そんなふうに気付く時期だったのかもしれないんだよね。
でもなんか、そういうのが全部スルスルっと一緒に来てスッとキマッたというかね。
たまたま前から決めてたスケジュールで、18日の遅い時間にまあ日本に帰ってきましたと。それで19日に、溜まってることをガーッと狂ったように、飯田が 「めまいがする」ってぐらいな勢いで解決して、20日の朝の新幹線で京都に行ったの。で、京都に、次の日の午後2時何分の新幹線に乗るまでいたんだけど、 京都って前から言ってるけど、やっぱりその時間の流れっていうのが、むちゃくちゃ変なところだからさ。
そんなふうにしてると、朝鮮に行って帰ってきて1日東京にいて、京都に行って・・・っていう時間の流れの中で、むっちゃくちゃなんかこう、リラックスって いうのも変だけど、自分でこう、なんかタイムラグとかなんとかっていうのを、サーフィンしてるみたいに生きてるんだから「ぼくはこれでいいんだ!」みたい に思えた時っていうのはすごくハッピーだったの。
M: へえー。俗に言う、吹っ切れたっていうやつなんですかね。
T: 吹っ切れたってほど悩んでたわけでもないんだけどさ。「あ、こういうことなんだよね」っていうぐらいの感じかな。ぼく、そんなにずっと、なんかについて大げさに考えてることってないから。
それで、今度京都から帰ってきた日の夜、ふくちゃんが、「ROCK OF THE DAY」っていうイベントを渋谷のパール・ラウンジでやってて、行ったんですよ。そうすると、かかってるのがジミヘンの「ファイア」だとか、ドアーズと か、そういう、いわゆるこうめちゃベタな、カッコいい曲なのね。そこでぼくのルーツってここだよなって思ってさ。
こんなにパキッとしたカッコいいものを聞いて育ったんだから、なんかかっこ悪い、なよっとしたものなんてどうでもいいじゃん、ってね。
バレンタインデーの日に東京を出発して朝鮮に向かって、最後の締めがパール・ラウンジっていうふうにして成立した1週間だったわけなんだけど。
でも、結局ぼくはこういう人間なんだっていうふうに思ったときに、なんかルールだとかなんとかって言われてることとはぼくはやっぱりどっか、一線を画していた方が、彼らにとっても、ぼくの使い道はあるのかもしれないって思ったんだよね。
いろんなプロジェクトが動いてるとさ、こう、気が付かないうちにふっと、相手側のなんかこう、ルールに合わせたりしちゃうわけじゃない?

生きてる時に評価される必要って意外とないんじゃないか・・・

T: だから音楽の聴き方とか、映画の見方とかも同じでさ。
なんかぼくが「ラブ・アクチュアリー」を良いって言う必要はなくて(笑)、だったら、今度公開になる石井輝夫の「盲獣VS一寸法師」みたいなああいう怪しげな、さ。
M: ああ・・・。
T: いや、だからね、それがすごく良い映画だって言ってるんじゃないんだよ。でもぼくは結局、ヒュー・グラントが出てるような映画よりは(笑)、ああいう変なものをずっと好きだったんだよ。
それに変なものとかこれってちょっと横道にそれかかってるんだけどいいよっていう作品を、こんなものもあるんだよって言ってく人間が少しぐらいはいないと、つまんないじゃない。
M: そういう意味での立ち位置っていうこと・・・?
T: そうそう。それは例えば、永井荷風もそうだったし、死んだ後には巨匠になるんだけど、江戸川乱歩だって引きこもりだったんだから。
ね、でもその時はおかしいと思われてたわけだけど、死んだ後は違うわけじゃん。それはランボーもそうだったかもしれないし。
そう考えていくと、評価ってきっと後になって来るもので、生きてる時に評価される必要って意外とないんじゃないかって思いながら生きる楽さ加減ってあるんだよね。
M: ああ、それはいい言葉ですね。
T: でもみんな、生きてるときに結果を求めるじゃない? 特にビジネスマンはね。だからこないだのキャメの永遠の質問で言うと、やっぱり、クルものが ないんだよね。ああいうビジネス雑誌っていうのは。あれだったらアサ芸の「ヤれる温泉」みたいの見てる方がよっぽどおもしろい(笑)。行くか行かないかは どうでもいいんだよ。
M: 「こういう世界があるんだねぇ」みたいな。
T: そっちのほうが、どっかのプラントがどうのこうのっていう記事よりは、よっぽどおもしろい。
M: ぼく、今、先月も名前が出てきた金井美恵子さんの「『競争相手は馬鹿ばかり』の世界へようこそ」っていうすごいタイトルの本を読んでて、あのいろ んなものを拒絶しちゃってるような感じって新鮮だなぁと思うんですよ。世の中に迎合する部分がみじんもない純粋な拒否、みたいな。
立川さんのスタイルは拒絶っていうものとは違うんでしょうけど、それに似たような感覚っていうのが何かしら立川さんの中にもあるんでしょうか?
T: 文学者は拒絶していて良いんですよ。なんでかっていうと、引きこもりで済むから。でもぼくは、日常的に人と接触する中で仕事しなきゃなんないって いうことがあるからね。ぼくは、一緒に仕事している人のことをバカだと思ったことは一回もないですよ。でも、スピード感の違いとか、価値観の違いっていう のは、あるよね・・・。
で、ぼくはどこかフォールされてもいいんじゃないかって思ってるところがあって・・・だからぼく、今、プロレスラーで高山ってとても好きなんだよ。平気で負けるじゃない?格下に。
あの高山的な戦い方っていうか、ああいう論理って言うのは、過去の日本のプロレスラーの中には無かったんだよね。つまり猪木ってのは負けちゃいけなかったし、馬場も負けなかったんですよ。でも高山って平気で負けるんですよ。若いレスラーに。
で、そのあとに、負け惜しみじゃなくて、「彼のコーナーの力学が良かったんだろうな」って言って、なおかつポジションも保っているっていう部分がすごく良いなと思うんだよ。

行進するほうの人にはなりたくない

M: でも、立川さんは負けませんよね?
T: ・・・いや、負けてますよ。ただ、あからさまなフォールをされてないだけでね。
自分でも、あ、これは違うなとかいうのはあるよ。だからそれは前に話したかもしれないけど、デニス・ホッパーとか、ロバート・デニーロと同じ、いわゆる数の論理なんですよ。
それは、成功――成功って言うのは、周りから見て「いい仕事してますよね」とか「あれ良かったですね」っていうものが、10の仕事の内の7であれば、残りの3はボロボロになってても、だれも残りの3の失敗したことって言わないだけで。
でもそれは言わないだけで、「負けませんよね」っていうことで極端なこと言ったら、10の仕事の内10成功していることが負けてないっていうことなわけで、仮にそうだったとしたら、今頃、高層ビルが建ってますよ。
M: うーん・・・。
T: 負けない!と思うから、みんな苦しむわけよ。 だって、野球だって3割打ってたら名選手って言われるけど、3割ってことは、10打数3安打なわけだから、7回はこけてるわけ。
でも、みんなそこに関してがんばっちゃうから、疲れちゃう。がんばり過ぎちゃうから。
「これは見逃しの三振でいいや」とか、「こんな球打って手首壊すくらいだったら、このピッチャーの時は打ってもしょうがないや」っていうことって、絶対にあるんですよ。
かなわないものってあるからさ。
「ああ、おもしろくないなぁ」とか、「この人が言ってきたら、もうだめだなぁ」とか。展覧会の仕事でも、ほら、ヒプノシスのストーム・トーガソンの仕事の 時とか、ストームの言ってることってわかんないんだけど、とりあえずこのジジイの言ってること、聞いとかないとやばいなぁっていう、ある畏敬の念みたいの があったわけ。でも、こうやりながら「こいつから最後まで1本も取れないのは悔しい」と思ってやってた時に、ついに向こうが、「Oh, hey, Mystic man !」って言ってきて、おまえおもしろいって、エージェントやれって言われた時に、あ、一応最低引き分けには持ち込めたのかなっていうとこですよ。
M: その辺は・・・おもしろいですね。でも立川さんってやっぱり、負けないし負けを認めない人っていうのがあるような気がする。
T: いや、ぼくは本当に平気だよ、全然。前もシャングリラで言ったけれども、すごく好きなのは、「愛のコリーダ」で、藤竜也さんの「吉」がね、朝、 「チンチン、痛い」って言いながら自分ちに金を取りに行くときに、朝もやの中に、向こうから軍人の行進が歩いてきて、すれ違ったときに着流しでうつむき加 減に行くようなものが、人生なんだなって思うの。
で、それは体制と反体制っていうほど単純なレトリックじゃないかもしれないけど、やっぱりぼくは、あの行進するほうの人にはなりたくないとずっと思ってたし、今も思ってるから。
ただ「吉」が生きてた時代と今が違うのは、昔だったら、たぶん行進してる軍人と、女の家からうつむき加減で帰るやつとの間のコミュニケーションっていうの はなかったと思うよね。ありえなかったんだけど、今の時代だから、あっち側もこっち側の話を聞きたいと思ってるし、ぼくも別に、向こう側の話を聞くのも嫌 じゃないし、っていうとこで、かろうじて両者の関係性が成立してるんだと思う。
M: うーん・・・。立川さんが「行進するほうの人になりたくない」って言うのはぼくはすごくわかるんですけど、立川さんは明らかに、まあ今の雑誌とか の言葉で言うと「勝ち組」だし、世間からはどっちかっていうと行進する側の人って見られている事もすごく多いんじゃないですかね。
T: 全然勝ち組じゃないよ(笑)。
M: いやあ(笑)、でも、日本に存在するインディペンデントのプロデューサーとしては完全に勝ち組じゃないですか。今年から来年にかけての仕事の予定 なんて、万博だスペシャルオリンピックスだ大学教授だっていう固いものから、やわらかいものまですごいことになってるし。ロンドンに行ったのだって、ク イーンのスタッフと仕事の話をしに行ってきたわけですよね。そういう人ってやっぱり勝ち組っていうふうに見られがちなんじゃないかなぁ。
T: 確かにこないだはジム・ビーチっていうクイーンのマネージャーと会って話してきたよ。でもね、勝ち組って言うのはぼくから言うと、楽天の人――名前も知らないけど、楽天をやってる、何々さん?
M: 三木谷さん。
T: そう、あっちの人がはっきり言って勝ち組なんですよ。ぼくはべつに「金が無いな」ってほど困ってはいないけど、じゃあ「金はふんだんにあるぞ」って言ってサッカーチーム買うほどの金の100分の1も持ってないからさ、きっと。
昔で言うと、江戸の小さな旗本屋敷みたいなのを1軒持って、そこでかろうじて好きに暮らしてるだけですよ(笑)。
M: そんなもんですかね。
T: そんなもんですよ。だってそうじゃなかったら、例えば自分の事務所をもっと大きくしようとしたりするよね。それがすなわち勝ち組のロジックであってさ。やっぱり勝ち組って言うのは、今の全世界的に見てのロジックで言えば、数字だから。
M: う~ん。
T: じゃ、そういう意味で言えば、たとえばぼくが畏敬の念を持ってるさっき言ったストーム・トーガソンね。ほんとに彼が割り切っちゃって、金いくら だったら広告の仕事やるって言ったら、彼、たぶん、ストーム・トーガソン・コーポレイテッドみたいの作って、ロンドンだったら小さなビルぐらい買えます よ。
M: う~ん。
T: 彼は選んじゃうから。選んじゃうし、むしろ自分が、その音楽を聞いて好きだと思ったら、フイッシュもやるし、毛糸の玉みたいなものもCGじゃなくて作ったりして、相手から提示されたギャランティーよりもセットに使っちゃったりすることもあるし。
でも、例えばピンク・フロイドの「アトム・ハート・オブ・マザー」の時あの牛の写真て言うのは「俺は2枚しか撮ってない」って(彼は)言うわけ。牛2枚だと。牛2枚で、金、もらうと。まあ、10枚ぐらいは撮ってると思うんだけどさ。
だけど今度、例えばあの、「鬱」だっけ? ちょっとタイトル忘れちゃったけど、ベッドがガーッと海岸に並んでる。あれCGじゃなくて、本当に海岸にベッド並べてるわけですよ。そのバカさ加減。それって、自分がもらう金を海岸に並べてるようなもんだからさ。
でも、金なんてさ、日本の良い言葉で「金は天下の回り物」つってさ。使ってりゃ戻って来るんだよ。ほどほどには(笑)。
・・・ね?
M: (笑)。
T: だから、ぼくが行進してる側の勝ち組だと思ってるんだったら、それは恐らくみんなの大いなる誤解で。
M: ぼくはあんまり思ってないんですけど、世の中の立川直樹に対する大いなる誤解の一つとして、そういうのがあるような気がするんですよね。だからどうだっつうもんでもないんですけど。
T: でもね、多分、そうだとしたら、自分でそういうふうに言うのは嫌だけども、例えばそっち側に行ってしまってたとしたら、多分ぼくの今のカルト的な 人気はないと思うよ。やっぱり、そのストリートの子達から、例えばぼくと森永とか、ぼく単体でもなんか言われてるっていうのは、なんかそこに決して行進し てる人たちじゃない匂いを、それはもしかしたら若い子のほうが本能的に見抜いて感じてるのかもしれない。
むしろ同世代とか、ちょっと下の人たちが、いやぁ立川さんて楽勝じゃない?って思ってるほうが、実はやっぱり表層的な部分しか見てないのかもしれない。
M: 「剣客商売」に出てくる秋山小兵衛みたいなものかもしれないですね。
秋山小兵衛って、60になって引退して、若い女の子に手を出しちゃって二人でひっそりと暮らしてる。その時に権勢を誇っている老中の田沼意次が、権力を持つっていうことは拡大し続けるっていうことなんだっていう意味のことを言うんです。
で、秋山小兵衛は自分とは違う世界のことだなって思って、でも田沼意次がそういうふうに言うことは理解できるし、好感も持てるっていうふうに考える一節があるんですけど。
T: 旗本の、っていうのはちょっとあれだったけど、ぼくは千利休みたいなもんですよ。
M: ふうーん。
T: だけど、前もある人に言ったんだけど、最後の切腹をしない千利休でいられると。
M: 切腹するのは嫌ですか?
T: 嫌ですねっ、そりゃ(笑)。
M: (笑)。
T: 痛いのは嫌だし、そんな自分で・・・。そこで負けは認めたくないね。でも、日々、なんか問答して、ああ、殿様のことが正しいだろうなと思うところで素直に、いやあ、それは殿の言う通りですよって言える――へつらった意味じゃなくてね――ていうのがすごい、良いなあと思う。
M: なるほどね。
T: だからぼくは相手が自分よりすごいと思った時って、むちゃくちゃ素直だよ。そこで抵抗して無駄な力を使うつもりは全くない。
だから、自分より、ワインのことにしろなにしろ優れているものがいたら、ぼくはその人に物を頼もうと思うし・・・。
ただ相手より自分のほうがそれを知ってるって思う事に関しては、わりとストレートに、ぼくのほうが知ってるんだから、四の五の言うんじゃないよ、とは言 う。でもたとえば仮にそういうことがあった時に、なんか権力主義的な勘違い(をする人)っていうのは、その部分を過剰に拡大して相手の領域に入るじゃな い?
それって間違いだし、たぶん失敗の大きな原因だと思うんだよね。
M: ワインに詳しいからって、自分の全てを正当化しようとするような変な人っていますよね。
T: 「おれはどのぐらい金使ってワインを飲んできた」とかね。
M: 確かに立川さんそういう発想が極度に希薄ですね。
T: うん。
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