TIME WAITS FOR NOR ONE~立川直樹同世代トーク~

第2回 後編

M: そうやって、こうして生きていくんだっていう、自分のスタイルを維持するのってなかなか大変じゃないですか? いろんな横槍とかが入ったりして。
T: スタイルって言うのは・・・維持しようと思っちゃうとスタイルにならないと思う。だから、そういうふうにしかできないんですよ。だから例えばそれ は、キャメも好きだっていうレナード・コーエンとかクリス・レアとか、あれ以上で以下でもないっていう、ああいうのがスタイルなんだと思うんだね。彼らは あの声でしかないし、あれ以上を望んでないわけだから。でも、レコードを出せば制作費ぐらいは絶対回収できるわけ。確かにクリス・レアっていうのは「オ ン・ザ・ビーチ」の頃はもっと売れてた。でも彼は、今作ってるレコードぐらいのとこでいいんですよ。
M: じゃ、言い方を変えると、そこで迷わない秘訣っていうか、高層ビルを建てようと欲をかかない理由っていうか、根拠っていうのはなんでしょうね。
T: それは引き算だね。
仮に、こうすればいくらもうかります、継続して毎月毎月数字的なインカムがありますっていう話があったとするよね? でもそれをやれば当然時間も取られるだろうし、ビルを建てるってことになれば「社内」っていう世界が発生し、対人関係で銀行との付き合いとかいろいろなこ とも出てくる。そういうところで消耗していく時間ていうのを、それをビジネスマンは苦にならない。でもぼくは苦になるんですよ、単純に。
だったら小林秀雄さんじゃないけども、桜の花を置いておいて、それを見ている3時間のほうが、自分にとってはすごく幸せだろうっていうことなんだ。
M: それはもう迷わないもんなんですか?
T: できないからね。
M: たまには、なんか高層ビルも建ててみちゃおうかなあ・・・なんて?
T: 全然思わない。
そこで思うに、ぼくはそういうふうに思わないって言い続けることによって、高層ビルを建ててる人とか、建てようと思ってる人たちと付き合ってこれたんだと思うんだ。たぶん彼らはぼくとは付き合っていいって思えるんです。バッティングしないから。
M: すっごいわかりやすいなあ。
T: ぼくがこんなことがしたいって言ったら、その高層ビルグループの人が、「それってうちの会社でそういうのがあったほうがいいかもしれない」とか言ってやらしてくれてるだけなんです。
そういう意味ではさっき言った千利休とかそういう感じであって、ラスプーチンにさえならなきゃいいんですよ。
M: なるほど。・・・こんなの出していいのかな?

イッツ・ア・ショー・ビジネス!

M: ちょっと戻るんですけど、そのベタなカッコいいロックみたいな話があったじゃないですか。ぼく、最近追体験としていろんな音楽を聴きながら新しい のも聞いてる中で、すっげえカッコいいなと思って聞きなおすのが、60年代後半のものがすごく多いんです。グレイトフル・デッドのライブとかアルバート・ アイラーの「スピリチュアル・ユニティ」とか、ジェフ・ベック・グループの「トゥルース」とか。
本質そのまんま、そこからずれてない感じっていう。しかもなんか、余計なものがなくてすごくストレートな感じが、あの辺に集中してたのか、たまたまぼくが今聞いているものがそうなのか・・・。
T: あの辺に集中してたんですよ。
M: それってどうしてなんでしょう?
T: 時代とテクノロジーと、いろんなものがうまく出会った時代だったんだね。
M: それはたとえば、テクノロジーの進化が表現をリアルにしていったっていうことですか?
T: この前もこれ、ある人と話してて、古くならないうちに、どっかで何ページか書いてもいいなと思ってるんだけど。レコーディングが2チャンネルから はじまって4チャン、8チャン、16チャン、32チャン、48チャンまで行く流れがあると。で、ビートルズっていうのは2チャンか4チャンで録音してて、 つまりジョン・レノンのリズム・ギターとジョージ・ハリスンのギターが一緒に入ってた・・・今みたいに複雑なダビングとかなんとかっていうのは出来なかっ たんですよ。
ということは、当時はレコーディングっていうのはそこにものすごくクリエイティブなものがあって、本当にギターがうまい人、歌がちゃんとうまい人っていう 人しかできなかったんだけど、つぎはぎが可能になってくると、やっぱり明らかに以前のプリミティブなものと違う、新しい表現媒体になっていったんだよね。 音楽が。 それはもちろん功罪合い半ばするところであってどんどん「普通の人」がロックをやるようになっていったっていうことでもあったわけだ。
今日もたまたまここに来る前に、今、自分達インディーズでやってるんですっていう人たちと会ったんだけど、話を聞くと、ぼくらが知ってるミュージシャンじゃないんですよ。普通にその辺のブティックで仕事してても不思議じゃない、良い子なの。 でも昔はそれは、女の子でも、カルメン・マキしかり・・・・他のところで仕事なんかできねぇよなっていう人が、唄ったり弾いたりしてたの。やっぱり、ロックのワンダーランドみたいのがあったわけですよ。
M: ジャニス・ジョプリンみたいなああいう・・・。
T: そうそう、だってジャニスが他のことできないじゃん。ジミ・ヘンが他になにができるのよ。でも今の若いミュージシャンってみんな全然普通じゃない? その違いだと思うね。映画俳優とか役者って言われる人でも、演技力とか、若干、禁治産者的なものが入ってるほうが良いんだよ。
M: なるほどね。
T: でもね、ここが微妙なとこなんだけど、ぼくが土曜の深夜にパール・ラウンジで感じたことっていうのはすごくリアルだった、と。でも人間って結構、そんなに強気じゃ生きていけない、強気だけじゃね・・・。
やっぱりこう、新しい音楽とかもレコード会社の人に薦められたりして聞くじゃない?でも、聞いてるうちに、徐々にこう、だんだん慣らされてきて、あ、こう いうのも良いなっていう中で、じゃノラ・ジョーンズの新しいのがあった、サラ・マクラフランの新しいのも良かった。それはそれで本当なんだよ。
でもね、そこでジャニスを聞いちゃうと、それは「すごいな」なんだよ。良かったとすごいなの違いみたいなのはあるの。
でも、自分は過去に生きてるわけじゃないから少なくともノラ・ジョーンズとかサラ・マクラフランぐらいのレベルのものについては普通の良さっていうのがあ る、おもしろいっていうことを外には言いたいんだよね。そこで、(ロックは)「ジャニスで終わってるよね」って言うのは、どっかの古い村で傷なめあって生 きてるジジイたちのやることで、ぼくはそっちにもなりたくない。
ノラ・ジョーンズ良いよ、って言うことでなんだか都合よくミズスマシのようにしてる(人間だ)と思われても、エンターテインメントの世界っていうのはそもそもそういうもんなんだよ。たぶん、それは。
M: それは立川さん流の世渡りの仕方っていうところもありますか?
T: いや、世渡りじゃなくてさ。「ザッツ・エンターテインメント」っていう映画の中で「イッツ・ア・ショー・ビジネス」っていう言葉があって、例えば その、ショー・ビジネスって言葉は、アート志向の人とか何とかからすると、なんかこう、すごく芸能チックだと思うけど、でも今も昔もアート・シーンって ショー・ビジネスなの。それは例えばゴッホが、生前は認められなかったけど、家族は彼が死んだあとに金儲けしたとか、ね。
なんかみんな、ポップ・ミュージックの世界だけ金儲けだとかなんとか言って批判するけど、クラシックの世界だってもしかしたらポップ・ミュージック以上に 金銭的に毒されてるかもしれない。でもクラシックに関してはみんな「何々様!」ってなっちゃうことのほうが、ぼくはむしろフェイクだと思う。
M: うーん。
T: それはだから、例えばバレエの世界だってそうだし、ピナ・バウシュだって、ベジャールだって、皆、特別視するけど、ピナ・バウシュとベジャールとローラン・プティとみんな一緒なんだよ。皆、巧妙にビジネスしてるの。
それをなんか、こう、ジャンルとか文化性とかっていうことでやってる人のほうが野暮で、全てはショー・ビジネスなんですよ。ショー・ビジネスじゃないんだったら、ベジャールがお金取んなきゃいいんです。
でも、少なくとも興行として皆やってるってとこを突き詰めていけば、極端に言えば新宿のTSミュージックで踊ってるストリッパーの女の子も、ピナ・バウシュのヴッパタール舞踊団も同じですよ。
M: うん。
T: もちろん違うものではあるんだよ。でもさ、また話は飛躍するけれど、ストリップの世界っていうのもある時にAVの子達が進出して来たっていうこと と、それからポラロイドショーとかを始めたことによって、中途半端な観客席とのコミュニケーションが・・・コミュニケーションってえらそうに言うけど、な んかこう、ただ、なよってるわけよ。(ポラロイド撮影を)「500円でどうですか」って。あんなのダメですよ!
だから何で浅草のロック座が良いかというと――まあ、本当はあそこまできれいなものよりも、もっと下卑たものが入ったほうがいいと思うんだけど――あそこ、ポラロイドとかやらないからなんだよ。
ロック座には、まだ一応そのストリップショーの構成美があって、ただ、そういうものがあそこにしかなくなっちゃったことって悲しいよね。
M: まさに全ては「Let me entertain you」の世界ですね。
T: そう・・・。

ロックが豊穣さを手に入れた70年代と自分自身のこと

M: 前に立川さん、おっしゃってたじゃないですか。
1969年のウッドストックの後、世界が一つになるかもしれないっていう雰囲気が世の中に満ちていた数ヶ月があったと。で、その数ヵ月後にオルタモントがあって、そこで幻想が終わったんだって。
そういう時代の空気っていうのはぼくには知る術もないんですけど、でもその1969年に向けての数年間に発表された音楽の「熱」みたいなものはすごく感じることができて。もしかしたらあの頃がロックのピークだったのかなと・・・。
T: いや、ぼくはそれは70年代に入っても続いたと思う。60年代に力任せにこうガーッといってたフーとか、まあジェフ・ベック・グループとかジェファーソン・エアプレーンとかが、適度なテクノロジーを手に入れたときに作った音楽の良さを思うとね。
だから60年代ロックでポジションをつかんだ人が70年代にテクノロジーを手に入れた時に、すごくスケールが大きくなったと思うんですよ。そこの豊穣なものっていうのは、ぼくはすごく認めてるわけ。
M: ロック・ビジネスも、そのあたりで格段に進化、拡大していくわけですよね。
T: そう。ロックの中に新しい階級社会っていうか、貴族性みたいなものが形成されていった。ストーンズとかクイーンとかに代表されるものがね。
だからローリング・ストーンズって60年代もいいけど70年代って言うのも実はすごい。
M: すごいですよね。
T: これは結構意外と皆評論家も書いてないんだよ。「ブラック・アンド・ブルー」にしろ・・・。
M: 「スティッキー・フィンガーズ」って72年?
T: 71年だね。とにかく「スティッキー・フィンガーズ」からはじまる70年代のローリング・ストーンズっていうのは、こう、ロック・シーンの中で皆意外と忘れててさ。 60年代がすごかったのと、後は長くやってるってことだけが前面に出たつまんない論調が多いんだよね。
M: 「スティッキー・フィンガーズ」ってぼく、ストーンズの中で一番すごいと思うんですけど。
T: ぼくは「ブラック・アンド・ブルー」だと思う。むしろ「スティッキー・フィンガーズ」っていうのはわかりやすいすごさだと思う。「ブラック・アンド・ブルー」っていうのはむしろディープなすごさ。
M: でも、やっぱり昔のほうが良かったなぁって思う部分ってないですか?
T: それはあるよ。あるけどそれはでも自分にしたって、20代初めのときに書いたライナーノーツなんて、あんなものは、今、書けないもの。
M: あ、そうですか。
T: ああいうパワーってのはないね。
そういうなんか、ものすごい、時間かけて、何回も何回も作って、そういう意味ではこう、何テイク聞き込んで、小節まで自分で聞いてっていう。今はもっと、 つるっと、落語じゃないけど、「おう、隣のはっつぁん」みたいな感じで書けちゃうわけだよ(笑)。それがキャリアだと思う。でも、道場でヒンズースクワッ ト1000回やりましたとかみたいなものを経た時代、20代の若さで書いたものって自分で見てもすっげえなって思うよ。
M: その頃も「何だよおまえ」とか言う人はいなかったんでしょ?
T: いなかったですね。それはそういう意味では、若いときから、さっきキャメが言った成功とか認められるかどうかって言えば、わりとかなり早い段階で 認められてたっていうのはあったと思う。でもこないだの「永遠の質問」の回答にも書いたけど、ぼくは自分で1回も、今がベストだとか、これで大丈夫だとか 思ったことはないよ。これで大丈夫だと思ったらやめたほうがいいんじゃない?
M: それはもう本当に――本当にっていうのは何ですけど、心底そういうふうに?
T: うん。常に新しいものが出てくるわけだからさ。自分の中の欲求でも、他の人の作るものでも。
M: でもそこで、自分はやっぱりエンターテインメント・ビジネスの中でやってくんだぜってことはあるんですね?
T: いや、やってくんだぜっていうか、他のことができないんだよ。思いっきり他のことできないんだよ、ほんとに(笑)。経済とか、会社とか。だから他 のことができないからきっと、会社側の人は一緒にやってくれてるんじゃないかと思う。その、別にへつらった言い方でもなく。自分達にないものをぼくが持っ てると。
ぼくは、中途半端にビジネスワールドに顔突っ込んだりとか、したこともないから。常に本能的にしか判断しないし、本能的にしか、ぼくはこれをやりたいとか 思うんだけど、これはやりたくないと思うっていうことがそこにあるから、なんとかなってるだけなんで。映画の見方もそうだし。だから「ロード・オブ・ザ・ リング」も見てないから。
M: 見てないんですか?
T: 見に行ってもしょうがないと思うんだよな(笑)。あれはぼくが四の五の言うもんじゃないと思うからさ。
最近もアカデミー賞下馬評とかで、とりあえずなんかわかりやすい映画評論家の人たちが「やっぱりピーター・ジャクソンじゃないですか」って言ってるのを見ると、ああ、そういうもんなのかなと思う。
例えばシャーリズ・セロンが13キロ太って、「アカデミー賞っていうのは変身した人が賞を取るんでしょうか?」って誰かが言ってれば、それも、ああそんなもんなのかなって・・・。
でもね、それはぼくにとってあんまり深く関係のある世界じゃないんだよな、やっぱり。・・・すねてるわけじゃないんだけどさ。
ただそういうアカデミーの話を聞いたりした後に家に帰って夜中に部屋をひと片付けした後に、石井輝夫の「盲獣 VS 一寸法師」的な映画を見てるぼくって・・・まあきっとそんなもんなのかなって、極論で言うと思うんですよ。
M: なるほどね。
T: だからビヨンセがグラミー賞いくつとったかっていうのも、はっきり言ってぼくにはあんまり関係ないんだよね。
M: ビヨンセもアウトキャストもそうですけど、最初聞くと、あ、かっこいいじゃんとか思うんだけど、あんまり一生大切に聞き続けていく音楽って感じはしないですよね。
T: だから良い悪いじゃないんだよね。ビヨンセだアウトキャストだっていうことで成立してる社会を、ぼくは否定もしないですよ。
でもぼくは一日の終わりにビヨンセよりは、オーティスの「ファ・ファ・ファ」を聞いてるほうがいいなと思うだけですよ。「ファ・ファ・ファ」聞いてるのがかっこいいと思ってるわけでもないんだけどね。
むしろ、時の流れから見れば他の人が高速艇で走ってる時にぼくは四万十川の川下りをやってるようなものかもしれないと思うこともあるよ。
でもね、ぼくは四万十川が好きなんだよ。
M: うん・・・、めちゃめちゃかっこいいと思いますけどね。
60年代後半ロックがすごくいいのと同じくらいに、やっぱり長くやってる人のすごみっていうのを感じることが多いんですけど、トニー・ベネットってすごく良いよなぁとかね。
最近、遅ればせながら「With my friends」っていうトニー・ベネットがブルースを歌ってるデュエット・アルバムを聞いたんですけど、あれなんかもすごくいいなぁと。 そこでスティービー・ワンダーとかビリー・ジョエルとかの大御所たちに混じってシェリル・クロウががんばってる感じも良くて。
シェリル・クロウって、ザ・フーのトリビュート・アルバムで「ビハインド・ブルー・アイズ」を歌ってた時にも思ったけど、ああいう時って普段の芸風とかなり違うんですよね。ああ、こういうふうに幅の広い人なんだなって思った。
T: 若干姑息だけどな。
M: その姑息な感じがするくらい、違うじゃないですか? あ、そうか・・・そう、姑息なんでしょうね。あれって。
T: うまいと思うよ。
M: ね。うまいんですよ。あの、「私は大ベテランの胸を借りて一所懸命やってます」っていうニュアンス。
T: そう。
M: で、この前も名前が出てたんですけど、鬼束ちひろさんってシェリル・クロウに似た何かがあるような気が、ぼくは前からしてて。特にファーストとかすばらしいと思うんですけど。
T: スザンヌ・ヴェガとシェリル・クロウの合体版だね。
M: でも鬼束ちひろさんっていうのはこういう巧妙さみたいのはないのかなぁって思ったんです。その、シェリル・クロウのデュエットを聞いた時にね。
T: ああいうフットワークはないよな。そっちでいくと最近はやっぱり平原綾香の「ジュピター」じゃないですか? ホルストの「惑星」に詞、つけたやつ。
基本的に、音楽って歌とメロディーとちゃんとしたサウンドじゃない?
今、クイーンがまたヒットしてるけど、あのバンドって全くオリジナルなんだよ。オリジナルの極致。そこがやっぱりすごい。
M: オリジナルすぎて変な気がしますよね。通して聞いてると。
T: すごく変だよ。
M: 先月の玉三郎さんはどうでした?
T: 二人道成寺?すごかった。今月の三人吉三も見といたほうがいいよ。ものすごいよ。全三幕ぐらいで、ひさしぶりに長い芝居だから。
M: 見たいな。そう言えばあさって瀬川瑛子・中条きよしのコマ劇場っていうののチケットをもらったんで行こうかな、と思ってるんですよ。
T: へぇ。だったら3月20日の日比谷公会堂のロカビリー三人男ってすごいと思うんだよね。
M: それって誰が出るんですか?
T: 山下敬二郎、ミッキー・カーチス、平尾昌晃。
M: 三人出るんですか?
T: 出るんですよ。
M: しかし、ほんとにすごいところまでチェックしてますよね?
T: 他のことができないからね。それだけですよ・・・。
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