ARCHIVE:緊急日記

2007年7月26日~8月1日

Jul 26th(THU)
本当に時間が欲しい。時間さえあれば…という言葉が思わず口をついて出る。SFの話じゃないが、銀行のノリで時間銀行があればいいのになんて、とんでもないことまで考えてしまう。
新しいポップ・デュオ、ヤング・ギャラクシーのデビュー・アルバムをBGMに車を走らせ、10時からのトライ・グループでのミーティングに始まり、イタリ ア文化会館の“ヴィスコンティ展”の御案内。リニューアルを考えている「小かぶ」での試食と試飲。東急本店での“日本のエンターテインメント半世紀展”。
「イーグル」での“FOLTE”のミーティング。EMIでの“YUMING PROJECT”のミーティングをこなす。自分でもあきれる量。でも、頭もさえているし、体調も全く悪くない。
6時30分からはやっと落ちついて「オステリア」でI氏、T氏と会食。I氏とは仕事を通して旧知の仲。T氏とはきょうが2回目だが、とてもバイブレーションが合う。何か新しいプロジェクトが始まる予感。でもこうしてまた仕事が増えて、時間がなくなってしまうんだろうな…。
その後は晴海客船ターミナルで催された“AUDI R8 NIGHT IN TOKYO”なるイベントに顔を出す。冷たい風と、近未来的なTOKYOの夜景。それと非常に美しいR8がうまく溶けあって酔った頭と身体を気持良くさせてくれた。


Jul 27th(FRI)
9時少し前に諏訪に向けて出発。
途中、思いがけない渋滞があり、中盤からはかなりハードボイルドなドライブになる。クラッシュのビートが大いなる助け。
11時50分から諏訪湖ホテル玄関前で開かれた“諏訪の長い夜”のオープニング・テープカットには滑り込みセーフといったところ。その後は浜の湯で9月 22日のイベント“芸を遊ぶ夜”のビジュアル・チェックをすませ、「古畑」へ。いつもながら本当にここの鰻はおいしい。鰻重の前に地ビール・りんどうを飲 みながら、きも焼きと川えびで軽くつけた助走もぴったりだった。
午後は眼の前に諏訪湖が広がる部屋で生徒のレポートをチェック。成績表をつける作業。時間は本当に矢のように過ぎ去っていく。
夕方、K君たちと待ち合わせて、ハーモ美術館ティーセントホールで開かれている“諏訪の長い夜”スペシャルイベント・“僕達の展覧会~夏編~”に出かける。出演は友部正人と三宅伸治。
オープニングのディランの“ライク・ア・ローリング・ストーン”のカバーにちょっと言葉では説明しきれない妙な生々しさがあった。それから下諏訪まで移動。御湖鶴の酒蔵コンサートでユキエちゃんの歌うジャズを少し聞いて「四季」へ向かう。
M氏、M君と3人で楽しい酒宴。最後の地物のアスパラガスの素揚げが絶品だった。「四季」の後は「桃源郷」で1日のしめくくり。“J・J・ケールとスー パーセッション”、それにジントニックの組合せが申し分なし。忙しい1日だったが、ちょっと週末の夏休みのような気分も味わえた1日だった。


Jul 28th(SAT)
浜の湯に滞在して仕事をする。窓の外は暑そうな夏の日。12時に「さざんか」で食事をしながらY氏、M氏と“諏訪フューチャーデザインプロジェクト”を一区切りさせるミーティング。
3時からは8月に木曽温泉で行われる“木曽踊り”のミーティング。将来“風の盆”みたいになればいいと思っているし、時間をかけてゆっくりやっていくプロジェクトも悪くない。
そして夕方からはBar「桃源郷」での“団塊パンチ”のクラブ・シャングリラの対談に始まり、「珍来」での食事と諏訪湖の花火を見ながらの湖上クルージン グ。再び「珍来」に寄って、夜中まで「桃源郷」でロック漬けのパワフルな夜。ヴァニラ・ファッジの“ユー・キープ・ミー・ハンギン・オン”から、ジェ ファーソン・エアプレインの“ロック・ミー・ベイビー”あたりまでディープなロックの魅力に文字通り酔いしれる。


Jul 29th(SUN)
きょう東京に戻るMクンに原稿を持って帰ってもらうため、6時過ぎに起きて、8時の朝食まで原稿書き。TAPのcobaの対談のまとめだが、中々おもしろい。BGMのエニドが意外とはまる。これは絶対、車の走りには合わない音楽だし、家で聞いてもだめだったろう。
昼はMサンと“登美”に出かけ、日本そば。その後、諏訪大社・下宮春宮の下見に行く。数ヵ月前に下見していたのに記憶がとんでいた。そんなことってあるものなんだといたく反省しつつ、またいろいろなアイディアが浮かぶ。
午後はサンルームのような部屋で陽の光を浴びながら、資料をかたづけたり、原稿書きの準備をする。3日目にもなると何だか夏の別荘で仕事をしている感じだ。ここにいるからと人が訪ねてくる感じもいい。
そして夜はY氏、B氏と長野日報で2年近く連載した“マジカル・ヒストリー・ツアー”の打上げ夕食会。連載の内容が評判よかったのと、諏訪の仕事が一段落 し(思い通りにならなかったのは残念だったが)、食事のおいしさもあって最高に盛り上がる。夏の和食とモエのコラボレーションはぴったりだ。その後は前夜 に続き「桃源郷」へ。
10時30分を過ぎた頃、急に興がのり、フクちゃんとDJバトルを楽しむ。エリック・バードンにリトル・リチャード、そして勿論ストーンズ。ロックとつきあうディープな時間は本当に楽しい。


Jul 30th(MON)
バケツをひっくり返したような雨で目がさめる。いつもの美しい湖の景色は灰色の暗い景色になっている。でも、不思議なことに松本に向けて出発する10時頃にはほとんど雨があがる。M氏にもからかわれてたが、自称“晴男”はこれだとますます図にのってしまうのである。
久々にジョン・ケエルを聞きながらのドライブは、何だかとても映画的だった。ポール・オースターが本を書きそうな…。
11時にはホテルブエナビスタについて、M氏、T氏と久石譲のコンサートの打合せ。
昼はホテルの中の「聖紫花」で冷やし中華を食べて、松本城の舞台設営工事の始まりを見届けてから、東京に戻る。約250キロのドライブ。
ブランシェからエアロスミスまで音楽が鳴り続ける。
ペニンシュラには5時ぴったりに到着。イベントの打合せはまずまず順調。夜はM氏と「Va-tout」で待ち合わせ。前から話を聞いていた飯倉片町の「うちわ」に行ってみる。とても不思議な割烹。酒は立山、食事は穴子柳川や鯖一夜干しetc。悪くない。
その後は「ENN」で気になっていたスパゲティ・ナポリタンとジントニック。帰りは雨。なんだかドラマティックで忙しい1日だった。


Jul 31th(TUE)
11時、イタリア文化会館でY氏と待合せ。“ヴィスコンティの遺香”をカメラ目線で撮影し、サイトで流そうというアイデアが浮かび、相談する。
午後はすみだトリフォニーホールで久石譲・ワールド・ドリーム・オーケストラのリハーサル。車の中で流れるU2やクリスティーナ・アギレラなどが歌うジョン・レノンの歌がよく出来た映画の場面のように、錦糸町との往復にぴったりとはまる。
夜は「SHIBUYA O-EAST」で夏木マリがヴォーカルをとるGIBIER du MARIのライブを見る。バンドのメンバーのノリが真面目なので、マリさん孤軍奮闘という感じ。帰宅後は、かたづけものと格闘。ああ、時間が欲しい。


Aug 1st(WED)
朝刊を開くとM・アントニオーニ死去の記事。昨日はベルイマン、一昨日は小田実とカール・ゴッチ。確実にひとつの時代が終わっていくことを感じる。
午前中はミー・リンの日本デビューが決まったので、最初に彼女を知るきっかけになった“チャット・ウィズ・モーツァルト”のライナーノーツを書く。昼は「Va-tout」でI氏、Y氏とランチミーティング。ヴィシソワーズとハッシュド・ビーフがぴったりとはまる。
安富祖貴子の次回作のプロデュースをすることになって、その選曲やヴィジュアル・イメージの話などをする。
午後はTAPの原稿書きと、電話でたくさんの用事をすませる。ライ・クーダーの旧作が一挙に紙ジャケで発表されたので、ずっとライ・クーダーを聞き続ける。その魅力と音楽的深さは確実に時空を超えている。
5時にはKIRIN LAGER CLUBのイベント、“ブルース・シマブクロ・デビュー・ライブ”のために原宿クエストホール入り。
6時にはカメラマンのTクン、M&IのYさんと隣のカフェ「STAGE Y2」でミー・リンのヴィジュアルのミーティング。夕方のフローズンミントダイキリがランチ同様ぴったりとはまる。兄のジェイク・シマブクロも数曲ジョイ ントしてのライブ終了後は、原宿の台湾料理屋「千」でスタッフと打上げ。 ピータン豆腐、台湾竹の子炒め、アサリ炒め、ギョーザ等、全て抜群のおいしさ。ビールと紹興酒とのバランスもよく、楽しい夜になった。忙しさの旅はまだま だ続く。

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