WORKS~立川直樹全仕事~

1993年 SIDESTORY 6

『60's by YOKOO TADANORI』

t: この年の最初の『60's by YOKOO TADANORI』って、良い展覧会だったんだよな・・・。
いつも思うんだけど、ぼくって自分が見たいものとか、聞きたいものを作るのが好きなんですよ。で、この横尾さんの展覧会っていうのは、それの極致だったのかもしれない、この頃の。
60年代っていうのは、ぼくは10代だったから、平凡パンチのグラビアだとかの(横尾さんの)いろんなデザインを見ていたんです。
それで、その頃の作品がどうやって生まれていたのかなっていうところを見たいと思ってたから、(当時の)清刷りとかを全部展示したの。ゲラの再校してチェックしたやつだとか、入稿原稿とかも。すごい受けましたね。
m: そうでしょうね。
t: それまでの展覧会っていうのは、完成品の展示ばっかりだったんですよ。
完成以前のものを展示するとおもしろいんだよっていうことを一番最初にやったような気がするな・・・。

久石譲さんとの仕事

m: この『JOINT 93』では久石さんとライブのお仕事をご一緒なさっています。
t: それは久石さんのアルバムのプロデュースをした時に、その流れの中でコンサートをやるっていうことになってやった仕事ですね。
m: 久石さんって立川さんからみてどういう存在ですか?
t: 才能の有る人ですよ、すごく。
同時に自分にすごい自信のある人で、ぼくが一緒に仕事をした時は、演奏した後に「どうだった?」って意見を求められたんだけど、そういうことって(普段)あんまりしない人らしいんだ(笑)。
でも(一緒の仕事では)いい結果が出ていたと思いますよ。
m: 93年が『ソナチネ』なんですよね、(北野)武さんの映画で言うと。
t: そうだっけ?
m: そうなんですよ。で、前年の92年が宮崎監督の『紅の豚』。
この辺・・・その少し前ぐらいから、映画音楽の、非常に才能のあるアーティストとして評価されだしたという感じだと思うんですよ。
t: なるほどね。ぼくのプロデュースした『My Lost City』は大傑作だと思うよ。今度聞いてください(笑)、すごいよ。これもね、アール・デコの時代という、そういう世界で・・・。

昔のよもやま話


以下は、今回のおまけトーク。
この日同席していたk嬢も交えて、まだ30代前半の立川氏がポリスのメンバー、YMOのメンバーたちと一緒に写っている写真を見ながら・・・。

K: これ立川さんなんですか?全然顔が違って見える。
t: タヒチにいた頃なんかもっとすごいよ、それこそデカダン!だよ(笑)。
他にも、ぼくが撮ったスティングとビル・グラハムの写真とかあるなぁ、探せば。
ポリスの93年ぐらいの全米ツアーで、ゴーゴーズが前座でやったツアーを取材するという話があったんですよ、すごく売れてたんで。
そしたら、スティングもスチュアートも「フォトグラファーはだめだ」と。「入れたくない」と。「でも写真が無きゃ載せられないよ」って言ったら、スティングが「お前が撮るならいい」と。
そしたらちょうどそのツアーってビル・グラハムがプロモートしてて、ビル・グラハムとスティングがバスケットボールやってる写真とか全部撮っちゃって。結構おかしいでしょ?
K: その写真って、今でもどっかにあるんですか?
t: 探せばあるな。
あと、そんな話で言うと一番おかしかったのが、メロディ・メーカーかなんかだったんだけど、タイトルがモOne Japanese guy broke up Japanモみたいな見出しの記事が載ったことがあったの。
つまり一人の日本人がジャパンを解散させたっていう、そのJapanese guyがぼくなんですよ(笑)。結局、(その記事は)ぼくが彼らにアート志向を植え付けたことによって、アイドル系のバンドが自意識を持ってしまったがた めに、解散したっていう。それは結構おもしろい記事でね。
K: それは事務所にあるんですか?
t: 事務所か、大学のライブラリーにありますよ。
K: なんですか大学のライブラリーって?
t: 金沢工業大学にぼくが作ったポピュラー・ミュージック・コレクションって いうレコードライブラリーがあるんですよ。
今、収蔵レコード枚数13万枚で音楽書籍の山、という(笑)。
K: すごーい!楽しそう!!
m: 立川さんが寄付なさったレコードなんですよね?
t: ぼくが13万枚寄付したんじゃないよ(笑)。僕は2万枚ぐらいだけど、それが種銭になって・・・
K m: 種銭(笑)。
t: すごいよそれ。
K: それって、でも普通の人は入れないでしょ?
t: 入れますよ。
そう、さっきのビル・グラハムの写真なんて、そんなの(このWebサイトに)出したって、何の問題も無いと思うよ。今思うとね、撮っときゃ良かったっていうシーンって、他にもいっぱいありますね。
もう、ウォーホールと、ポール・モリシーって言う監督と、あとなんだっけ・・・結構ある。
もったいないことをしたと思う気持ちと・・・でも、今、無いからいいんだって言う気持ちも一方にはあるんだけどね。
昔のことって、結構、人からは言われるんだけど、記憶にさえなかったりすることも多いし。村八分時代の(山口)富士夫のために仕事をしたっていう話もそう だし、鈴木いづみさんと付き合ってたって噂もあるんだけど(笑)、そんなに会ったこともないのになんでそんなこと言われなきゃなんないのかなって(思 う)。2回、会ったくらいなんだけど、なんか、そういう運命にあるのかな? いろいろと言われちゃう・・・。
m: ま、70年代はお伽話の時代ってことで。
t: キャメロン、「お伽話」ってフレーズ、好きだよね?ぼくの「デカダン」と好一対かもしれない(笑)。

●ポピュラー・ミュージック・コレクション
立川氏の提案とレコードの寄贈を基に、1992年4月に金沢工業大学内に開設された、レコード、音楽書籍、雑誌、楽譜等から成るライブラリー。

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