WORKS~立川直樹全仕事~

1993年 SIDESTORY 3

  

『大病人』

m: この年公開された『大病人』は伊丹監督の復帰第1作目なんですが、今回見直してみて、正直言って、『マルサの女』などの作品と比べると、ちょっと厳しい出来なのかな、と思ってしまったんです。
t: ・・・。
m: ぼくは、三國連太郎さんってすごく好きなんですけど、それでも、最後までどうしても映画の世界に入り切れなくて。
立川さんと本多さんの音楽も、快心の出来、では少なくともないですよね?
t: ・・・それはねえ、君の言うことを否定はしない。
あの作品がああいう形で公開されるに至るいきさつがいろいろあったんだけど、今、それをこの場で話すのはまだ、ちょっと生々し過ぎるんですよ。ぼく自身にとっても、他の関係者の人たちのことを考えても、ね。
m: 部分的にでも、難しいですか?
t: ・・そもそも、伊丹さんはメジャー監督指向ではなくて「2本立ての併映作品」を作りたいっていう指向のあった人で。
『お葬式』から始まって『マルサの女』で加速度がついた感のあるヒット・メイカーとしての伊丹さんっていうのはあくまでも結果なんですよ。
この(『大病人』の)時は特に、思い切って地味だけど良い作品を作ろうとしてて、シナリオもすごく良いものができつつあった。暗かったけどね、でも良かったんだよ。まるでベルイマンみたいだったな。
でも、そうこうする内に、周囲の状況が変わってきて、やっぱり『大病人』は大ヒットを狙いたい、というふうな申し入れが伊丹さんサイドにあった時に、彼は 結構義理堅いタイプの人だから、ちゃんと筋を通して頼まれると、「わかった」って言っちゃうんですよ。で、結果的にはコメディを作ろうということになった わけです。
ぼくはぼくで、当時は「伊丹組」の一員だったわけだから、もし、もしもだよ、「あっ、これはやばいなー」と思ったとしてもそこで逃げるわけにはいかなかったよね。
m: ぼくは今回『大病人』を見て、半日ぐらい暗くなってしまって。
あのタイミングであの映画が公開されたことで、エンターテインメント映画の監督としての伊丹さんのその後のあり方に相当大きな影響があったんじゃないかと思ったんです。
t: ま、その話は今日はこのへんで。いつかちゃんと話せる時が来ると思うけど、今はまだ・・・。後で、キャメロンにはこっそり教えてあげるから(笑)。
ぼくは伊丹さんの映画の中では『あげまん』が特に好きだな。伊丹さんの洒脱な部分がとても良く出ていて。
m: 三國さんの出た『マルサの女2』もすごかったですね。
t: うん、あれはすごかったね。
伊丹映画が暴走列車のようにかっこ良かった時代ですよ・・・。

立川直樹、映画について語る(その1)

m: 洒脱、ですか・・・。そう言えば、立川さん、映画でもなんでも「お涙頂戴もの」が嫌いだとよくおっしゃってますけど、 ぼく、立川さんに薦められて見た『あの頃ペニー・レインと』にしても『耳に残るは君の歌声』にしても、『スティル・クレイジー』でさえ、見ていると滂沱の 涙になってしまうんですね。
もちろんそれらの映画を「お涙頂戴もの」と表現することが不適切であることは感覚としてはわかるんですけど、ぼくの中では、「本当の感動による涙」と「お涙頂戴の意図によってもたらされた涙」との違いを、どうもうまく規定できなくて。
立川さんにとっての「お涙頂戴もの」というのは、たとえばどういうことを指すんですか?
t: 君はそういう話が好きだね(苦笑)。
誤解を受けやすいからあんまり言いたくないんだけど、かわいそうな人がさらに辛い状況に陥っていく話とかは、やっぱり安易な感じがして嫌いなんですよ。そりゃ、そういう話のほうがうけるに決まってるもの。
「貴族モノ」のように、崇高なものが堕ちていく姿が好きなんだよね。
m: ヴィスコンティ?
t: そう、ヴィスコンティとかティント・ブラスとかね。
だからね、ぼく、キャメロンとこうやって話すの好きなんだけど、何でかって言うと、話してて自分がわかってきた気がする。ぼくはやっぱりね、はっきり規定できないものが好きなのかもしれない。
m: わかります。でもなおかつ、はっきりさせることが好きですよね。
t: はっきりしないものが好きだって言うことをはっきりさせるのが好きなんだろうね(笑)。
例えばその、ぼくはなんでアメリカ映画が好きじゃないかと言うと、結論を引き出し過ぎてるんだよね。
ヨーロッパ映画、昔で言うとベルトリッチの『暗殺の森』とか、『暗殺のオペラ』の頃の結論が非常に曖昧な感じが好きなんです。
でもベルトリッチも後期には、結構やっぱりこう(結論を)引き出しちゃってるよね。
m: じゃ、ビリー・ワイルダー監督の作品とか、好きじゃないですか?ああいう、オチがついちゃってるものは?
t: あんまり好きじゃないですね。
m : ああ、そうですか。
t : ぼくはだからその、ビリー・ワイルダーとか、その辺のアメリカの職人監督って言うのは、技術的にも認めるし、良いって言う人がいるのはわかるんだけど、好きじゃないって言うか、自分の中には「居ない」んです。
とにかくこう、ねじれたものが好きなんだね。
だから、ヴィスコンティだとか、フェリーニだとか、あとは、まあ、最近パトリス・ルコントなんか、すごく好きなの。ちょっと前の『橋の上の娘』なんて傑作ですよ。
m : ルコントの作品の中でも『橋の上の娘』が特にお好きですか?
t : うん。『フェリックスとローラ』とかもいいんだけど、『橋の上の娘』はもう、圧倒的だよね。それと『髪結いの亭主』だね。
m : 『髪結いの亭主』もいいですよね。あの、亭主が奇妙な踊りを踊るところとか、『マルサの女』の冒頭の部分を彷彿とさせるものがあります。
t : うん、そう言えば伊丹さんとルコントって何か近いものがあるかもしれないね。器用な感じとか、エロいんだけどハード・コアまで行かない・・・。
m : フェティッシュな感じ。
t : そうそう、そういう感じとか。(ルコントと伊丹さんは)ぼくが会った感じでも似てたかもしれない・・・あと、『ハーフ・ア・チャンス』もすっごいおもしろいんですよ。
m : でも、ルコントって、オチがあるような気がぼくはするんですけど。
t : いや、無いね。
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