WORKS~立川直樹全仕事~

1990年 SIDESTORY 4

  

『あげまん』 ~伊丹監督が背負ってしまったもの~

m: 「立川直樹全仕事」のために見直していて思ったんですけど、伊丹映画って、さまざまな欲望を抱えて、その欲望に押し潰されそうになっている男たちが「あんたはどうしようもない男ね!」と女性に罵倒されるシーンがとても多いんですね。
そして男たちは罵倒されながらも女性(的なもの)を求め続けずにはいられない。これはもう、伊丹映画の一つのルーティーンだと思うんですけど、そのルーティーンがもっともシンプルな形で提示されているのがこの『あげまん』なんではないかと思うんです。
t: ぼくはね、伊丹作品は最初の2本と『静かな生活』をのぞいて全部音楽に関わってるけど、自分が一番好きな映画は『あげまん』だね。
i: 今でこそ『あげまん』っていう言葉は流行語みたいになっちゃってますけど、あの時は「『あげまん』ってなに?」って感じでしたもんね。
t: ギョッとしたよね。
m: 『あげまん』って、良い映画ですよね。
t: 『あげまん』はみんな忘れてるっていうかね、『マルサの女』とか『スーパーの女』とかの間にポッとあるけど、もしかしたら伊丹さんって、ああいう映画を何本か作ったら川島雄三と同じような監督になっていったと思うんですよ。
でもやっぱり、いろんな重荷を背負わざるを得ないヒット監督になっちゃったことが――自分でも言ってたけど――不幸だった。
m: 不幸、ですか。
t: だから結局さ・・・ぼくはもちろん最終的にはわかんないんだけど、伊丹さん、背負っちゃったいろんなものがあったと思うのね。
たとえば「伊丹映画(っていうブランド)」とか「伊丹プロ」とか。そうするとやっぱり、何打席何安打じゃなきゃいけないみたいなことになっちゃうんだよ。
あの人って映画作り始めたの50代でしょ? 40代の終わりまで奔放に生きてきた人が、そういうところに追いやられた悲劇って、ぼく、結構あると思うよ。
m: 悲劇なんだ・・・。伊丹さんの歩みってすごいんですよね、若い時から、本当に才人っていう感じで。
t: 過剰な人ですから。だから監督になるまでは、まあ好き放題にしてたと思うのね。でも監督って呼ばれるようになることで、やっぱりさ・・・その時からたぶん何かが変わるわけだよ。そこからが辛くなるんだと思う。
m: 脈絡として、『あげまん』までは、今おっしゃったように「川島雄三になったかもしれない」っていう話ってすごくわかる んですね。でもなんでたとえば『ミンボーの女』に行っちゃうのかっていうのが、『あげまん』を見るとわかんなくなっちゃうんですよ。それは立川さんのおっ しゃる、一種のプレッシャーゆえなんですかね?
t: プレッシャーっていうかさ・・・。それはべつに伊丹さんがっていうことじゃないけど、大人の男の見栄っていうのがあると思うんだよね。
それは自分が50代になってしばらく経った今にしてみるとわかるんだけど、「なんか最近ダメなんじゃない?」とかって言われたりすることに対して、「いや、違うんだ!」って抵抗する気持ちって、仕事してる以上、みんなどこかにあると思うんだ。
自分はそんなものないのかなとも思うんだけど、でも意外と「頑張らなきゃいけない」みたいなとこで、あるレベルを守ろう、みたいな。
それはたぶんさ、スポーツ選手とかそういうのはさ、引退とかそういうのがあるわけじゃない? 体力の限界とかが。で、日本画家とか書家とかはさ、歳をとればとるだけ価値が出てくるよね?
でも監督とかプロデューサーとかミュージシャンとかって結構悲劇的でさ(笑)。
最近で言えばさ――『シャングリラ』みたいだな(笑)――小室さんがSARSのために東京ドームの公演を中止しますって言っても、「前のglobeのアル バムが35位までしか上がんないからチケットが売れなくてSARSのせいにしたんだ」とかって、次の日のスポーツ新聞に書かれたりしちゃうわけよ。それも さ・・・なかなかこう痛々しいもんでさ。
一度頂点を極めた人だって、ちょっと停滞気味になると、あれこれと根も葉も無いことまで言われるわけ。だからこの国は、とにかく数字で評価するわけよ。
i: そうですね。
t: 興行収益が何億だったとか、何位だったとか、何点とったとか。で、そんなことに巻き込まれてるとさ、どうしても自分もそのリーグに参加してる以上、なんか得点を上げなきゃいけないみたいなふうには思うよね。
だからプレッシャーっていうのとは違うと思うんだけど、自分の職業人としてのあるレベルを守ろうって思った時に収益だとか世間の評判だとかから完全に自由にいられる人ってほとんどいないよ。まして作品の質が価値判断の基準ではないこの国では、ね。
m: 『あげまん』の興行収入はあまり良くなかったんですか?
t: 『マルサの女』から比べたら興収的には落ちた。明らかに。
それでも普通の日本映画のアベレージから言ったら上なんだよ? でも、みんなが期待したのは、あの「痛快マルサ!」みたいなもんだったから、そうなると やっぱり『ミンボーの女』とか『スーパーの女』とか、起承転結があって「さあ頑張るぞ」みたいなものを、たぶんみんなが伊丹映画に期待しちゃったと思うの ね。
m: 今こんなことを言っても仕方ないけど、悲しいですね。
t: だからそういう意味では、今(伊丹さんが)いたらね――なんか変な話だけど、たとえば宮崎駿さんの『千と千尋の神隠 し』が何百億とかの興収を上げてる今、伊丹さんが生きてたら、笑いながら「まあ、ぼくなんかB級だからさ」って言って、好きな映画が撮れてたかもしれない よね。
だけどあのときに興収10億をコンスタントに狙えるなんて監督は日本にいなかったんだから。そういう意味では、(日本の映画界が)一番底だったときに、なんとか支えた一人ですよ。
m: そうなんですか。これは伊丹さんのインタビュー記事なんですけど、立川さんに「悪い奴の音楽作ってくれ」って言うと作ってくれるっていう話をしていて。
t: (それを読んで)『マルサの女』は3拍子じゃなくて5拍子なんだけど。伊丹さん、間違ってるなあ(笑)。
m: (笑)。あの『あげまん』の不思議なリズムってなんていうんですか? メインテーマの。
i: いまだに覚えてますよ、すっごい楽しい現場でしたよ、『あげまん』は。『ミンボーの女』もそうでしたけど。
t: やっぱりね、うまくいく現場っていうのは笑いが絶えないし、楽しい。だからそうじゃなくなったら、仕事はやめた方がいい。
m: (笑)。
t: ほんとにそうですよ。
i: でも本多さんも作りやすかったと思いますけどね。音楽を作ってきて「お前いいんだよ、これで。こっちにして」、って、立川さんははっきりしてるから。
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