WORKS~立川直樹全仕事~

1986年 SIDESTORY 4

バレエ、ダンスとの関わり

m: 立川さんはこの年、ミハイル・バリシニコフとリンゼイ・ケンプ・カンパニーをあいついで手掛けられて、その後には、 H・アール・カオスのプロデュースもなさっているんですが、いろんなものがある中で、特にバレエやダンスを選んでらっしゃるというところには、何かしらの 思いがあるんでしょうか?
t: 選んだっていうか、選ばれたって言う方がいいのかもしれないのね、その一連のやつは。
例えばその『バレタップ・アメリカ』っていうのは、そういうダンス・パフォーマンスの世界では、異形だったんです。
つまり、今の時代は、わりとコラボレーションとかなんとかって色々やるんだけど、15年前、タップダンスなんていうものは、それまでの普通の舞踏評論家なんか認めないわけよ。
黒人とかが出てたアメリカの芸とバレエが融合しちゃうわけだから。
バックはエリントンのやつとか、それからマイケル・ジャクソン(の曲)なんか使ってたんだから。エリントンの孫がリーダーだったからね。
で、ヒップホップの、なんかガキが出てきてクルクル踊っちゃったりするシーケンスが入ってて、アメリカの芸能史みたいなショーになるわけですよ。
それでそれまでの、普通のまともな舞踏団とか呼んでたとこでは手に負えないから、で、キョードー東京みたいにそれまでは、音楽をやってたとこが手がけて。その第一弾みたいなものでね。
(キョードー東京の)山崎さんがやりだした、わりとそういうパフォーマンスの最初の頃で、ぼくにシカゴに見に行ってくれって(山崎さんが言うんで)、ぼく、シカゴでそのプログラムの写真とか全部撮って、で、日本公演ていうのを結局、山崎さんとぼくで創ったわけ。
で、『バレタップ・アメリカ』が、うまく行きましたと。
それでミハイル・バリシニコフっていうのは、キョードー横浜のよっちゃんがやったの。
i: よっちゃんっていうのは・・・
t: 藤村俊二さんの弟で、藤村良典さん。
で、まぁ、バリシニコフですよね。
そいで、リンゼイ・ケンプはまた全然違うルートで、これも、こういうのをぼくがやってることで、ある人がトータルなプロデュサーなの、そのリスクを負っ て。で、ぼくはそれをどういうふうにやるかっていうか、イメージプロデュサーみたいなことなんだけど、それをやってくれ、っていうことになって、やったん です。
だからこの辺も戦略じゃなくて、ひとつやると、あっ、ああいう人が出てきたんだったら、うちも頼もうかなっていう因果関係みたいなことだよね。
この1年だけでもすごい事になってるよね、今。キャメロン三島としては(笑)

Web上に出ては消える「立川直樹Work」

m: (苦笑)昨日、Webを見てたらまた色々と見つかって、たとえば73年のデヴィッド・ボウイとルー・リードの当時発売されたアルバムに関する立川さんの対談があったりするんですよ。
t: えっ、本当?そんなの誰が載せてんだろう、許せん。これから、三島君の許可を得なけりゃすぐ、訴える(笑)
m: こういった再録ものってWebに載ってたと思ったら、またすぐに消えたりすることも多いので、そのあたりを可能な限り、保存、整理していくことも、このサイトの重要な役割だと思ってるんです。
t: こうやって今話してても思うし、なんかこう、そういうのを振り返ってみると、(ぼくは)遺伝子組み換えみたいの得意なんだね。それで、違うとこに組み換えると、結構すごくなったりするわけじゃない。
m: あれって御覧になりました?ルー・リードの『トランスフォーマー』の制作過程を振り返った、何年か前に出たDVD。
t: 見てない、見てない。
m: そうですか、今度持ってきます。当時のベーシストが『Walk on the wildside』のイントロのベースは2本重ねてあの音を出してるっていうのを再現したりしてる・・・
t: あっ、見た!
m: 見ました?
t: ハービー・フラワーズがやったやつね。かっこよかったね、あれ。
m: かっこよかったっすよね。
で、その73年の対談とそのトランスフォーマーのドキュメンタリーのルー・リードが当時のことを語ってる部分なんかを比べると、本質の部分がぴったし合ってるんですよ。
あらためてすごいなぁと思って。この頃ってまだ24とか25じゃないですか、立川さん。
思わず暗くなっちゃいましたよ・・・
t: もう、こんなの三島さんが、いなかったら全く忘れてるよね。

1986年という年

i: (こうして見ると)86年には、(立川さんの)今のスタイルでの活動がもう軌道に乗ってるんですよね。
t: 全然乗ってますよ、うん。もうだから、皆がとにかく会いに来て、なんかやりたいからとかって言って、やりたい放題ですよ(笑)。まだ体力もあるし。
だから、海外との何とかっていう事に関して、まだ、外人コンプレックスみたいのが、この頃、まだ少し残ってたのかも知れないね、日本の一般社会の人達はね。で、ぼく全く無いから。
相手がセルジュだろうがヴィスコンティだろうがマルコム・マクラーレンだろうが・・・
バリシニコフ(やる時)だってめげないしね。
i: このあたりの関連証言とかも(このサイトで)出していくと、またすごいでしょうね。
t: これ、おもしろいから誰か呼んで、その時の話とか聞いて、そいつも出しちゃえばいいんですよ。この前、ある人に(このサイトの)話したら、「まとめたら本何冊か出せますよ」って言ってたけど、本当そう思うよ・・・
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