WORKS~立川直樹全仕事~

1986年 SIDESTORY 3

梓みちよさんとの仕事

m: 梓みちよさんともこの時期たくさんお仕事されてるんですけど・・・
t: これは、こういうことなんです。
今はもうやめちゃったんだけど、当時、TBSで「天皇」と言われていた砂田さんていうすごいプロデューサーが居てね。
その人を渡邊美佐さんが、渡辺プロに引き抜くんですよ、美佐さんの肝煎りで。
で、砂田さんが製作全部任されて、相談したい事があるって。キャンティーで・・・
大体(こういう話をするのは)全部キャンティーなんです、近いしね。
m: こっち(西麻布)?飯倉ですか?
t: 飯倉のキャンティー。そんで、「立川さん2人やって欲しいアーティストがいるんで、どっちか1人、絶対ぼくの頼みだからやってよ!」って。
「いいですよ、砂田さんとは仕事したいし」って言ったの。
(その2人の内の)1人は沢田研二さん、で、もう1人が梓みちよさん。
砂田さんはきっと梓さんはダミーで出したんだろうね。でもぼくは、沢田さんはもう彼自身である程度(世界が)確立されちゃってるし、ぼくも(前に)仕事を、アクト・クルト・ワイルとかああいうの、加藤直とやっていて。それで最初にcobaとやったりしたんだけど。
そういうのやる時も手伝ったし、タイガースの仕事もしててわかっていたのは、だいたいもう自分で作れちゃう人間なんですよ、沢田さんっていう人はね。
だけど、梓みちよさんは、本当に歌(が)うまいって思ってたから、ドレス着て普通に、ショーをやってるだけっていうのがなんか勿体無いなって。
で、やっぱり立川直樹がやったから変わったって言われたらおもしろいなと思ったから、なにか変えられないかなと思ったのよ。
で、みちよさん(の方をやりたい)って言ったら、結構ナベプロでは衝撃が走ったよ、えっ!?って。中井猛(たけし)さんとかまだ居たからさ。
i: 中井さんって今のスペースシャワーの社長の・・・
t: 中井猛さんがいて、えぇ~本当かよみたいな話になって。
それで、ぼくは条件としては、ミュージシャンもなにもかも自分が好きなようにやりたいと。で、みちよさんと会ったわけです。
むこうも、もうその時大スターだから、こんなんなってきて「こんばんは」って(笑)。
で、一応ぼくも、やっぱりやるんだったら、ぼくはもうみちよさんでアールデコの女王みたいにしたいと。そしたら、じゃあわかったわって(いうことになって)、ぼくは、どんな風にするかっていうプランとかを一応全部書いて。
ちょうどパリのムーランルージュのショーみたいな、ああいうコンセプトが頭にあったから、それぜーんぶやって、で、ミュージシャンはムーンライダーズに頼んだの。
ドラムがかしぶちとか、そしてベースはバカボン鈴木ですから。武川君とか全部居てね。
ところが、みちよさんってのは、自分の歌に合わせる人達としか、(それまでは)やんなかったわけですよ。もう、歌バン!っていう様な。
で、やったら、歌えないわけよ、リハで。それで、(梓さんは)切れて。
マネージャーの永井さんっていう人がいたんだけど、永井さんが、「すいません、梓さんからお話があるんです」って言うんだ。
一応ぼくは、もう「先生」っていうことになってるから、みちよさんも直接は言わないのね。
で、永井さんはボロクソ言われてるわけだよねぇ、きっと。「歌えないじゃない!」って。
(それで梓さんが)ぼくのとこへ来て、「立川さん、あの方達って今までどんなお仕事なさってたの?」って(笑)
で、みちよさん、後3日待っててくれって(言って)、「いいっすよ、明日からスタジオ来なくていいです」って言ったの。
そしたら、「だって、こんなんじゃ私歌えないから、後は考えてくださる?」って。「えぇ考えますよ」って。
で、やっぱりかしぶち君とかもプロだから、(いざとなると)すっごいエレガントにやるわけよ。ねっ。
で、草月(ホール)なら草月だけっていうことで(ライブのバックも)押さえるんだけど、(その頃には)もうみちよさんが、「ツアーはあの人達じゃなきゃ、私、歌えない」って(笑)。
でもムーンライダーズなんか連れて、ツアーできないじゃない(笑)。そのくらいおもしろいわけ。
で、「みちよさん、ソリ。やっぱりデコだから、ちょっとマイク(の前)でソリ(ましょう)」って言うと、本当、完璧なんですよ。
それでぼくはね、こう、本当に自分ら例えばロックとかから出てきて、ああいう芸能界を見て(すごいと思ったのは)、これが舞台だとして、バミリっていうのがあるじゃない。舞台のセンターマイクのとこにバミる。で、リハが終わりました、と。
すると本番の時に(梓さんが)、「立川さん、バミリのテープいらないわ。だって、下から見ると、前列の方の人、(バミリのテープが)見えるわよね?」って言うの。
「見えます。でもバミリ無くて大丈夫なんですか?」、っつったら、「大丈夫よ、私」なんですよ。
で、ツゥーって出てきて、サスの下で、パっと立つのよ。それがもう・・・、かしぶち君とかと絶句したね。はぁ~って。
歩幅なんだよね。歩幅と、やっぱり舞台をやってきた人なんだよ。
m: そうですね、照明あたると見えないですよね。客席の方って、あまり。
t: 見えないでしょ、すごいですよ、それ。愕然としてさ、ぼくら。
それで、その時に美術を頼んだのが、今、教授のマネージメントをしてる空里香なんだ。
i: 空さんとはそういう縁なんですか・・・
t: 確か、武蔵美行ってて、パルコでバイトやってたんだよね。で、何かのきっかけで話をしてたら、何か匂うもんがあるのよ。それで「ちょっと今度、美術やんない?」って言ったのが始まりなんです。
m: 梓さんって、宝塚音楽学校卒業なんですよね
t: そうです。だから本当に、『こんにちは赤ちゃん』とか、そういうののイメージがあったけど、基本的には、やっぱデカダ ンが分かるひとなんですよ。で、ニューヨークとか毎年、ブロードウェイに勉強に行ったりして。遊びに行って、夏は休んでブロードウェイ行っちゃうんだか ら、2ヶ月くらい。
x: そういう勉強家の人なんですか。
t: すっごい勉強家ですよ。で、ぼくアンナ・ドミノなんか聞かせて、こういうことなんだよって言うと、「私の方がちゃんとできると思う」とかって言うのよ。
m: へぇー
t: みちよさんのショーは、全部ぼくが自分でしゃべりの台本も書いて、残ってるからさ、今度それ出すよ。
m: それはいいですね。
t: 全部書き台本だよ。しゃべりまで書いてたよ。
●ムーンライダーズ
1986年に10枚目のアルバム『DON’T TRUST OVER THIRTY』をリリースしているムーンライダーズは言うまでもなくこの時点でビッグネームである。

●バミリ
ステージ、撮影現場などで立ち位置を示すために舞台にテープを貼ること。

●サス
サスペンション・ライトのこと。

●教授
坂本龍一氏のこと。

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