WORKS~立川直樹全仕事~

1982年 SIDESTORY 1

「ジャパン・アート・オブ・パーティーズ」

t: 今でこそパルコのギャラリーとかで普通にミュージシャンの展覧会とかやるけど、この20年前なんてそういう雰囲気は無くて、(ミュージシャンの展覧会なんて)もう、言語道断!みたいな感じだった。
おもしろかったのは西武にもギャラリーがあって、どっちかって言うとパルコ(のギャラリー)よりそっちの方が格上だったの。で、「アート・オブ・パー ティー」の初日と西武でのそれまでの展覧会をやるような人の初日がぶつかって、西武の方は100人しか入んないのに、パルコの方は1,000人入っちゃっ て、もうお客さんとか並んでるわけ。
それでなんかみんなが目覚めちゃった、みたいなところはあるのかもしれない。
m: この展覧会にまつわる、ミック・カーンやリチャード・バルビエリから立川さんへの自筆の手紙や写真は今になると非常に貴重というか興味深いものですね。
t: Webに出していいですよ。
m: そうですか。では「アート・オブ・パーティーズ」ミニ・アーカイブ・ページという感じで紹介したいと思います。

<ミニ・アーカイブ・ページ>

クリエイターにとっての「聖」と「俗」

m: 最近、またデヴィッド・シルビアンの活動が日本でも評判になっているようですが。
t: デヴィッドの最近出たソロ・アルバムとかを聞くと「ちょっと行き過ぎちゃったかな」って感じがするんだよね。良いアルバムなんだけどさ。
m: ぼく、あのアルバムすごく良いなと思いました。
t: だから基本はもちろん良いんだって。良いんだけど、もっとある俗っぽさみたいのが必要な気がするんだよね。
デヴィッドっていろんな「穴」を埋めることができた人間だと思うんですよ。たとえばロバート・フリップとの共演のプロジェクトも悪くはなかったし。 あんなことができるんだったら・・・と思うんだよね。もったいなかったなって思う。 彼はぼくが出会った頃にはポップな世界の人間で、まあぼくが教えたっていうとおこがましいけど、フェリーニとかタルコフスキーとかコクトーとかの魅力を、 ぼくが彼に「こんないいものがあるんだよ、デヴィッドだったら絶対好きだと思うよ」って感じで、きちんと伝えたことは確かだと思うのね。それで彼はすごく 熱心に、当時ロンドンにあったエレクトリック・シネマで回顧上映みたいのをやってるのを外さずに見に行ったりするすごく忠実な生徒(笑)だったわけ。 でもそこらへんまでは良かったんだけど、最近はアートのゾーンに行き過ぎちゃって、そこまでやらなくても良いんじゃないか? っていうところまで行っちゃってるような気がするんですよ。
ぼくは(自分は)そこまでは行きたくない。行っちゃってもいいんだけど、そこまで雪山にこもってやるほど自分は聖なる人間でもない。 ぼくが好きなアーティストも、みんな「聖」に見えるんだけど「俗」も持ってると思うし。
たとえばさっき話に出たロバート・フリップなんてさ、聖者のような顔をしながらうまくビジネスとのバランスを取ってるじゃない? そこを(デヴィッドは)踏み越えちゃって、「もうぼくはいいんです」ってなっちゃったことが残念なんだよね。
m: 確かに立川さんは美意識という「聖」と、いわゆる不良としての俗っぽさみたいなものの両方をすごく高いレベルで持っている人ですよね。
t: そんなふうに言われると照れくさいけど、そうじゃないとつまんないだろ!?・・・と思うんだよね。
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