TIME WAITS FOR NOR ONE~立川直樹同世代トーク~

第16回 後編

止まらない、映画の話

T: やりすぎたものってつまんないな。つまんないっていうか・・・。昨日、クリストファー・ノーランの新しい映画(を)見たんですよ。「プレステージ」っていうの。悪くないんだけど、やりすぎなんだよね。
M: (クリストファー・ノーランの作品は)もともとくどいですしね。
T: だけど「メメント」の時のくどさは、そこに膨大な制作予算が注ぎ込まれたっていう感じじゃなかったからちょうどよかったなってのはあるんだけど、いまは財力あるから思いっきりキャスティングも濃いし、ぜんぶ濃くて(笑)。
M: それはしつこそうだな・・・。
T: 悪くないんだけど、もうくどくて疲れちゃった。で、相変わらずあの独自のフラッシュバック手法を駆使してるから(笑)。自分で見てて「こいつ頭悪 いのかな」って思っちゃってさ。やっぱりさ、後からプレス(資料を)見て、「ああそうかこういうことだったんだ」ってわかる映画はぼくはもう辛いな、今。
M: 楽しくないですか。
T: うーん、とにかくくどいね・・・。
この前TAPに書いた「13/ザメッティ」なんかもすごく濃いんだけど、でもストーリーはすごくシンプルだし、そこは違うかなって思った。ただ、もしかし たら「13/ザメッティ」のグルジアの監督もハリウッド(に)行って成功しちゃうとくどくなっちゃうかもしれない(笑)。
M: 写真見た感じだと、鈴木清順みたいなノリなんですか? 絵の感じとか。
T: いや、全然違う。
もっとアートフィルムですよ。
M: でも、昔は鈴木清順っていえばアートフィルムっていうところもあったんでしょ?
T: いやぁ、(インパクトがあったのは)総天然色くらいですよ。
そう、はっきり言うけど、鈴木清順はたぶん知的な層が非常に評価し過ぎたの。実際は“変わった監督”でしょ、単純に。不器用で一般の娯楽映画を撮れなかった。それを知的層がちょっと深読みしていろんな難しいこと言っただけだよ。
M: ああ、そうですか。
T: うん。
あの、“すごい監督”ってどんな人か、っていうのがあると思うのね。
ぼくは黒澤明にそんなにすごい思い入れもないし、好きじゃないけど、やっぱりすごい監督かっていったらすごい監督なんですよ。ね? 川島雄三もすごい監督なんです。そして吉村公三郎。で、次は誰かっていった時に、今は下手すると鈴木清順を入れちゃう人もいるじゃない。
M: ああ、立川さん的には絶対入らない?
T: 入らないよ。
M: トリックスター?
T: トリックスターっていうか、ちょっと変なもの作ってただけだし、娯楽映画を作りきれなかったことを、評論家が深読みして高く持ち上げたことが現在の評価につながってる感じがすごく強い。
M: じゃあ大島渚さんよりも才能としては劣る?
T: ぜんぜん下ですよ。
M: ああそうですか。
T: もちろん。
M: でも、そういう評価って中々出ないですよね。
T: 大島渚っていったらやっぱり「絞死刑」とかすごいもん。
M: それは時代性とかそういうものを除外してもそうですか。
T: うん、ぼくだってたとえば「ツィゴイネルワイゼン」とか「陽炎座」とかの鈴木清順は嫌いじゃないよ、でも、その後はぜんぜんだめじゃん。あの「オペレッタ狸御殿」みたいなのとかさ。
M: ぼくは「ツィゴイネルワイゼン」もよくわかんかったなぁ・・・。
T: だからやっぱり、なんでもないことを知的な人がそっち側のスターにする例ってあるじゃん。鈴木清順っていうのはその典型的な人だと思うの、ぼくは。
M: 篠山紀信さんみたいな人とは全く逆のパターンですかね。
T: そういう意味では、最初から挫折なく成功し続けた人って、日本人(は)好きじゃないんだよ。
篠山さんが「digi+KISHIN」でやってることとか、実はすごいんだけど(評価としては)結局グラビア系のところに終始しちゃってたりするんだよね。あと、日本って多作な人も好きじゃないんだよね。
M: そうですね。
T: だからよく篠山紀信と寡作な人を比べて、(紀信さんのことを)「仕事しすぎだ」なんて言う人がいるけど、あんなに仕事できるってすごいわけじゃ ん?だから、鈴木清順なんて撮らなかったんじゃなくて、あいつに頼んだらやばいって思われてたから発注されなかったわけであって(笑)。発注があって断っ たんじゃないんだもん。
だけど「理解の無い権力者が鈴木清順に映画を撮らせなかったんだ!」って知的評論家とかが言うと、みんな「そうだそうだ」って言ったりする感じ・・・。それはもしかしたら石原慎太郎を批判するロジックと結構似てるかもよ。
でもまあこういうことも、こうやって話してるから出てくることであって、これたぶん原稿で書こうと思ったら未来永劫たどりつかないだろうな・・・。

M: せっかくなんでもう少し映画の話をさせてください。
身びいきは置いといて、まあ身びいきが入っても全然いいんですけど(笑)、伊丹十三さんと相米慎二さんって、立川さんの中ではどんな位置付けになってます?
T: 伊丹十三って石原慎太郎的だったんじゃないの。
M: うーん、相米さんは?
T: うーん、相米さんは微妙じゃないかなあ。
M: あんまり買わない?
T: 貧乏くさいのが好きじゃないので。だからあの「魚影の群れ」は映画としてはわかんなくないんだけど・・・。あと「夏の庭」だっけ・・・。
M: 「夏の庭」、いいじゃないですか!ダメですか?
T: キャメロン、好きなんだ? いや、嫌いじゃないけど・・・でも、そういうことだね。
あと、あのションベン何とかってあったじゃない?
M: 「ションベン・ライダー」! ぼくはあれ、異常に好きですね。あのひねくれた歌謡ミュージカル・ロリータ・ロードサイド・ムービー!
T: ・・・おまえ、ああいうのが好きなんだよな・・・。
M: 「あ、春」とかね。
T: 前にうちの事務所にいたやつが、「立川さん、『寅さん』わかんなくちゃだめですよ」って言って、ぼくに寅さんの3本立てとか見せたことがあって、ぼくは途中で帰っちゃったんだけど、次の日に「君はうちにいない方がいい」って言ったもん。
M: それはわかる。いない方がいいでしょう。
T: 相米慎二って山田洋次系だと思うんだ。“系”ていうと強過ぎるかもしれないけど。
山田洋次、ぼく、だめなのよ。いい監督だってのはわかるし、「幸せの黄色いハンカチ」だって、「たそがれ清兵衛」だってわかんなくはないよ。でも、ぼくの中にあるものが反応しないのよ。
M: そうでしょうねぇ・・・。
T: ぼく、なんか「ほのぼの」とかそういうのを望んでないんだよ、きっと・・・。
M: え? 相米慎二ってほのぼのします?
T: だからこうほのぼのじゃないけど、どっかに人間愛みたいなのが、「夏の庭」なんか見てても、交流とかあるじゃん。
M: 人間愛っちゅうか・・・“救済”はありますよね。わかった、立川さん、救済が嫌いなんだ(笑)。
T: 嫌いじゃないけど、あんまり求めてないのかもしれない。
M: じゃ、スコセッシとかもだめです?
T: スコセッシはいいですよ、スコセッシは好きなものもあるし、だめなものもある。
M: ふーん。
T: だからこう、救いを求めてないんだね。エンターテイメントに。
M: そうなんですよね。
T: 音楽とか映画とかっていうと、やっぱり“美”の追求とかいう方向性だよね。ぼくにとって。それもちょっとイっちゃってるぐらい追求してるものが好きだから。
山田洋次とか相米慎二ってエロティックじゃ無いじゃない。
M: そうかな、相米慎二はエロティックなとこもあるでしょう。
T: まあやや、ね。でも「魚影の群れ」で十朱幸代のアレはないだろうっていうふうに思うんだよ。きれいくないんだよね、エロが。
M: 「魚影の群れ」って相米映画の中では異質な作品だと思うんですよ。でも確かに、全体にエロが観念的なのかもしれないですね。
T: ああ、なるほど。
M: でも、一歩間違うと伊丹さんのほうが山田洋次系って見られがちなんじゃないですか。
T: いやー、(伊丹作品は)エロいでしょ。
M: それこそ最後の方で“大団円”っていうノリで、宮本信子さんがしみじみ話し始めたりする感じとか・・・。
T: それはやっぱりねぇ、みんなが伊丹十三の真意をわかってないのかもしれない。
今もあの当時もね。

T: こうやって2人で話してて思うけど、やっぱり人の評価って面白いよね。
M: さっき何人かの名前が出ましたけど、立川さん、他に日本の映画監督で好きな人っていうと?
T: 溝口健二、好きだなあ、ぼくは。
でも別に、いわゆる「映画博物館」に入ってるような意味で好きなんじゃなくて、なんとなく溝口健二のテイストみたいなものが好きなだけであって。後はさっ きの鈴木清順が過大評価されてんじゃないか、っていうのの逆でいえば、座頭市シリーズとか市川雷蔵の映画を撮ってた池広一夫みたいな人、好きだよ。でもそ ういう人って器用にテレビとか(の仕事を)やっちゃったから、日本人は評価しないんだよ。
M: 深作欣二さんとか?
T: うん。村川透とかさ。
M: ああ、面白いですね。そういう、芸術っぽいのとエンターテイメントっぽいのが同列にあるっていうのが立川さんらしい。
T: 映画はさ、みんなで話すのに向いた、それだけ面白いメディアだってことだね。
M: そうですね。
T: だから本当に、映画に関してはもっと評論とかが出てきて、語られるべきだと思うけどね。だって、これは誰かも書いていてぼくも同じように思うんだけど、「ディパーテッド」はアカデミーの作品賞とる映画じゃないですよ。ぼくはスコセッシ、嫌いじゃないけど。
M: スコセッシ作品だとどのへんが好きですか?
T: 「グッドフェローズ」は好きだね。あとやっぱり「ラスト・ワルツ」はすごいと思うよ。
M: 「カジノ」はそうでもない?
T: 「カジノ」は「ディパーテッド」っぽいからね。やや大味で、劇画っぽいでしょ。
M: ああ、大味ね・・・。「グッドフェローズ」の方がしまってる感じがする?
T: うん。
M: ああ。
ぼく、「カジノ」って、“永遠のキャバクラムービー”って勝手に呼んでて大好きなんですよ(笑)。
T: いや、嫌いじゃないよ(笑)、好きだけど。「ディパーテッド」だって“ジャック・ニコルソン・ショー”みたいで映画としてすごく好きだよ。だけ ど、ぼくはアカデミーの作品賞にそんなに思い入れがあるわけじゃないけど、いわゆる映画らしいすごさとか、ある種の品格とかっていうところで、アカデミー 賞のステイタスを維持しようと思うんだったら、ぼくは「バベル」にやった方がよかったと思うんだよね。もちろんそれはそれぞれの考え方とか個人差とかある から一概には言えないけれども、でも「ディパーテッド」はないだろう・・・。
M: ふーん。

T: だからって矛盾でもなんでもなく、ぼくは「ディパーテッド」、好きなんだよ。映画としては。
M: アカデミーっていう脈絡の上ではそうじゃなかったんじゃないかっていう。
T: と、思うんだけどね。
だから賞っていうのに値する人間なり作品と、そうじゃないものの差って考えた方がいいと思うんだ。
M: スコセッシさんがほんとに欲しがってたから、みんなが「まあ、さすがにそろそろこのへんで」っていうのもあったんじゃないすか(笑)。
T: でもね、「ディパーテッド」ってリメイクだし、スコセッシにとってはやや頼まれ仕事なわけだよ。
M: ああ。
T: 伊丹さんが言ってたのは「自分なんかは凄い監督がいっぱいいる時代だったら、二本立ての、併映作品をとるような人間だ」と。
で、自分が常にいわばメインの作品を撮りつづけてるっていうことに対して「なんか、ちょっと違うんじゃねえかな」っていうふうに感じてた人なのね。
スコセッシだって、彼の作品のどこかにB級感覚みたいなものがあるところがぼくらは好きだったんで、それを全部A級にしようとすることって、すごく違うんじゃないかなっていう・・・。
M: なるほどね。

アングラこそ我が故郷

T: この対談もずいぶん久し振りだからいろんな話になるんだけども、この前、キャメロンと「月蝕歌劇団」の「花と蛇」を見に行って打ち上げにも行ったじゃない?あの時に、結局、自分の本籍はアングラだと思ったの。
たまたま、これは自分で言うとめちゃめちゃイヤらしいけど、ホントにたまたま成功しちゃったからみんなメジャーだと思ってるけど、やっぱり基本はね、ぼくはアングラですよ。
M: 強烈にアングラなメンバーが揃った打ち上げでしたもんね。
T: うん。すっごい居心地よかったもん。
それは「やっぱりぼくはシャンパンが好きだわ」っていうのと同じなんだよね。
たとえば、そのへんで会う「なになに会社の何とかです」っていう人の大方は、「シャンパンを飲めるのが自分のステータスだ」と思うから、シャンパンを飲ん でるんであって本心では「シャンパンってげっぷが出るよ」とか「酔っちゃうね」って思っててあんまりうまいと思ってないんだもん。でもぼくは「シャンパン が好き」なの。
っていうとこでいくとね、アングラの方が好きだな。“本籍アングラ”だと思った。
M: でも相米さんはあんまり好きじゃない?
T: 「好きじゃない?」って聞かれて、「うん」って言えない、何か同士的意識みたいなものはあるのかもしれないけど、なんかやっぱり下駄はいて日頃行動してる感じとかも、あんまり好きじゃなかったのかもしれない。
M: それはいまどきの言葉で言えば“キャラ”っていうか、ポーズも多分にあったんでしょう?
T: だからそういうのが好きじゃない。子供じゃないんだから・・・。

M: でもそのアングラって立川さんにとって、生まれ育ったところであって、今いるところじゃないんですよね?
T: 故郷なんだよね。
ぼくにとってのアングラって、寺山修司、アレン・ギンズバーグ、横尾忠則、ルー・リードとか、アンディ・ウォーホルとかだから。
M: ぼくなんかからすると、ウォーホルがアングラだっていうのがどっかピンとこないんですよね。
T: だって自分が16、17歳だった頃に新宿のインディペンデンドシネマみたいなところで 「エンパイヤ」(を)見て、すごい!って言ってたアレは明らかにアングラだったもん。
ただそれが、「マオ」が10億円とかで売れちゃう時代になった時に、ウォーホル自身がそんな状況に追走しちゃっただけなんだよ。
M: へぇ・・・。
T: ウォーホル、横尾忠則、リキテンシュタイン、ギンズバーグ、バロウズ・・・。
全部、アングラですよ。それでそういう感じを今、引きずってるのはパティ・スミスとかだよね。
M: パティ・スミスってまさにアングラ少女ってとこありますよね(笑)。
T: アングラ少女だよ、まさに。こんどの新譜なんか聞くと本当に思うよ。普通、ここまでアングラ感出すかなみたいな。
M: ぼく、「ビコーズ・ザ・ナイト」のスプリングスティーンが歌ってるバージョンを始めて聞いた時、パティ・スミスとの印象の違いに思わず笑ってしまったことがあったんですよ。「え、『ビコーズ・ザ・ナイト』って、こういう浜田省吾ノリの曲なの?」みたいな。
T: パティ・スミスって出身は田舎かもしれないけど、アウトプットは都会の女なんだよね。
あの「ビコーズ・ザ・ナイト」とか、そうだよね。
でも悲しいかなブルース・スプリングスティーンはそのまんま田舎の兄ちゃんなのよ。長渕(剛)とかと同じ匂いがするでしょ?
M: しかし長渕さん、びっくりしましたね、「(KANSAI SUPER SHOW)太陽の船」の。 すばらしかったですね(笑)。
T: すばらしかったね(笑)、皮肉じゃなくて。
M: (笑)いや、すごいですよ。1曲で30分、普通はもたないでしょ。もう好きとか嫌いとかいうレベルを超えて見ちゃいますもん。
T: すばらしいよね(笑)。あれもぼくらがこうやって笑いながら「すごい!」って言い合うニュアンスは生で見なきゃ絶対にわかんないよな。
M: 土屋アンナさんもね。
T: びっくりした。
一連のかわいいキャピッとした女の子っていうふうな認識しかなかったけど。
あの時、ぼく聞いたじゃん?「あの女、なんなんだ」って。
で、その後ちょっとして「さくらん」見たら、結構ぶっ飛んだよ。なんつうか “鮮やか” だよね。非常に、存在が。
明らかに新しい才能が出てきてるっていうことに大人たちは気付くべきだよね。

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