TIME WAITS FOR NOR ONE~立川直樹同世代トーク~

第14回 前編

T=立川直樹 M=三島太郎 I= 飯田裕人(立川事務所)

M: それにしても立川さん、今年は忙しかったですね。
T: うん。
M: おかげでこの「Time Waits For No One」の更新も、今年は今回を入れてわずか3回という、ていたらく・・・。
T: そう・・・だっけ?
M: はい。「立川直樹全仕事」なんて、思えば2年以上更新してないし。立川さんの公式サイトなんだから、もう少し時間を取ってもらえるといいんですけどね。
T: だけどさ、おまえだって最近、めちゃめちゃ忙しいだろ?
M: まあそうですけど、このサイトについては優先して時間を割こうと思ってるわけで、やっぱり立川さんにもう少しがんばっていただけるといいかな、とは思いますね。
T: ・・・申し訳ない。
M: ええ・・・。

エデュケイショナルであることに目覚めた年

M: 今年は立川さんにとってすごく公的な、「先生」と呼ばれる種類の仕事が増えていく、ターニングポイントにな った年だと思うんです。   
去年から大学で教えたりなさっていたことが本格化してきた感じっていうのかな。
T: あのね、去年、教授になったっていうことと、それから何年か前に実際に万博のプロジェクトに参画しないかって言われて、そこからのことと、そんなに因果関係は無いと思ってるんだ、自分の中ではね。
ただ、世の中に起きてる出来事を見てると、なんかデジタルっぽいことっていうか、ネットとかに惑わされてリアルなものが見えなくなっちゃってる人が増えて きてるんじゃないかっていう思いが強くなってきてるのはあるのね。 あと、物事のとらえ方がすごく表層的になってるなぁ、とか。 で、ふと、シャングリラをやってた時のことを思い出して、もしかしたらあれって、すごくエデュケイショナルなことだったのかもしれないって思ったの。
たとえば大学で教え始めたっていうのもね、ぼくの場合は単純に映画学部みたいのだったらやらなかったかもしれないんだよね。
今、教えてるのはステージクリエイト専攻っていうところなんだけど、そういう裏方を育てる的なことが今、すごく必要だと思ったんだ。蜷川さんから話があった時にね。
それはたとえば、歌舞伎の世界でいえば、良い脇役が足りないことが歌舞伎の未来を考えた時にすごく大変なことになっちゃっているのと同じことで、それと同 じような問題が、これから飯田やキャメロンの世代がフロントに立ってやっていく時にいたるところで起きるような気がして。
それでまあ、学校で教えるのもいいかなっていう・・・まあ、ボリス・ヴィアンのいう、職業が一個増える面白さ、っていうのもあったのかもしれないんだけどね。
それで、やったでしょ。 万博は万博で、会議とか一事が万事、すごく不思議な言語形態の中に放り込まれて、もうほとんど気分は「未来世紀ブラジル」か「ウォール」かっていう感じだったわけ。
だけど、そこはぼくは順応性があるのかもしれないんだけど、役所的な仕事の方法だとか、新しいそういうルールっていうのを学習して慣れてくると、意外とそれができたの。
それで、スケールが大きいことができた面白さっていうのはすごくあったね。
M: その万博の仕事の中にもエデュケイショナルな要素を感じた?
T: うん。ここではこういうふうにしてイベントとかいろんなものを作ったほうがいいんじゃないの、っていうこととか。
だから多分、大学のことと万博と地域開発のことっていうのは、全部パラレルになってるけどぼくの中ではエデュケイショナルなことっていう共通点があるんだろうね。
M: なるほど。
T: それと、こういうふうになってきたことには実は伏線があって、前に7年ぐらい金沢工大のP.M.C.が提供するラジオの特別番組で “音楽が工学と出会う時”とか、シックスティーズがどうのこうのっていうテーマで、年4回で7年間だから、1時間のラジオ番組を25、6本は作ったわけ。
他にも、ミレニアムの年にはTOKYO FMで清志郎のDJで、「20世紀はポップスだ」っていうタイトルの番組をやったり、去年からは金沢工大の特番で、ぼくがcobaにインタビューして、過 去・現在・未来みたいにして音楽を入れ替えていくっていうのをやったりしてるのね。
I: ああ、清志郎さんの番組、やってましたね。あれ、すごかったですよ。
T: そう、ロックンロールが誕生してからフラワー・レボリューションの時代とか、MTVの時代とかっていうふうにやっていったんだけど、あの番組が画期的だったのは、清志郎が書き台本でやってくれたんだよ、一年間。珍しいだろ?
ちゃんと台本を作って、収録も「すいません、ちょっとイントネーション違うんでもう一回やってよ」とかってやって48本、作ったんだから(笑)。
M: すごいですね(笑)。
T: それで今思えば、そういったものって全て、自分の中ではエデュケイショナルな行為だったんだよね。
ちょっと堅い言葉にすると“規範を示す”みたいなこと。  
だから、街おこしでも、教えてあげないと駄目だなっていうか、規範となることを示していかないとしょうがないなっていうふうには自然に頭が行くのかもしれない。それはいらいらすることも勿論あるんだけど、考え方の方向性としてね。
M: じゃあそういったエデュケイショナルなことに対する立川さんのモチベーションは継続しているわけですね?
T: うん、そうだね。
あとは少し冷静に考えると、これはこの後に話す、“今年面白かった映画”っていう話にもつながるんだけど、前にも話した、“すごくいい時代を生きた自分”はこれから何をするべきか、っていう思いもあるんだ。
双葉十三郎さんが書いていたように、21世紀になってから、映画がCGショウみたいになっちゃった。なんか、爆発と追跡と近未来行ったり来たりの、もう話 が訳わかんないものばっかりが映画としてまかり通ってて、それが全部興行成績とリンクして、みたいなのが、今のメジャーな映画シーンと呼ばれるものだよ ね。
音楽もやっぱり、チャートありき、数字ありきでヒップホップがことさらもてはやされるみたいなことになってきた時に、ぼくとしては何か、「ああ、もういいかな」っていう気分なんだよね。
ちょうど21世紀になるときに40代から50代に移行した人間としては、今さらそういう新しいものを追っかけるより、そろそろ、自分が生きた良い時代のことなんかを人に話してあげるのもいいのかなっていう、すごく素直な気持ちになったのかもしれない。
M: つまり、“すごくいい時代を生きた立川さん”からすると、今、生まれてくる新しいエンターテイメントっていう のは、あまり楽しめないものになっている、と。
T: うーん。新しいものを否定しているわけではない、と思うんだけどねぇ。
たとえば、見てないからあれなんだけど、「SAYURI」っていう、もうすぐ公開になる映画があるじゃない?
あの作品を監督したロブ・マーシャルのインタビューで、「今回の作品は日本の史実に忠実じゃないし、精緻な時代考証も文化考証もしていない」っていう意味のことを言ってるの。
ハリウッドの人間が京都とか芸者っていうものをファンタジーとして捉えた作品だっていうことで、キャスティングの基準も英語がちゃんと話せるかどうかって いうことだし、内容に関してシリアスな人から何を言われても構わない、って割り切ってるんだよね。だから予告編を見ると、桃井かおりにしても誰にしてもみ んな、ステロタイプに描かれてる。
そういう、ハリウッドから見たファンタジーっていう意味で「SAYURI」っていう作品はエンターテイメントとしては、面白いのかもしれないな、とは思うわけだよ。
M: 「SAYURI」の予告編を見て「あんな芸者はいない!」とか言って激怒したりはしない(笑)。
T: 全然しない(笑)。だからもっと違うもんが嫌なんだな、きっと。
I: CGショウですか。
T: うーん。CGショウが嫌だとはいわないけど、でも少なくとも「ハリーポッター」とかさ、ああいう子供が見るものを大人が見てるとかいうのってさ・・・。なんか幼稚になってるなと思うよね。
M: 「ハリーポッター」って一応見ました?
T: 見てない。見たくもないよ、あんなの。(笑)
なんかだから、幼稚じゃなくて普通に楽しめるもんだったらいいんじゃないの。
でも、幼稚になってるくせに、変に批判的になってたりするんだよな。
I: というと?
T: だから、その、「キル・ビル」なんか目くじら立てなくてもいいじゃない?って思うんだよ。そもそもあんなもんなんだし。そういうのでいうと、「シン・シティ」が意外とおもしろかった。
M: ぼくは途中で寝ちゃった・・・。どのあたりがおもしろかったですか?
T: いや全体的にね、なんかいいよって感じ。だから「今年の映画で好きなのを10本選びなさい」とかには入んないんだけど、少なくとも同じCGっぽいことをやるんなら、あそこまでやってくれちゃった方がアート・フィルムみたいになってたかなって思うんだよね。
M:

なるほどね。じゃあ、そろそろ、その“今年の映画ベスト10”をお願いします。

立川直樹が選ぶ今年の映画

T: えぇと・・・、これ、順不同でいいんだよね?
まず、「ビヨンド・ザ・シー」、それから「愛の神、エロス」。これはね、オムニバスの3本全部が良かったんじゃなくて、意外にウォン・カーウァイが良かったの。ぼく、カーウァイってこれで初めていいと思った。しかし“The hand”っていう原題を「若き仕立て屋の恋」っていう邦題にした映画会社はどうかしてるけどね。
それと「コーヒー&シガレッツ」、「トゥルーへの手紙」。これは、この前写真展やってた・・・。
M: ブルース・ウェーバー?
T: それ。それからアトム・エゴヤンの「秘密のかけら」。あと、ウディ・アレンの「さよなら、さよならハリウッド」。
M: 「さよなら、さよならハリウッド」ってウディ・アレンにしてはちょっとかったるくありませんでした?
T: かったるいんだけど、落ちが好きなんです。
M: ああ、あのものすごい皮肉、ね。(笑)
T: あのウディ・アレンにしては説明しすぎてるよね。
M: そうですよね。
T: でも、あれはきっとあの落ちがやりたかったんだよ。
M: 落ちもなんか理屈っぽいっていうか強引というか・・・。
T: そういった意味では、ぼくがあれを見た時、“CGショウ”に代表されるハリウッドに氾濫してるものに対して辟易してたから、なおさら「すごい!やるやる!」みたいな感じがあったのかもしれない。
M: ふーん。
T: それからサリー・ポッターの「愛をつづる詩」、「ボブ☆ディランの頭のなか」。あと、「タブロイド」これはもうすぐ公開されるんだけど、すごくいい。
それからあと、日本の作品で、自分がちょっと弱っちくなってんのかなって思いながらも「カーテンコール」と「狼少女」。あれ? ベスト11になっちゃった・・・。
あと、「エリザベスタウン」は笑いながら番外で入れてもいいかな。やっぱりキャメロン・クロウっていいんだよね。
M: 「エリザベスタウン」は賛否両論あるみたいですけど。予告編がよくでき過ぎてるとか。
T: キルステン・ダンストはちょっとミスキャストかもしれないよね。でも、何か大人のおとぎ話としてはよくできてるよ。 だから、いいんじゃないの、映画って。変な意味じゃなくてあの程度で。
M: だけど、「チャーリーとチョコレート工場」まで行くと、ちょっと違うんですよね?
T: 今、ぼくが選んだ作品って、全部身近にありそうなことなの。決して近未来でもないし、すっごい遠い過去でインディアンが出てくるもんでもない。
せいぜい1930年代とか50年代とかそれくらいで、「秘密のかけら」でいうと、あ、この乱交してるとこに居たいな!みたいな・・・(笑)。世界観としての好みがあるんだね。
「狼少女」でいうと、自分もあの見世物小屋に行っちゃいたい、みたいな。
だから、ぼくは幅がすごく狭いのかもしれない。「チャーリーとチョコレート工場」みたいに、あそこまでファンタジーに行っちゃったようなもんって好きじゃない。
M: 「TAKESHIS'」もだめ?
T: 「TAKESHIS'」はギリギリいいかな。でもベスト10だか11だかには入らない。
M: ああ。
T: あのねぇ、きれぇくないよね。あとロマンチシズムがないの。
M: 確かにロマンチシズムはないですねぇ。「コーヒー&シガレッツ」にはある?
T: ロマンチシズム、あるじゃない。こうそこはかとない、ゆるい感じの。
M: うん。そこはかとないペーソスみたいなのはありますよね。
T: そうそう。なんかね、切ない感じとかエロティックなものとか、好きなの。
あとね、気になってるんだけど見てないのは、テリー・ギリアムの「ブラザーズ・オブ・グリム」だな。
I: あと立川さん、あれがあったじゃないですか。ジョージ・マイケルの映画(笑)。
T: 「素顔の告白」だっけ。ジョージ・マイケルが自分はゲイだって、思いっきりカミングアウトしてるドキュメンタリー。ついにカミング・アウトしたなぁって。
でも、ポップ・ミュージックにおけるゲイの果たした功績っていうのは絶対あるよね。
あの、ある種のきらびやか感と、なんともいえないぬめっとしたエロっちい感じの音楽を作り出したっていうところで。
やっぱり、ゲイの三大アーティストと言えばフレディ・マーキュリー、エルトン・ジョンとジョージ・マイケルですよ。
続いて大関ぐらいでペット・ショップ・ボーイズかな。
ペット・ショップ・ボーイズがオペラの人たちとのコラボレーションでやったワールド・ツアーのDVDなんか見ると、もう米米クラブがどうとか、マドンナがどうとかって全部越えてるもんね。
もうほんとにエロで邪悪でゴージャスですごい。
M: 前回話した「ミリオンダラー・ベイビー」はもう全然(笑)?
T: しみったれてるでしょ。
M: ああ、ああいうの、“しみったれてる”っていうのか(笑)。あの、なんだかいたたまれない感じは・・・。
I: ハハハハ。
T:

もうはっきり言うけど、しみったれてますよ。貧乏くさい。

ブルース・スプリングスティーンとの相容れなさの背景

M: 唐突ですけど、立川さん、やっぱしブルース・スプリングスティーンとか嫌いですか?
T: 存在としてはすごく認めてる。だから、好きとか嫌いって単純に聞かれると困るんだけど・・・。
M: ミュージックシーンの中でああいう存在があるのは認める?
T: うん、だから存在としては非常に正しい、いたほうがいい人だけど。
でも、好きかっつったら好きとは言えないんだな。だけど、本当に認めてるよ。矛盾してるかもしれないけど。
M: いや、矛盾はしてないです。大丈夫です。
T: だから同じギター1本で歌うんでも、ディランはすごい好きなんだ。
ディランって、表面―あの見えてるイメージの裏に、なんか“邪”があるんだよ。それが好きなんだよね。
スプリングスティーンって、気まじめでそれがないじゃん。そのまんまの兄ちゃんって感じでしょ。ディランって、なんか自分の内にあるセクシャルなものを自分で押し殺して何かやってる感じなんだよね。それがレナード・コーエンになると、もっとリアルに色濃く感じられる。
M: 確かに。スプリングスティーンの歌の舞台って、なんか“それどころじゃない”世界ですもんね。「ミリオンダラ ー・ベイビー」や(クリント・イーストウッドの旧作の)「ミスティック・リバー」や「許されざる者」に描かれ てるアメリカの抑圧された人々の生活や不幸とすごく共通点がある。
T: そういう風に考えると、「ミリオンダラー・ベイビー」なんて、最後にスプリングスティーンのすごくしみったれた歌が流れてきてもおかしくないでしょ。
M: ああ。たとえばショーン・ペンが出てくる映画にも、一貫してそういう匂い、ありますよね。
T: ショーン・ペンは、「ギター弾きの恋」は好きだったけど。でも基本的に好きじゃないんだよね、俳優として。
M: ああ、そうですか。
T: 認めるけど。
M: ぼく、スプリング・スティーンとかショーン・ペンとか大好きなんですよ(笑)。
I: ハハハ。
M: そのへんが、やっぱり“貴族”である立川さんと“成り上がり発展途上中プロレタリアート”のぼくの違いかなって思いますね。
I: ああー。
T:

(笑)それはうまいなぁ。

M: 最近、村上春樹さんの「意味がなければスイングはない」っていう、ミュージシャンについて書いた本が出て、 その中にスプリングスティーンの章があるんですよ。
そこにスプリングスティーンとレイモンド・カーヴァーとの共通点やスプリングスティーンの音楽には“アメリ カのブルーカラー階級の抱えた閉塞感”が感じられるっていう記述があって、すごく“腑に落ちる”感じがあ たんです。
と同時に、立川さんの顔が思い浮かんで(笑)。 ああ、こういうのって立川さんとは相容れない世界だよなぁって。   
ぼく、特に「ネブラスカ」とか「ザ・リバー」とか、かなり好きなんですよ。
I: それは世代的な問題もあるかもしれないっすよ。  
ぼくもそうですもん。「ネブラスカ」、好きですよ。
T: それはねえ、すっごくわかるの。「ザ・リバー」なんかものすごく良くできてるいいアルバムだと思うの。
でもね、「ザ・リバー」での歌の質感とニール・ヤングの歌ってる質感は同じようなもんだっていう人に対してはそれは違うだろうって・・・。
M: それは違いますよね。
T: ニール・ヤングも明らかに性的な匂いがするんだよね。スプリングスティーンってセックスがない感じなんだよ。
性的な匂いがしない、すごく清潔なの。すっくと立って、“怒りの荒野”みたいな。なんかこう社会運動を始めそうな勢い。
M: そう、(スプリングスティーンは)セックスするんでも車のバック・シートって感じで、あんまりそこにはポイン トはないですよね。
T: あと、ディランって、「みんなが自分の歌をプロテスト・ソングだとかなんとか言ってるけど、俺はそんなこと考えてない」とかって言い切っちゃったりするじゃない?
(スプリングスティーンは)そういうところもないような気がするね。
彼はとにかく非常に真面目なアーティストで、今回「ボーン・トゥ・ラン」の30周年記念エディションで、「ボーン・トゥ・ラン」の制作過程のドキュメンタ リー映像みたいのが出たんだけど、それを見ると、確かに元々真面目そうに見える人なんだけど、それにしてもここまで真面目に考えてたのか、っていうぐらい 真面目。音楽の作り方とか、ね。
だから、今日たまたま授業があったから、(学生たちに)「来年、アーティストが音楽を非常に真面目に作ってる見本として見せてあげたい」って言ったくらいだから。それくらい、本当に素晴らしいと思ってるの。
だけどそれは公的なことでさ。プライベートで自分で車を運転している時に「ボーン・トゥ・ラン」を聞くかっていわれたら、それは聞かないだろうっていうことなんだよね(笑)。
M: 確かに(笑)。立川さんが「ボーン・トゥ・ラン」を聞きながらオープンカーを運転してるシーンは非常に想像し にくいです。
T: そのドキュメンタリーなんかを見ると、スプリングスティーンって、ほとんど修行僧みたいなものを感じるよ。音楽を作るってことに対するストイックさが。で、やっぱりこういう人なんだって思ったわけ。
でも、レナード・コーエンなんかは、年いってても、レコーディングの帰りに一緒にやってるパートナーの女とセックスして「明日も頑張ろうぜ、ベイビー」っ てやってそうな感じがするし、ディランもスカーレット・リブラっていうバイオリン弾きの女をイメージとしてはN.Y.でナンパして、やっちゃった後に一緒 にツアー連れてってる感じとか、そういう美しい邪悪があるのよ。
あと、ぼくはなぜマイルス・デイビスが好きかっていうと、最後までいかがわしいにおいを撒き散らしてたじゃない? なんともいえないあのいかがわしい感じが好き。だからデビッド・ボウイも好き。そういう事だね。なんか“邪”がある。
M: スプリングスティーンって、邪とか快楽とか享楽とかそういう言葉とは無縁の人ですよね。
T: そうなんだよ。
M: ディランとかニール・ヤングとかトム・ウェイツにはそういう快楽、享楽的なものがどこかにあって、でもスプ リングスティーンにはない。
T: ないよね。でも、素晴らしいアーティストですよ、皮肉でもなんでもなく。ただ、ぼくにはあわない。
M: あと、立川さんは社会的な連帯とかそういうのを、あんまり信用してないんじゃないですか。
T: うん。してないね。
M: それは社会的な連帯というものに絶望してるんですか? または最初から全く興味がないんですかね。
T: 昔から団体行動が嫌いだったからねえ。
M: あははは。
T: 単純に言うと。
M: そうか、それで終わっちゃうのか。
T: だから前も話したかも知れないけど、なぜぼくが、チャンスが何度もありながら映画の監督をやらなかったのかっていうと、団体行動が嫌いだからですよ。
それに関しては前にロイ・シャイダーにインタビューした時に、彼がすごくいいことを言っててね。
ロイ・シャイダーは結構、脚本は書いてるの。で、ぼくが「なんで監督やらないの?」って聞いたら、「俺は団体行動ができないから役者になったんだ」って。
それから、やっぱり1本の映画を撮るには少なくとも100人とか200人の人間の上に立って、最低でも2ヶ月から3ヶ月、(彼らを)取りまとめなきゃいけない。自分にそんな気力はないって。
それってすごく言えてるよなぁって思ったんだ。
デビッド・ボウイだって、昔、話をした時は、基本的には自分は映画監督をやりたいんだって言ってたの。「地球に落ちてきた男」をやったのも、「自分はこう やって映画を勉強してるんだ」なんて言ってたんだけど、結局、最終的には監督なんて一回もやってないんだよね。だから、やっぱり社会性が欠如してる人は監 督ってやらないんだよ。
やっぱり、監督をやるのって俳優で出るとかっていうのと違うでしょ。
M: うーん。監督ってやっぱり団体行動に長けてないとできないんですかね。
T: 伊丹十三を見てると長けてないとできないってことは言えないと思うけど、やっぱりある程度は(団体行動を)し
ないとだめだよね。
M: 酒飲んだりなんだりとか?
T: いや、単純に居続けなきゃいけないでしょ、現場に。  
あと、同じこと何度もするじゃない、映画って。あれがだめみたいだな。だんだん最近分かってきた。
「テイク17」みたいなのってやんなっちゃうんだよね。やっぱり飽きっぽいのかもしれない。
I: 飽きっぽいことは飽きっぽいですね。
M:

今、このページを見てる世界中の人が「その通り!」って、つっこんでくれてると思います(笑)。

音楽・コンサート・舞台・・・ ことしの収穫

M: 今年の音楽はどうでしたか。
T: 音楽はねえ、最近、いかれちゃってるくらいいいのは、シネード・オコーナーがスライ&ロビーとやってる、レゲエのカバー・アルバムがめちゃくちゃいい。
乾いた感じで、悲しいちょっとニヒルな声と、あのスライ&ロビーのカンカンカンっていうリズムがすごく合う。
M: それ、良さそうですね。
T: 冬に聞いたらたまんない。けっこう前衛風のカバー・アルバムで選曲がやや地味なんだけど、最高にいい。
M: もう出てるんですか。
T: 出た。
やっぱりちょっと前に出たボブ・マーリィも入ったオムニバスみたいなやつなんだけど、「ルーツ・オブ・レジェンド」っていうアルバムがあって、これもすごく良かったのね。
だからああいうリズムみたいなものが今、プライベートで聞くのには、すごく合ってるのかもしれない。
で、シネード・オコーナーにやられちゃったのよ。
あとね、ハービー・ハンコックがいろんな人とコラボレートした「ポシビリティーズ」っていうアルバムがすごくいい。これ、音楽がちゃんと作ってあって、あ あ、これ、いいワインだなみたいな感じのよさがある。クリスティーナ・アギレラと「ソング・フォー・ユー」をやったり、スティングと「シスター・ムーン」 をやったりするんだけど、もうその一個ずつのアレンジとか深さとか音の鳴り方とかが、前のジョニ・ミッチェルのこれで引退するっていって作った、あのウェ イン・ショーターとかが入ってるアルバムを聞いた時以来の良さがあったね。
やっぱりここまでのレベルに達しちゃったら、ほんとに後は、昔、エリントンが言ってたように、音楽にはいい音楽と悪い音楽しかないなって思う。
それで、“これぞいい音楽”っていうのが、このハービー・ハンコックのアルバムだと思うんだ。
一つずつのフレーズとか、鳴ってる弦の一音ずつが、ほんとになんか極上のものなんだよね。
アイチューンだとか、ダウンロードでどうのこうのっていうのとは別次元のもの。アルバムをちゃんと一枚買って、最後までキチンと聞くっていう作品だと思う。
たとえば、マドンナの新しいのは、よくできてるよ。でも、一曲ずつでいいって感じなんだよな。マドンナは逆にフルアルバムで聞くと飽きるの。
M: ぼくはあれ、大好きですね。
T: あ、そう。
エンヤもちょっと飽きたなあ。まあ、ハービー・ハンコックはすごいわ。
あと、映画はつまんなかったけど、「ランド・オブ・プレンティ」のサントラはすごくいい。
レナード・コーエンとかデビッド・ボウイとか入ってるんだけど。
I: 映画、だめだったんですか。
T: だめっていうんじゃないんだけどね・・・。まだ見てないけど、(ヴィム・ヴェンダースの近作の)もう一本の方がいいらしいんだよ。サム・シェパードとやってる方。
だから、(ヴェンダースは)回復はしてるよ。あの一時のひどい時期よりかは。だけどまだ本調子じゃないな。
M: へぇ、ひどい時期があったんですか。
T: まあ、ひどいっていうか、思ったほどじゃなかった、と言い換えた方がいいかな。ちょっとゆるいんだよ。
I: 三島さん、ヴェンダースは見ます?
M: ぼくはあんまり見ないです。立川さんが前にいいって言ってた「ミリオンダラー・ホテル」とか、「ベルリン・天 使の詩」とか・・・。あ、あと、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は好きだったな。
T: 「ミリオンダラー・ホテル」? あれ好きだった?
M: まあまあ好きでしたね。でもヴェンダースが好きかっていわれると(笑)、あんまり好きじゃないかもしれないです。
T: うん・・・。
ぼくはね、寓話的なものが好きなんだよ。
M: だからパゾリーニとか大好きなんだ。
T: そう。だからもしかしたら、さっきキャメロンが言った貴族とプロレタリアートっていうのも極端だけど、やや現実逃避型なんだよね。子供の頃から。
M: でも“CGショウ”はだめなんですよね。
T: ああゆう現実逃避はだめなの。
M: はははは。
T: なんかオタクっぽいじゃん。
M: ああ。
T: もうちょっとなんかこうさ・・・。だから金子国義とかああいう感じが好きだね。こう、なんか美しい・・・。三島由紀夫とか・・・。
映画の「春の雪」とか、カメラワークだけで見れちゃったもん。役者はつまんなかったけど、台湾人の撮影監督が撮ってて映像がすっごくきれいなの。

M: 音楽で他にこれはっていうのは?
T: エルヴィスですね。
エルヴィス・プレスリー、もうすぐ「エルヴィス・バイ・ザ・プレスリーズ」っていうのが出るのね。
M: それベストアルバムで?
T: ドキュメンタリー映像とCDと両方出るのよ。聞くとやっぱもう、何かが宿ってるね。
やっぱりエルヴィスだ!と思う、っていうぐらい。
I: 本当に好きなんですね。
T: だってもう、すごいよ。バラードとか。“ジョン・レノンもエルヴィスみたいになりたかった”っていうコピーが
あったけど、声とか歌のフレージングとか、改めて思ったけど、エルビスは別格だね。
他にいろんなのが出てくれば出てくるほど、世代的な問題なのかもしれないけど、ますますその“別格”っていう感じは強くなってくるような気がするなぁ。
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