TIME WAITS FOR NOR ONE~立川直樹同世代トーク~

第12回 後編

差別のすごろくと「欲の深さ」のすすめ

M: 「ダイニ-ズテーブル」なんてその典型だと思うんですけど、やっぱりオーナーとか店長の存在感がちゃんとしてる店ってすごくいいなぁって、最近思うんです。
T: それはあるね。井上さんの「シェ・イノ」なんかもまさにそうだよね、今日の話なんか聞いてると。
(「シェ・イノ」がある)京橋って自分の行動範囲外だし、ぼくは周りが思ってるほど食べ物に関しては冒険しない方だし、(フレンチは)「ラ・ブランシュ」とどこがあればいいやと思ってて、今まで行かなかったんだけど、なんか今日の話を聞くと一気に行きたくなったね(笑)。
M: (「シェ・イノ」は)ソースが神業だというふうによく聞きますね。あと、お客さんによって、受ける印象が全く違う店だっていう噂もよく聞きますけど。
T: だけどさ、客商売っていうのはすべて差別から成り立ってるわけじゃない?
M: と、ぼくらはそう思うわけなんですけどね。
T: 外食してるぼくらって、差別のすごろくをやってるみたいなもんだと思うんだよ。
M: ははは(笑)。
T: 差別の振り出しから始まってどこまで行くかっていう、まぁその最たるものが祇園町ですよ。
M: なるほどね。
T: さっきも(祇園の)お茶屋のおかみに電話して、「誰それはちょっと違うと思う」って言うと、おかみも「それ、はっきり言ってもらってよかった」って言ってるあの感じ。
差別のすごろくの上がりイコール京都祇園町、みたいな感じ。
M: いいですね、そのすごろくっていう言い方。オーナーとか店長にちゃんとした覚悟がないと、“きちんとした差別”はできないんだと思うんですよね。
立川さんやぼくは「わけのわからない客なんて適当にあしらっときゃいいじゃん!」と思うけど、でもお店側からすれば差別することによるリスクってすごくあるわけで、そのへんの腹のくくり方が相当きっちりできてないと、無難なところで「ま、いいか」になっちゃうんだと思う。
 こないだね、「アムリタ」で思ったんですよ。
似たような感じのいろんな店ができたりなくなったりしていく中で、結局は西麻布の「アムリタ」が燦然と輝いてるっていうのは、(安部)讃平さんっていうオーナーの力強さがすべてなんじゃないかなぁと。
T: そうだな・・・。だから、(店に)いないとダメなんだよ。讃平、店にいるじゃん?あと、なんで「ラ・ブランシュ」がずっと輝いてるかっていうと、田代さんが店にいるからなんだよ、田代・岡部組っていう2人が。
M: 気が付くと、いい店だなぁっていうのは皆、そうなんですよね。誰がアタマなのかってことがあやふやな店ってやっぱ気持ち良くないんですよ。
T: だからね、ぼくは日本におけるその極致が「美加佐」だと思ってる。
M: なるほど。
T: そのなんか、「俺がやってる」っていうプライドと「自信をもった差別」っていうのをしてる、顕著な例なんだよね。
M: なんか狂気がある。知らない間にあの食の異界に巻きこまれていく、すごく快楽的な狂気が・・・。

M: 最近、特に好きな店ってあります?
T: うーん、東京にいないからな。しあさっては広島なんで「燈花」だね。最初に連れていってもらった時に牡蠣フライを食べてもう、しびれたね(笑)。広島に行ったら必ずそこに行く。それから仙台に行ったら、この前、キャメロンに教えた「太公望」に行く。
聞かれて思ったけど、そうやって各地に行きたい店が増えてるのってすごく楽しいな。
M: いいですね。。
T: 迷わないじゃん。
M: 港、港に・・・ですか(笑)。「燈花」さんって何屋なんですか? 牡蠣料理?
T: いわゆる割烹ですよ。だからちゃんと刺身もあるしアブリもんもあるし、で、牡蠣フライもあるの。
教えてくれたモデルの子が「私達、こんなものいつも食べてるよ」なんて言うから「馬鹿野郎、生意気だ、お前!」って言っちゃったぐらい、うまい(笑)。洋食屋の牡蠣フライよりうまい、割烹の牡蠣フライ。
M: 割烹の牡蠣フライ。ふーん。
 でも、立川さんってこのWebサイトは別として、その知識や経験の割にはあんまり積極的に食べ物や飲食店について語ったりしないですよね?
T: うーん。ぼくはあんまりサービス精神がないからな(笑)。確かにぼくもおいしいものは好きだけど、大勢の人に対して何かを伝えていこうっていうの はないんだよね。個人的に、キャメロンとか、諏訪の山崎さんとかには、じゃ「田佐久」を教え、「寿」に連れて行き、「ラ・ブランシュ」を教え、っていうふ うにして飯を食ってるのはいいんだけど、それをなんか不特定多数の幅広い人に対して、っていうのはね。
だからエンターテイナーじゃないんだよね、絶対。表面で閉じるからさ。
M: どうしてなんでしょうね?
T: どうしてなんだろうね・・・。
M: 相手の顔が見えてないと嫌なのかな?じゃあ、大学教授は合ってるのかもしれない。
T: いや、それもねぇ・・・ フラストレーションがあるんだよね。
M: あ、そうですか?
T: 欲が浅いんだ、生徒が。
M: そうですか。それは若いからじゃないっすか?
T: でもぼくは、若いやつで欲深いやつがもっと出てきてほしいと思うんだよな。

ジジィたちの・・・逆襲

T: さっき食のライターの話をしたけどさ、それは映画だって同じでさ、極端なこといえばアメリカで今何が1位ですとか、何が当たってますとか、オリ バー・ストーンの新作ですとか、アンジェリーナ・ジョリーが出てますっていうのは、学生でも書けるだろうと。でも脚本から入ってってどうこうっていうレベ ルのものは、今、無いし、音楽だってそうなんだよ。
コステロの「Goodbye Cruel World」だって、そういうアルバム・タイトルをつけた彼の価値観とかを分析してる人っていないのよ、絶対。それがすごくつまんない。
M: 立川さんが「Goodbye Cruel World」っていう境地に至った経緯っていうのが、ぼくはすごく興味がある。
T: あのさ、「PB」っていいなと思ったの。
M: 好きですよね。
T: で、ぼくもたいてい過剰だから、いいと思ったら東京にいて行ける時は週に5回ぐらい行くわけよ。
M: ほとんど毎日じゃないですか(笑)。
T: そう。毎日のように行ってみたの。あそこに来てる客のサイクルと、フクちゃんとアキちゃんとチリちゃんの、こうサイクルっていうのがあってて、やっぱり全然好きなんだけど、そこで「ちょっと待てよ」っていう思いが頭をよぎったのよ。
皆がこの店で満足して、そしてこれがアナログの神殿であり、あるべき姿だと思ってるんだとしたら、ぼくの考えてるのとは、またちょっと違うんだよなぁってね。
M: へえ。それってどんなふうなんですか?
T: それをね、今、言葉ではうまく言えないんだよ。
でもその時にいろんなことを考えて、ちょっと都市の分析みたいなところまでね、、そこで「Goodbye Cruel World」だなって思ったんだよ。
M: 「Goodbye Cruel World」って、自殺する人が最後の遺書に書く言葉だって聞いた事があるんですけど。
T: ぼくのはぜんぜん違う。
M: だったらいいんだけど。
ぼくも「なんていう世の中なんだ」とか「おいおい・・・」って、やっぱり日常的に思うから。
T: だからね、村上春樹の小説みたいだけど「何でこんなひどい世界にぼくたちは生きていなければならないんだろう」ってつぶやきから始まるようなもんですよ。
そこでぼくが何かものすごく悲観的になってるとかいうわけでもないのね?
ただ、ライブドアの堀江さんみたいな人が出てくると、じゃあ、法律を犯さなければどんなことでもやっちゃっていいのか、とは思う。
「ジジィは死ね」って言うんだったら、「よし、じゃジジィたちを焚き付けて逆襲してやるぞ」みたいな気分になっちゃうわけよ。
M: なるほど。
T: ジジィたちが獲得してきた蓄積っていうのを、「彼ら」が全否定しようとするんだったら、それに対してアナログ連合軍を結成して「そこまでお前達が言うんだったら、こっちだってやるぞ!」みたいなことをすごく考えたりする。
 何かすぐに具体的な行動をっていうんでもないんだけどね(笑)。
彼らが“何ものか”と戦うこと自体はぼくはどうでもいいと思ってるんだけど、歴史を持つものに対して歴史を持たないものが挑むのはちょっと許せないってとこがあるのかもしれない。
M: なるほどね。
ぼくは別に堀江さんの味方でもなんでもないけれど、やっぱり、世の中の閉塞感、彼が言うジジイの思うがままにやってきた結果が、今こんな世の中になっちゃってるんじゃないかっていう閉塞感を、ある種彼が代表してるってのは確かだと思うんですよね。
T: それはさ、たとえば「シェ・イノ」の井上さんの、あの洒脱なノリみたいなものって、たかだか料理作って10年ぐらいの若いやつらができないだろう、って思うんだよ。
M: 今の堀江さんって全くパンク、それもシャム69みたいなもんなんじゃないかな。
T: ぼくが感じるのは、全てにおいて潤いが無いんだよね。
たとえば、昔「アンタッチャブル」っていう映画でデ・ニーロ演じるアル・カポネがオペラを見に行って涙したりして、その後、皆で食事して、食い終わるまで何も言わないじゃん?
M: うんうん。
T: で、デザートになったぐらいのところで、おもむろに「ここにいる中に間違ったやつがいる」とか言い出して手下をバットで殴り殺す。
ちょっと例が適当じゃないかもしれないんだけど(笑)、あの、なんていうか“引き”の感じが、日本の若いビジネスマンにはなさ過ぎると思うんだ 。
M: そうですね。それはそう思う。
T: そう、オペラの4幕ものみたいに戦ってほしいと思うんだよね。みんながこうパンクになっちゃいけないと思う。
M: そういう美意識はないんじゃないですか? ほんとに皆、ひたすら効率という名のBPMを上げることにだけ意識が行ってる感じではありますね・・・
T: だからさ、今日の歌舞伎なんか見ると安心するんだよね。
M: なんで歌舞伎ってあんなに安心するんでしょうね?
T: あれさ、2月って見に行くつもりはなかったの。でも新聞の夕刊で、とにかく至福の舞台だって書かれててその気になったんだけど、見に行ってよかったね。あの人間国宝5人が醸し出すバイブレーション・・・。
政治家だって最近ああいう風格のある政治家、いなくなったでしょ。皆、何か直情型で、安物のパンクっぽいじゃない。
M: 今はそういう時代なのかな。
T: 時代だよね。
M: それがこれからも・・・。
T: だから、ぼくはそういうとこも含めて「Goodbye Cruel World」だと思ったわけ。
M: 今、あまりにもお金だけとかね、結果が出りゃいいじゃないかっていうことばっかりだから、反対にスタイリッシュなものが世の中で求められているようにも思うんですよ。
それはもしかしたら退廃なのかもしれないし、もしかしたらすごく危険な空気なのかもしれないとも思うんだけど、でもそれこそ「It’s a Cruel World」なわけだから、そういうことも全てひっくるめての「今」なんでしょうね。
T: ちょっとなんか宗教っぽい言い方になるけど、その、永く続いているものを愛する力っていうのを、皆が忘れ始めている気がするんだよ。
端的に言うと、スターがスターらしく、美空ひばりが美空ひばりであった時代っていうのは、間違いなくあって、でもある時にそこに社会性とか善意って言葉が入ってきた時に、ものすごく間違った、といって悪ければつまらない方向に行っちゃったような気がするんだよね。
M: それはもしかしたら、日本ではある時に途絶えちゃった“力”なんじゃないですかねぇ?
T: でもね、ぼくは最近、清水寺のDVDブックを作るとかいう仕事をしてて思うんだけど、やっぱりある種の信仰の中ではそれは続いているんだよね。
確かに現在、そういうものがエンターテイメント・シーンの中では明確な形で受け継がれていないっていうのはあるかもしれないんだけど、でも、今でもそうい う“永く続いているものを愛する力”や何か強い意思みたいなものがあるところにはあるんじゃないかっていう想いをぼくは捨てきれないんだ、どうしても。
たとえそれがジジィの“妄想”だと言われようとも、ね。

三島追記

と、これほどまでに立川さんのお気に入りだった「リングアヌーダ」だが、あれから2ヶ月も経たないのに、今はcobaさんと落合務シェフのコラボレーションによる「ラ・リングア オチアイ」という店に変わったようだ。
まったくめまぐるしいまでの時の動きの早さ。
本当に「Goodbye Cruel World」と呟きたくなる・・・。
<追記の追記>
ちなみに立川さんは既に「ラ・リングア オチアイ」に行ったそうで、「今度もすごくおいしいよ」とのことでした。
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